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第15話 入社二年目

 三姫が悪役令嬢フィリー・ティックの調達に成功して以降、実際に調達を行うのは三姫の仕事となった。

 弥太郎は、調達を行う悪役令嬢の選定と、転移先へ同行しての三姫のサポート。

 時折危なっかしい場面もあったが、三姫は順調に悪役令嬢の調達実績を積んでいた。

 

 そして、三姫の入社から一年が経った。

 

「無事に一年辞めなかったな。おめでとう」

 

「天馬さん、褒め方下手って言われません?」

 

「たまに言われる」

 

「言い回しが、喜んでいいのかどうか微妙なんですよ。でも、ありがとうございます!」

 

 四月最初の出勤日。

 三姫は弥太郎との会話中も、そわそわと落ち着かない様子で椅子に座っていた。

 いつもならすぐにパソコンに向かい合うはずが、何かを探すように社内をきょろきょろと見渡している。

 

「えーっと、どうしたの?」

 

 不審な様子の三姫に弥太郎が問いかけると、三姫は自分の動きを客観視して赤面し、照れくさそうに笑みを作った。

 

「いやー。今日って、新入社員の入社日じゃないですか。私もついに先輩になるんだなーと思うと、落ち着かなくて」

 

「あー」

 

 三姫の言葉で、弥太郎は自分の二年目の頃を思い出す。

 学生の頃のように、一つ学年が上がり、新しいメンバーが入ってくるワクワク感。

 俺にもそんな時代があったなあ、なんてしみじみした表情を浮かべた後、真顔で三姫を見た。

 

「いないぞ」

 

「え?」

 

「今年の新入社員は、ゼロ」

 

「え? え? でも、採用面接とかしてて……え?」

 

「辞退された」

 

「えええええええええ!?」

 

 転生業界は、常に人材不足だ。

 秘匿性の高い業界であるが故に、応募数も他業界と比べて格段に低い。

 故に、会社同士の人材獲得競争が苛烈であり、採用試験を通過した人間が他社により良い条件を提示されて入社前から引き抜かれるなどざらだ。

 特に、悪役令嬢転生株式会社という悪役令嬢特化の会社は、楽々転生サービス株式会社のような広い範囲をカバーして高い利益を出す会社に比べて、どうしても待遇面で劣ってしまう。

 

 高まっていた期待を一気に吸い取られた三姫は、両手をあげて机に突っ伏した。

 

「……天馬さん」

 

「何?」

 

「早退します」

 

「落ち着け」

 

 傷心する三姫を慰めるように、弥太郎はぎこちなく笑顔を向ける。

 

「まあ、新入社員の件は残念だったが」

 

「うー」

 

「代わりに、六月から中途採用の人が入ることになったから」

 

「中途採用?」

 

 三姫は少しだけ顔をあげ、弥太郎の顔に視線を向ける。

 

「それって、何歳くらいですか?」

 

「いくつだっけな。俺の、一つか二つ下だった記憶が」

 

「じゃあ、私の上司じゃないですかー。私は部下が欲しかったんですよー」

 

 想像通り期待外れの言葉を頂戴した三姫は、再び机に顔を伏せた。

 弥太郎は仕方なさそうに三姫の後頭部を見つめ、机から取り出した書類の束を三姫の後頭部の上に乗せた。

 三姫はしぶしぶ書類の束を手に取って、しぶしぶ頭をあげる。

 

「なんですかこれー?」

 

「昇進試験の案内」

 

 瞬間、三姫はしぶしぶとした表情を捨て去って、急いで書類に目を通した。

 

 二年目初日。

 それは、三姫がトレーニーという身分を捨て、ただの他の社員たちと同列の評価軸に並ぶ日。

 昇進試験の案内には、三姫の昇進試験の内容と、試験結果ごとのに変わる待遇の違いが事細かに書かれていた。

 

 試験内容は、単独での転移と悪役令嬢の調達。

 最高評価を得るために必要な結果はもちろん、調達の成功である。

 

 書類に目を通し終えた三姫は、おそるおそる顔をあげて、弥太郎を見る。

 

「え? 私、一人で行くってことですか?」

 

「そうなるな」

 

「準備も調達も、全部?」

 

「そうなるな」

 

 ここ半年、三姫は準備も調達も一人でこなしてきた。

 ただし、同行者として弥太郎が付いて行きながら、という条件付きで。

 

 昇進試験では、同行者不在。

 やることが今までと同じでも、いざという時の支援がないことは、三姫に大きなプレッシャーを与えた。

 書類を持っている手が震え、三姫の脳裏に、一瞬だけトレーニーを続けたいという思いがよぎる。

 

「……やります!」

 

 が、三姫は弱音を吐くのを耐え、書類を握りしめてしわくちゃにしながら答えた。

 

「おう。まあ、どのみち拒否権なかったけどな」

 

「ちなみに、拒否してたら」

 

「備品管理部送り」

 

「い、いやー!? 毎日備品の数を永遠に数え続けるだけの仕事は嫌ー!?」

 

「丁度今、部長しかいないらしくて。人手を欲しがってたんだけど」

 

「皆辞める、どブラック部署じゃないですか!?」

 

「ははは。まあ、時間たっぷりあるから、じっくりやりな」

 

 調達部に調達の依頼が届いてから、実際に調達を終える期限は一か月。

 とはいえ、全ての依頼に一か月をかけていては業務が回らないため、目標は二週間。

 速い人間で一週間。

 

 対し、二年目向け昇格試験では五月末まで、つまり二ヶ月の期限が与えられている。

 覚悟を決めるための期間。

 そして、転移先で死なない様にするための準備期間だ。

 

「しばらく清水さんの仕事を少し減らすから、空いた時間使って準備進めてくれていいからね。必要な備品の申請とか。後、受講したい教育があったら早めに言ってね。ギリギリになると、受講枠埋まっちゃうから」

 

「はい!」

 

 

 

 それからの二ヶ月。

 三姫にとって、地獄のような日々が始まった。

 仕事の量が減ったとはいえ、やる仕事はある。

 書類を作成し、然るべき申請を行い、いつも通り弥太郎のサポートも行う。

 

「清水さん、申請するもの間違えてるんだけど。槍じゃなくて、剣ね」

 

「あああ!? すいません!!」

 

 が、近づいてくる昇格試験が常に頭の片隅に居座り続け、入社直後にしか起きなかっただろうミスを三姫は何度も起こしてしまった。

 

 また、不安は仕事のみならず、プライベートへも干渉してくる。

 

 深夜ゼロ時を回った部屋で、三姫は学習に勤しんでいた。

 目的はもちろん、確実な昇格試験での調達達成である。

 

「ふあっ……。もう、こんな時間か。もうちょっと、もうちょっとだけ」

 

 代償が、睡眠時間の減少である。

 

「眩しい………………。ああああああああああ!? 遅刻!!」

 

 昇格試験を前にした二年目の社員が、仕事のパフォーマンスを落とすことは珍しくない。

 弥太郎は、三姫のミスと遅刻を保護者のような気持ちで見守りつつ、昇格試験の準備については上司からサポートができないことにもどかしい気持ちを抱いていた。

 

「あっつーい! コーヒー熱いと思ったら、熱かったー!」

 

「清水さん、落ち着いて。言ってることが滅茶苦茶になってるから」

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