第26話 エイジ・ハラル3
「ふむ。ふむ」
エイジは、自分たちを襲ってきた女が消えた場所に立っていた。
人間が突然消えるなど、エイジのいる世界では魔法以外にあり得なかった。
故に、エイジは魔力の痕跡を辿り、突然消えた手段を探っていた。
「エイジさん、何かわかりました?」
ヒロインと呼ぶべき存在――ユイットは、エイジに駆け寄って尋ねた。
エイジはユイットを見た後、無言で首を横に振る。
「そう、ですか」
「ユイット。君の光魔法でも、痕跡は辿れなかったのかい?」
「はい。時間停止を解除した時にも違和感があったのですが、どうやら私たちの使っている魔法とは別物みたいで」
「そうか」
「すみません、お役に立てなくて」
「いや、いいんだ。むしろ、私たちの使う魔法と分かっただけでも、大きな前進だ。ありがとう、ユイット」
「い、いえ、そんな! 頭をあげてください! 友達の頼みなら、これくらいへっちゃらですよ」
エイジとユイット。
悪役令嬢とヒロイン。
二人の関係はエイジの努力によって、親友と呼べる場所にまで来ていた。
ただし、エイジが貴族でユイットが平民である以上、完全な対等は訪れない。
友達。
その関係が、二人に訪れる最大値だ。
「友達。そうか。うん、そうだな。私たちは友達だものな。ありがとう、ユイット。引き続き、私を助けてくれ」
「うん! もちろん!」
ユイットは、エイジからの言葉を照れくさそうに受け取った後、すっきりとした笑顔で答えた。
「エイジ!」
攻略対象と呼ぶべき存在――第一王子にしてエイジの婚約者であるオプトもまた、公務を終えてすぐに、エイジの元へやって来た。
「オプト。どうだった?」
「王国中の文献を探させてはいるが、それらしい魔法の情報は見つからないな」
「そうか」
「そんな顔をするな、エイジ! 必ず、私がお前を助けてやる! どんな方法を使ってでも」
「ありがとう、オプト。大丈夫。私も、みすみす殺される気なんてない」
攻略対象と呼ぶべき存在。
第二王子――オシェム。
戦士長の息子――エヴァル。
神官長の息子――パャド。
エイジは現在、持てる人脈の全てを使い、生存の方法を模索していた。
エイジが襲われた事件から、既に半月が過ぎた。
エイジは、未だに追撃が来ないことを相手が諦めたなどと考えはせず、むしろ解除できない程に強力な時間停止の魔法をひっさげて戻ってくる可能性を視野に入れていた。
その仮説が正しければ、時間はエイジの味方ではない。
否、時間をかければかけるほど、エイジの状況は不利になる。
内心で焦りを募らせるエイジは、オプトを見て思い出したように口を開く。
「ところで、捕虜は何かを言っていたかい?」
「いいや、半月前と変わらない。エイジを捉えるために異世界から来たと言っている以外に、情報はない」
「黙秘をしている可能性は?」
「自白の薬を使ったが、同じことの繰り返しだ」
自白の薬。
読んで字のごとく、飲んだ人間は嘘を付けなくなり、全ての質問に真実で返答することを強制される薬だ。
日常においても政治においても、大なり小なりの嘘を重ねて生きるのが人間だ。
市場に出回れば混乱は間違いないと、国が流通と使用を禁止し、特定有事の際に有力貴族たちの合意の下でのみ使用が許される秘薬。
自白の薬まで使われた事実は、エイジを大いに驚かせ、同時に自身の重要性をエイジに改めて伝えた。
言外の、『未来の王女のために、国が全力で貴女を救う』というメッセージ。
「私は、いい仲間を持った」
「? 何か言ったか?」
「なんでもない」
エイジは再び精神を集中させ、魔法の痕跡を探す。
砂粒一つさえ見落とさない様に、深く深く神経を魔力の中に沈めていく。
さらに半月。
「エイジ様、来てください」
神官長の息子パャドが、エイジの元へと訪れた。
「どうした?」
「女神様が、貴女を呼んでいます」
女神。
この異世界における絶対の存在。
女神から人間への接触はほとんどなく、大災害への警告や英雄の誕生と言った、世界の命運を揺らがせる場合のみ、接触をしてくる存在。
女神がエイジを呼ぶということは即ち、これから世界の命運が託されると同義の言葉が告げられるということだ。
エイジは一瞬圧力でたじろぐも、両頬を手で叩いて、すぐにパャドの後ろを走った。
どのみち、エイジに逃げるための道などない。
「エイジ様!」
ユイットもまた、エイジの後を追って教会へと向かう。
「おお、エイジ。良く来ましたね」
「女神様。お久しぶりで御座います」
教会の奥に建つ女神像の前には、像と全く同じ姿をした女神が浮かんでいた。
全身から神々しい光が放たれ、その全身を直視することは人間には不可能だ。
故に、この世界の人間は、女神の本当の姿を知らない。
しかしエイジだけは、異世界に転生する際に女神と接触をした。
その姿を、直で見た。
女神は優しく微笑んだ後、エイジをじっと見つめる。
「今、貴女の身に危機が迫っております」
「存じております」
「敵は、異世界の存在。エイジ、貴女が元居た世界の人間です」
女神の言葉に、パャドとユイットが目を見開いてエイジを見る。
二人の視線を受けながら、エイジは表情を崩さなかった。
「やはり、ですか」
「気が付いていたのですか」
「確信は、ありませんでしたが」
エイジは、転生前の世界を思い出す。
おいてきた家族に友達、未練がないと言えば嘘になる。
もしかしたら、自分を襲撃してきた異世界の存在と接触すれば、元の世界に戻れるのではないかという考えも一瞬頭をよぎった。
だが、すぐに捨てた。
敵は、有無を言わさずエイジを襲ってきた。
よって、エイジの希望を叶えてくれるような善人ではないとすぐに判断した。
さらにいえば、エイジにとって既に、今いる異世界は余りにも大きな存在――故郷となっていたのだ。
元の世界と天秤にかけ、今いる異世界を優先する程度には。
「女神様。私は、襲撃者を倒します」
よって、エイジは自らの望みを女神に示した。
女神はそんなエイジに、変わらず優しい笑みを向け続ける。
「エイジ。私はこの世界の女神。残念ながら、貴女の世界に干渉することはできません」
「はい」
「しかし、貴女がこの世界の力を持った状態で、あちらの世界に送り込むことは可能です」
「それ……は……!」
女神の言葉に、エイジは顔を上げる。
女神と目が合った瞬間、エイジは女神の伝えたいことを全て理解していた。
「エイジ。貴女には、貴女を殺さんとする存在を貴女自身の手で倒してもらいます」
女神は、他の世界に干渉できない。
つまり、エイジを殺そうとする存在を対処できない。
女神にできる最大限は、エイジ自身に対処を委ねることだけなのだ。
エイジは、元より対処をする予定だった。
死なないために。
今いる世界を守るために。
よって、女神の言葉を断る理由はなかった。
唯一エイジが気にしたことは、今いる世界で戦う方が勝率が高いか、元いた世界で戦う方が勝率が高いか、だ。
エイジは、元の世界のことを知っている。
魔法ではなく科学技術が発展し、争いではなく調和を維持することに特化した世界。
今のエイジの力をもってすれば、町一つ滅ぼすことさえ容易かった。
一方の懸念は、エイジの目の前に現れた存在である。
エイジの前に現れた存在は、確実にエイジの知らない技術を使っていた。
もしもエイジの転生から数百年の時が流れており、エイジの知らない科学技術が無数に生まれていた場合、エイジの持つ元の世界の知識の有用性は逆転する危険性があった。
知っているが故の油断が、戦いの足を引っ張る可能性を容易に想像できた。
「わかりました。私を、元の世界へ送ってください」
その上で、エイジは戻ることを選んだ。
戦いの舞台に、現代社会を選んだ。
現在の環境が未知であるならば、先の思考そのものが無意味。
であれば、『異世界の人間が突然現れ、奇襲をかけてきた』という状況を作り出すことで、エイジを襲ってきた人間の不意を突くことができるというメリットを選んだ。
エイジの言葉を聞いた女神は、目を閉じる。
「では、敵と戦った場所へ向かってください。そこにある空間のひずみに私が力を加え、世界と世界を繋ぎます」
エイジは立ち上がって女神に一礼すると、まっすぐ指定された場所へ向かって走り始めた。




