第25話 エイジ・ハラル2
エイジの情報は、帰還に成功した楽々転生サービス株式会社の社員によって、現代へと持ち帰られた。
ヒロインと攻略対象を味方につけた悪役令嬢は、希少な事例。
そして、調達難易度が極めて高い案件。
各社、手を引くのがセオリーだ。
しかし、楽々転生サービス株式会社には、引けない理由が二つあった。
一つ目が金。
ヒロインと攻略対象を味方につけた悪役令嬢への転生は、転生した後に破滅フラグをへし折るという作業を面倒だと感じる層に対して、非常に需要が高い。
一方で、現代から悪役令嬢がハーレムルートを歩むように手引することは長時間転移し続けるという金銭的コストが発生して採算が合わず、偶然発生するのを待つしかない状態であり、非常に供給が少ない。
この需要と供給のアンバランスさは、ハーレムを作った悪役令嬢の価値を引き上げ、相場を数百人分の悪役令嬢転生に匹敵する価格にまで引き上げた。
さらなる成長を遂げたい楽々転生サービス株式会社としては、一人の悪役令嬢の調達で生み出せる莫大な利益を、喉から手が出るほど欲した。
もう一つが命。
今回の転移において、楽々転生サービス株式会社は、自社の社員を一人、転移先に残してしまった。
そして現状、その生死の確認が取れていない。
転移先での死亡事故は社員の自己責任として扱われるが、転移先で生死不明の社員を放置することは、会社が社員を保護する義務を怠ったとして重大な責任問題となる。
業界の中では、さながら行方不明になった登山客の捜索を警察も自衛隊も行わなかったレベルの大問題。
業界で生き残るためには、業界のルールを軽視する楽々転生サービス株式会社と言えど、決して踏み外せない一線なのである。
楽々転生サービス株式会社の上層部は、二つの事情を加味して頭を抱えた。
なにせ、楽々転生サービス株式会社内に、ハーレムルートの悪役令嬢を調達した実績がないのだ。
しかし、再度の調達は、事実上の義務である。
結果、楽々転生サービス株式会社の上層部は、利益の一部を捨てる決断を下した。
協会に所属している会社全てが持つ、権利の行使。
自社だけでは不可能な調達を、協会一丸となって行うための制度。
共同調達申請である。
「それで、俺たちのところにも話が来たと」
「はい。御社は過去に一度、攻略対象たちを味方につけた悪役令嬢の調達実績があると伺いまして」
楽々転生サービス株式会社の社員、麒麟夢美は、悪役令嬢転生株式会社の会議室で直人と弥太郎の二人と対面していた。
「まー、調達実績はあるんですけど、その時調達に成功した社員はもう殉職してるんですよね」
夢美からの言葉に、弥太郎は乗り気でなさそうに返事をする。
ハーレムルートの悪役令嬢調達に共同で参加できることは、利益を考えれば悪役令嬢転生株式会社にとってもプラスだ。
とはいえ、ハーレムルートの悪役令嬢を調達せずとも、今期の黒字が見えている。
よって、悪役令嬢転生株式会社としては――否、弥太郎としては、ハイリスクハイリターンな仕事を行う必要はない。
また、感情面で考えても、弥太郎は楽々転生サービス株式会社の社員と転移先で何度も衝突している。
ライバルを超えて敵とも呼べる企業からの助けを、すんなりと受け入れることも難しかった。
苦い表情を続ける弥太郎を見て、夢美はすぐに弥太郎の内心を悟り、即座に立ち上がった。
そして、背筋を伸ばした美しい姿勢で、速やかに頭を下げた。
「これまで、弊社が御社に向けていた態度について、心より深くお詫びを申し上げます。また、弊社から御社へ与えた損害につきましては、過去十年を遡ってお支払いする準備が御座います」
「……うーん」
「勝手なことを申し上げているのは重々承知ですが、一人の人間の命のため、そして同じ転生業界に携わる会社として、どうか前向きなご判断をお願いできればと思います」
直人と弥太郎は、頭を下げる夢美を見た後、互いに顔を見合わせた。
直人は、協会との立場を考え、共同調達について比較的前向きだ。
今回の件で悪役令嬢転生株式会社に求められていることは、取り残された社員の生死確認が最低ライン。
生きていた場合の救出も悪役令嬢の調達も必須ではないうえ、共同作業でかかった経費については楽々転生サービス株式会社と協会が負担する契約となっている。
さらに、万が一調達に成功した場合、悪役令嬢の調達によって得られた利益は相応が分配される。
説明文だけを読めば、条件としては美味しい。
唯一の懸念事項は、共同調達に参加させた悪役令嬢転生株式会社の社員が殉職する可能性だ。
しかし、直人はその懸念さえ、弥太郎が赴けばほぼ発生しないと考えていた。
残るは、弥太郎の意思。
よって、直人は弥太郎を同席させていた。
直人とて、鬼ではない。
弥太郎が首を横に振れば、この話を突き返す準備もできていた。
一方の弥太郎は、態度に出ている通り後ろ向きだ。
直人の想いもわかるため、直人に不参加を納得させるために同席した節さえある。
直人の視線に対し、弥太郎は眉をひそめた。
直人は視線を夢美に戻した後、冷静な声で夢美に告げた。
「社内で相談する時間が欲しい。一週間以内に、改めてご連絡を差し上げます」
「ありがとうございます」
夢美は頭をあげた後、再度深々と頭を下げ、会議室を後にした。
三人での会議の後は、直人と弥太郎の二人での会議だ。
部外者がいない室内では、本音の感情が語られる。
「課長、俺はやっぱり反対です。この案件は、リスクが高すぎます」
「いやあ、でもね。協会との関係性もあるからねえ」
「今回の悪役令嬢の強さは、協会も認識しているはずです。うちが断ったとしても、何か言われることはないでしょう」
「でもほら、うちが断って、他にどこの会社も手を上げなかったら、結局協会から直々に声がかかるかもしれないじゃない?」
「その時はその時です。むしろ、協会直々の依頼を受けたという形が取れて、今受けるよりも協会からの評価が上がる可能性だってありますよ」
「うーん」
もっとも、話は平行線。
互いに折れることはなく、予定した会議終了時間になっても、結論は出なかった。
いつもであれば、直人が決して折れないことを知っている弥太郎が、諦める形で折れていた。
が、今回について、弥太郎は折れる気などなかった。
「じゃあ、話はまた後日ということで」
「そうですね」
会議室を出て、自席に戻った弥太郎を、三姫は迎える。
「天馬さん、大丈夫ですか? 会議室から、結構大きな声が聞こえていましたけど」
「ああ、大丈夫だよ。心配しないで」
「さっき、楽転の方が来てましたけど、何か関係があるんですか?」
「あるっちゃあるけど、今のところ、清水さんが気にするようなことはないよ」
「そう、ですか」
三姫は、弥太郎が何も教えてくれないことに不満を抱えながらも、それ以上の追及をしなかった。
弥太郎のくたびれた表情から、無理に聞くことを避けた。
弥太郎は自分から視線をそらして仕事に戻った三姫を見た後、小さく溜息をついた。
弥太郎自身、ハーレムルートを辿った悪役令嬢に勝てるかどうかは、五分五分という判断だった。
否、楽々転生サービス株式会社から届いた時間停止を無効化されたという情報が真実であれば、さらに可能性は下がる。
また、調達に向かうとなれば弥太郎が選ばれる可能性が高く、弥太郎が選ばれれば同行者として三姫が選ばれる可能性が高い。
三姫は二年目。
単独であれば、決して実力者ではない。
しかし、弥太郎のサポートという一点においては、他の社員と同程度かそれ以上のパフォーマンスを発揮している。
弥太郎のサポートができて、殉職時の損失が抑えられるという点で、三姫の存在は好都合なのだ。
人道的観点を除けば、であるが。
そして、最強の悪役令嬢を前に、三姫の生存確率はあまりにも低い。
「どうにもならなかったら、俺一人で行くか」
弥太郎は、意外と情を持っている。
上司の指示を聞く気のない人間に対しては時折見捨てる冷酷さを持つ一方で、自分を慕う人間に対しては守ろうとする程度の情を持っている。
翌日。
「天馬くん、悪いが事情が変わった。協会から、強制招集の通達が来た。うちからは、君を出す。拒否権は認めない」
「は?」
弥太郎の想いは、無慈悲に踏みつけられた。




