第28話 エイジ・ハラル5
「本当に、一人で行くのか? エイジ」
「ああ。女神様も、転移できるのは一人までだと言っていた」
「……そうか」
「心配そうな顔をするな。私は、必ず生きて戻って来る」
空間のひずみの周りには、エイジとユイット。
そして、攻略対象と兵士たち。
全員がエイジを囲み、心配そうな表情を浮かべていた。
エイジは、ヒロインの代わりに国へ大きな貢献を施した救世主。
故に、エイジという人間を失うことは、世界にとって巨大な損失だ。
婚約者である第一王子オプトは、エイジを囲む円から一人抜けて、エイジの体を力強く抱きしめた。
「オプト?」
「必ず、生きて帰って来てくれ!」
オプトの悲痛な言葉を前に、エイジは赤子でもあやすかのような優しい表情でオプトの頭を撫でた。
「もちろんだ」
「エイジ。君が帰ってきたら、結婚をしよう。国全体を巻き込んで、壮大な式をしよう」
「それ、今言うのか?」
「今しかないだろ」
突然のプロポーズにエイジは目を丸くするも、その後のオプトの言葉で、今が今生の別れになるかもしれないと考えているのだとすぐに分かった。
エイジは、負ける気などない。
かといって、確実に勝てるという言葉を口にできるほどの勝算も持っていない。
エイジは返事をする代わりに、オプトの体を抱きしめ返した。
「必ず、戻るよ」
「ああ」
時間が刻々と流れる。
別れを惜しむ二人の頭上から、女神の声が響いた。
「エイジ、お別れは済ませましたね。では今から、貴女を異界へ転移させます」
「はい!」
エイジはオプトから離れ、オプトに背を向け空間のひずみへと向いた。
その堂々とした背中が、集まった者たちを元気づける。
女神は転移を行うため、自身の魔力を注ぎ始めた。
「では、行きま」
直後、空間に穴が開いた。
紙をど真ん中から破いたような、歪な出入り口が空間に現れた。
穴の中は真っ黒い闇が渦巻いており、雷のような緑色の光が、縦横無尽に落ち続けている。
今からここに入らなければならないのかと、エイジは少しだけひるんだが、ぐっと拳を握ることで自分を奮い立たせた。
女神の開いた道であれば、元いた世界に戻るまでの道は安全に違いないと、自分に思い込ませた。
「穴が、勝手に!?」
が、次の女神の叫びで、自分の考えが見当違いだったと気が付いた。
穴から飛び出してきたのは、六人の男女。
全員が、エイジの前世の世界で見慣れた服装の者たち。
「調達対象は、おめえだなぁ?」
「敵襲!」
餓狼が時間停止の機械を起動させる直前、エイジを囲む兵士たちは状況が飲み込めずにその場へ立ち尽くし、エイジの仲間たちだけがエイジに向かって走り始めた。
灰色が広がる。
時間が止まる。
「おのれ。我が世界に、土足で踏み入ろうとは」
女神の声が世界に響くも、餓狼は気に留めてさえいなかった。
餓狼は神を信じない。
法律が許せば、墓石を蹴り倒すことすら厭わないほどに信心がない。
餓狼が振り下ろした剣を、エイジは同じく剣を以って迎え撃つ。
「エイジ!」
「エイジさん!」
「私に構うな!」
女神の視界の元、餓狼とエイジの剣が何度もぶつかり合う。
ユイットは周囲を見渡し、前日と同じように世界と兵士たちの時間が止まっていることを確認すると、すぐさま時間停止を解除するための魔法を唱え始めた。
「世界よ、再び色を咲かせたまえ。灰色に濁ったこの世界を、光で」
「ユイット!」
が、時間停止を解除させないことは、餓狼以外の仕事だ。
翔太の放ったドローンが、ユイットの顔面に激突し、その詠唱を止める。
「きゃあっ!?」
「やらせねえよ?」
倒れたユイットを庇うように、第二王子オシェムと神官長の息子パャドが間に入る。
翔太は、時間停止されいない人数を数え、予想より少ないことに安堵してにんまりと笑った。
「調達対象含めて六人。これならまあ、死ぬほど値崩れはしねえかな?」
「相場の五割……いえ、六割くらいで売れそうですね」
翔太の背後に立つ夢美も、翔太の意見を肯定する。
オシェムにもパャドにも二人の言葉の意味は分からない。
よもや、自分たちが転生先の依り代として数えられていることなどわからない。
しかし、少なくとも翔太と夢美が、エイジに危害を加えようとしていることは分かった。
そして、怒りがこみ上げるにはそれだけで十分だった。
「てめぇらが誰だか知らねえが、エイジは渡さねえぞ!」
「安心しろよ。勝手に調達するからな」
空間のひずみの真正面で、餓狼とエイジが。
その少し離れたところで、翔太と夢美、そしてユイット、オシェム、パャドが。
対峙した。
そして、第三の地点。
「悪いけど、通すわけにはいかないんだよ」
弥太郎と三姫、そして第一王子オプトと戦士長の息子エヴァルが対峙する。
オプトは、王国に代々伝わる聖剣を抜き、弥太郎へと突きつけた。
「彼女は……エイジは、私の婚約者であり、この国の恩人だ」
「へえ。優秀なんだね、彼女は」
悪役令嬢なのに上手く立ち回ったものだと、まるで子供の努力を歓迎する親のような弥太郎の物言いに、オプトは聖剣を強く握って弥太郎を睨みつけた。
「神にでもなったような物言い。貴様、何様のつもりだ?」
「んー? ただの、しがないリーマンだよ」
「お前たちの好きにはさせない! 私の命に代えても、彼女を守る!」
「安心しなよ。魂が抜かれるだけだ。死にはしない」
三つの地点。
それぞれが、それぞれの任に従って、武器を振るい始めた。




