第11話 悪役令嬢スリーミー・フラメンコと護衛フォース2
「灰色」
スリーミーがそう呟いた数秒後、世界が灰色に染まった。
灰色の訓練場の中で、色を持って動いているのは四人だけ。
「こんにちは。貴方たちが、私を嗅ぎまわっていた方々? ふうん、変な格好。異世界の人間って言う私の読みは、案外当たってたのかもね」
「お下がりください、お嬢様」
スリーミーとフォース。
「悪役令嬢転生株式会社の天馬です。初めまして」
「え!? あ! 同じく悪役令嬢転生株式会社の清水です」
弥太郎と三姫。
「悪役令嬢? 転生株式会社? なあにそれ」
「お嬢様に向かって無礼な」
ドローンを飛ばしていた正体を視認できたことで、スリーミーは満足げに微笑んだ。
ドレスを捨て、パンツスタイルとなったスリーミーは、腰に下げた剣の鞘を優しく撫でる。
自身の目の前には自身に危害を加える可能性がある人間が立っているというのに、その表情からは余裕が崩れない。
余裕の表れは、フォースも同様。
悪役令嬢という言葉から、自身の主であるスリーミーに『悪』という言葉を当てはめただろうことを速やかに察し、弥太郎と三姫へ不快感を示す余裕さえあった。
スリーミーは珍しい動物でも見るように弥太郎と三姫を観察した後、二人を指差した。
「で、貴方たちは誰? 私を狙う目的は何かしら? 身代金? それと、この灰色の世界。一体何かしら? 葉っぱ一枚動いていないところを見ると、時間が止まっているようだけど、聞いたことのない魔術ね」
スリーミーは、自身の言葉を証明するように、足元の落ち葉を踏みつけた。
スリーミーの体重がかかった落ち葉は形が崩れることなく、スリーミーの体重を完全に支えてみせた。
弥太郎は、スリーミーが時間停止という非現実を即座に飲み込んだ大胆さをを慎重に受け止め、スリーミーの動きを注視しながら返答した。
「名前は、さっき名乗りましたよ」
「名前なんて聞いてないわ。誰って聞いたの」
「所属も、名乗りましたよ」
「……頭が悪いのかしら?」
弥太郎は、異世界で何度も何者かを問われてきた。
が、結局名前と所属以外を伝えきるためには膨大な時間と労力をかけることを知っていた。
なにせ、世界線が違いすぎる。
悪役令嬢とは何か、転生とは何か、株式会社とは何か、現代とは何か、双方の常識をすり合わせることは途方もない。
よって、弥太郎はスリーミーの質問をのらりくらりとかわし続けた。
それが、最適解だと経験則で学んだから。
スリーミーは、真面目に答えるつもりのない弥太郎の態度に、飽きれ交じりの溜息を零す。
「はあ、もういいわ。貴方が誰かなんて。じゃあ、目的は? 身代金? それとも私の体?」
「その二択なら、体かな?」
「あら、嫌らしい。そんな直接的なアプローチを受けたのは初めてよ。……とても、不快だわ」
スリーミーが侮蔑の視線を弥太郎に向けて、フォースが警戒を強めて剣先を弥太郎へと突きつけた。
「……天馬さん?」
三姫もまた、弥太郎に侮蔑の視線を向けた。
「待って。清水さんは、意味わかってるでしょ」
「はい。ちょっと流れに乗ってみました」
予想しない方向からの視線に、弥太郎は弥太郎が少し焦って否定をする。
三姫は、そんな弥太郎の反応に満足し、いたずらが上手くいった子供のように小さく笑った。
「やれやれ」
弥太郎は、異世界で冗談の言えるようになった部下を、嬉しいような悲しいような複雑な感情で見た。
その後、フォースの動きに応えるように、剣を抜いて剣先をフォースへと向けた。
「次は、こっちからの質問だ。なんで、ドローンに気づいたの? なんで、気づいたうえで俺たちをこんなところへ誘導したの?」
スリーミーは、弥太郎と同じようにはぐらかすか否かをしばし考え、公爵令嬢としてのプライドが、堂々と弥太郎にやり返すことを決めた。
くすりと笑い、血のように赤い瞳を爛々と輝かせる。
「知る必要ないでしょ? どうせ、今から死ぬのに」
「冥途の土産にってやつさ」
「メイドの土産? ああ。情報だけは、そっちのメイドを生かして持ち帰ろうってことね? 安心なさい。二人とも、殺してあげるから」
「え、私!?」
言葉の意味を勘違いしたスリーミーの視線が、三姫を刺す。
三姫は、突然の指名に、驚いたように自分を指差す。
一方で、スリーミーの言葉を聞いたフォースが動き始め、弥太郎とフォースの視線がぶつかる。
汗一つ流す隙さえ見せず、一歩、また一歩と、じりじりと互いに近づいていく。
スリーミーの瞳が、再び輝く。
「左」
弥太郎の剣がフォースの心臓に伸びたのは、スリーミーが言葉を発した直後だった。
「読まれた!?」
フォースは、スリーミーが言葉を発した時点で既に攻撃が自身の左側にくることを前提とし、剣を動かしていた。
最小限の手首の動きで弥太郎の剣をいなし、次の攻撃の体勢に入る。
「追って」
完全に攻撃を防がれた弥太郎は、連撃を諦めて回避に専念するため、後方へと跳んだ。
が、跳び始めるより先に、おかえしと言わんばかりにフォースの剣先が弥太郎の心臓へと伸びた。
「そう、服に穴も開かないのね」
スリーミーが呟いた瞬間と、フォースの剣先が弥太郎の左胸を突いたのは同時だった。
弥太郎の肋骨がミシミシと悲鳴を上げる。
弥太郎は後方へと吹き飛びながら、口から体液をまき散らす。
「げほっ……がはっ……」
「天馬さん!?」
「来るな!」
弥太郎は地面を転がった後、近づいてこようとする三姫を手で制し、即座にフォースに向けて剣を構えた。
フォースが指示を仰ぐようにスリーミーを見ると、スリーミーは弥太郎をじっと観察していた、
両掌を合わせ、頬を高揚させ、戦場には似つかわしくない実に煽情的な表情を浮かべながら。
「すごいわ、フォース! あの装備、剣を一切通さないみたい」
「忌々しいですが、どうやらその様ですね」
「じゃあ、やることはわかるわね?」
「はい。装備のない首を跳ね飛ばします」
「よろしい。ああ、楽しみね。剣を通さない布があれば、どんな拷問ができるかしら。剣を手に持たせた状態で首を吊らせて、もしも首に巻かれた布を斬れれば無罪放免にすると告げる、なんてどうかしら。希望を持って布を斬りつけ、そのまま斬れない布に絶望しながら死んでいく様が見られるかもしれないわ」
「とても、良い考えですね」
未知の技術を前に、スリーミーは前しか向いていなかった。
未知を恐れることもなく、むしろ手に入れた暁にはどう利用してやろうかと考えていた。
全てを力で手に入れてきたスリーミーにとって、それは日常の思考回路。
フォースはご機嫌なスリーミーに笑顔を向け、弥太郎を見て殺意を向けた。
「喜べ。お前の装備を、お嬢様は活用してくださるそうだ」
「悪いねぇ。これ、会社の備品だからさ。社外の人間にあげるとかできないのよ」
「? また、訳の分からない言葉を」
状況は、先程の繰り返し。
フォースと弥太郎は睨み合い、再び硬直する。
先程と違うのは、弥太郎が前に進むことを避け、互いの距離を変えようとしないことだ。
弥太郎は、スリーミーの発する言葉から、スリーミーが少し先の未来を見通せるのだと解釈していた。
つまり、スリーミーの能力は相手の行動の先読みという予想。
剣の勝負において、相手の先読みができることは大きなアドバンテージであり、それ故に弥太郎は下手に動くことができなかった。
動かないことで、スリーミーの能力から逃れようと試みた。
「動きそうにないわね」
スリーミーは、弥太郎と三姫の位置を確認した後、フォースへと視線を向けた。
「どうなさいますか、お嬢様?」
「ちょっと待って」
スリーミーは、弥太郎と三姫、そしてフォースの三人を視界にとらえたまま、後ろに下がった。
「ここでいいわ。行きなさい、フォース」
「御意に」
立ち止まったスリーミーから命令が下り、フォースは弥太郎に向かって突撃する。
先読みに対する対策が思いついていない弥太郎は、距離を撮るために半歩さがった。
だが、弥太郎の行動が先読みされる以上、フォースが弥太郎の逃げる先に弥太郎より速く辿り着く可能性、そして攻撃の対象を弥太郎から三姫に移される可能性を考え、逃げることを辞めた。
剣の鞘を握り直し、返り討ちにする心づもりで一歩前に出る。
「手首」
フォースはスリーミーの言葉に従い、剣を弥太郎の手首へと振る。
顔面と首の防御に備え、剣をやや上段に構えていた弥太郎は、完璧に防ぐことができない距離だと判断し、咄嗟に腕を捩じって前腕で受け止めた。
「いっつ……!」
前腕もまたスーツによって、刃を通さない。
骨にひびが入ったような激痛を受け、弥太郎の体勢が崩れる。
フォースは、その隙を見逃さない。
剣を軽やかに切り返し、次は隙のある首を狙う。
「死角から来るわ!」
が、フォースの剣は弥太郎の首に触れることはなかった。
弥太郎の体という、フォースからの死角を通って向かってきたドローンが、フォースに突撃をしてきた。
フォースはドローンを避けるため、後方へと跳んで回避した。
「左右から来るわ」
そして、挟み撃ちにするように飛んできた二台のドローンの内、一台を斬り捨てたが、もう一台は腹部への衝突を許してしまった。
「ぐっ……!」
フォースは剣を下ろし、ドローンの操作主である三姫を睨みつけた。
「て、天馬さん、大丈夫ですか!」
「離れて見てろって言っただろ!」
「だって、天馬さん死にかけてたじゃないですか!」
が、目の前で広がる三文芝居に興味を失くし、すぐにスリーミーへと視線を移した。
フォースにとって、不快よりも怒りよりも、優先すべきはスリーミーだ。
「お嬢様、あの玉、なかなか厄介です」
歴戦のフォースにとって、弥太郎の剣技は大した問題ではない。
だが、ドローンの軌道だけは未だ経験したことのないものであり、ドローン自体が自爆するような奥の手が残っているかもしれないと思えば、軽視できない存在であった。
「そっちは私が対処するわ。フォース、貴方はあっちの男に専念なさい」
もっとも、スリーミーにとっては些末な問題だった。
何故なら軌道が読めなくとも、スリーミーにはどこに来るのかわかるのだから。
剣を抜き、スリーミーは自信満々の笑みを浮かべながら、満を持して戦場へと立った。