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第32話 悪役令嬢の使い方

「いやあ、この度はお世話をかけまして」

 

 楽々転生サービス株式会社代表取締役、四木よつぎ五々ごごまるはニタニタとした笑みを浮かべる。

 申し訳なさそうな言葉を口にしてはいるが、どこか真摯さに欠ける口調で、同席する三人の眉がピクリと動く。

 

「いえ。弊社としましても、よい機会となりましたので」

 

 悪役令嬢転生株式会社代表取締役、古手こて清澄きよすみは、そんな五々丸の言葉にしかめっ面をするでもなく、座ったまま形式ばった礼をした。

 五々丸が、指導も叱咤も嫌うというのは、業界内では有名な話だ。

 一を言えば、十の駄々をこね、最終的に双方三十程度の時間的損失を被る。

 清澄は、合理的な結果を求めて、五々丸を咎めることはなかった。

 代わりに、すぐに五々丸との会話を打ち切って、天下転生ホールディングス株式会社代表取締役、天下てんか獅子無ししむの方を見た。

 

「特に、天転さんの調達方法を間近で見れたことは、良い勉強になりました。うちの社員も、一層気を引き締めてトレーニングに励んでおります」

 

 清澄からのパスをうけた獅子無は、長いあごひげを撫でながら、満足げに笑った。

 

「そうであろう、そうであろう。我が天下グループは、創業以来常に最先端の技術と戦術を駆使し、転生業界をけん引してきた。例えば三年前の」

 

 獅子無は過去の実績を誇るように、永遠と口を開き続けた。

 途中、五々丸が口を挟もうとしても、まったく意に返さない。

 五々丸のニタニタ顔は徐々に真顔へと変わっていき、数分もすれば疲れ果てていた。

 獅子無の長話も、業界内では有名な話。

 清澄は、五々丸が口を開くのも面倒になるほど疲れたのを確認した後、再度獅子無へと話を振る。

 

「ところで、例の悪役令嬢の処遇ですが」

 

「おお、そうだったな」

 

 話し好きとは言え、獅子無は仕事の話を最も優先する。

 清澄の言葉で自身の自慢話を打ち切り、机の上にタブレットを置いた。

 

「まずはこれが、悪役令嬢エイジ・ハラルへの転生権を買いたいという顧客の状況だ」

 

 タブレットには転生権専門のオークションサイト『悪役令嬢オークション』のウェブサイトが表示されていた。

 そのサイトは、大部分の国民が存在を知らず、ダークウェブと呼ばれる一般的な検索では辿り着かない場所にひっそりと存在している。

 また、サイトの存在を知っている人間であっても、頻繁にアクセス方法が変更される程にその管理は厳重だ。

 アクセス方法を知るのは、ほんの僅かな人間に限定される。

 獅子無もまた、その一人。

 

 悪役令嬢オークションに並んでいるのは、各社が調達を終えた悪役令嬢の名前だ。

 獅子無がエイジ・ハラスの名前をタップするとタブレットの画面が切り替わり、エイジ・ハラスへの入札額と入札時刻が一覧で表示される。

 もちろん、入札者は匿名だ。

 

 清澄と五々丸はタブレットを覗き込み、入札額の大きさに息をのむ。

 

「これは……想像以上ですね」

 

「オッホウ。ほほーう。なんとなんと」

 

 経営者としての本能が、清澄と五々丸に頭の中でそろばんをはじかせる。

 清澄は、平静を装っているが、口元が緩みそうになるのを必死でこらえている様がうかがえる。

 一方の五々丸は、涎でも流しそうなほど口元を緩ませて、しばらくすると真顔に戻った。

 

「……ところで、弊社の取り分は」

 

「ゼロに決まっておろう? 損失の穴埋め程度はくれてやるが、利益はうちと令嬢、そして協会で公平に分ける」

 

「……ですよねえ」

 

 今回の話は、楽々転生サービス株式会社の失態から始まった話。

 よって利益など分配されることはないと思い出した五々丸は、高額な入札額の皮算用から一転し、あからさまに肩を落としてみせた。

 獅子無は同情することもなく、五々丸の前で淡々と取り分の話を始めた。

 

「ちらっ」

 

「私も妥当だと思いますよ」

 

 最後の同情票が取れないかと五々丸は清澄の方を見た。

 だが、清澄も取り付く島なく、一言で会話を終えた。

 項垂れる五々丸の前で、落札額に対する利益分配が公平に決まり、会議は雑談へと移る。

 

「おそらく、今回の落札は三宅になるだろうな」

 

「三宅? どなたですか?」

 

「医者だ。要人御用達の、な」

 

「ああ、そう言えば聞いたことありますね」

 

 雑談と言っても、業界を牽引する会社の代表取締役がそろえば、それは日常の楽しかったこと悲しかったこと程度で済むはずもない。

 業界の一部しか知り得ない情報。

 業界の暗部。

 聞く人が聞けば好奇心を掻き立てられるような情報が溢れ出る。

 

「ああー、聞いたことありますー。三宅医師、馬鹿息子に手を焼いているらしいですねー」

 

「そうだ。自分が院長を継ぐものだと高をくくって、夜はキャバクラやラウンジで遊び放題。三宅もしばらくは目を瞑っていたようだが、ここ最近はおいたが過ぎて、さすがの三宅も愛想をつかしたようでな」

 

「それで、転生させるんですか」

 

「そう言われている。三宅は、自分の意思で息子を斬り捨てるのは、世間への体裁が悪いと考えているらしい。だが、転生によって原因不明の昏睡状態にしてしまえば、世間からの同情票を集めつつ別の人間を院長にできるという腹積もりらしい」

 

 清澄はニュースでも聞くように、五々丸は興味津々に、獅子無の話を聞いていた。

 

「まあ、あくまで噂だがな」

 

 獅子無は定型文のように最後につけて、話題を次へと移行した。

 

「ところで、令嬢と楽転には、最近良い新人が入ったと聞いているが」

 

「ええ。今回の調達に同行させたのが、そうです」

 

「幸之助からだいたい聞いている。サポートとして優秀だったと」

 

「ははは。恐れ入ります。彼女も来年には、リーダーにしようかと」

 

「まだ二年目ではなかったか?」

 

「そうですが、天下さんと違って、うちは社員数も少ないので。優秀であれば、若くても関係ありませんよ」

 

「ふっふ。そうか。業界に、威勢のいい若者が出てくるのは大歓迎だ」

 

 話に花が開く。

 重要な話が終わっただろうタイミングで、広間の障子が開かれて、仲居がお膳を持って入って来る。

 豪華な料理が目の前にずらりと並べられ、注がれたアルコールでほろりと酔い、夜は深まっていく。

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