第16話 見送る背で、誓うこと
「俺も行くからッ……!」
「……」
紅月と別れて数時間後――昼の光の中、双子が潜むとされる場所へ向かう準備を進めていた篝に、結城蓮が真っ直ぐな瞳でそう言い放った。
本心では、彼を連れて行くのは危険すぎると、止めたかった。
篝は助けを求めるように宮守を振り返るが、老人は小さくため息をつき、首を横に振るだけだった。
篝は、幼少の頃から剣道を学び、運動神経も高い。
だが、結城は違う。
まっすぐに向けられる篝の視線に、思わず結城はたじろぐ。
「な、なんだよ……そんな目で見たって、絶対についていくからな!」
「……蓮。お前と私は中学時代の同級生で、灯と三人でよくつるんでいたのは覚えてる」
「お、おう……」
「だけど結城……お前、戦えるのか?」
「ぐっ……」
「私の記憶が正しければ、お前は運動より勉強派だったよな?」
図星だった。
結城は昔から運動神経が良いとは言えず、篝はその事実をよく知っている。
「……影月は、私を殺すつもりはない。それを逆手に取って、懐に入り込み、討つ」
「じゃ、じゃあ……もう一人の男は? 紅月は?」
「……考える」
影月が篝を殺さないだろうという自信があるからこそ、こうして単身で向かう決意を固めていた。
あの男は、殺すよりも“自分のもの”として手に入れることを望んでいる。
自分を『花嫁』とまで呼ぶのだから――それを利用するしかない。
(紅月のことは……灯を救ってからだ)
灯の側には、間違いなく紅月がいる。
彼女を救い出すには、隙をつくしかない。
篝は、宮守から預かった『聖刀』を強く握りしめた。
すると、背後から宮守が低く語りかける。
「何度も言うが、その刀を抜くには相応の覚悟が要る。何かを――何か、大切なものを犠牲にすることになるかもしれんぞ。それでも、抜くのか?」
「そのつもりだよ……でも、これ、全然抜けないんだけど」
篝は試しに数度、鞘から引き抜こうとしたが、びくともしなかった。
宮守はふっと息を吐いて言葉を継ぐ。
「その刀は意思を持っている。必要とされる時が来れば、自ら抜かせるだろう」
「……本当に?」
「ああ。少なくとも、私はそう信じてきた」
信じるしかない。篝は再び、隣の結城を見つめた。
「私はお前を守れない。宮守さんと一緒にここにいてくれ」
「でもっ……!」
その瞬間、篝はふっと微笑んで言った。
「――もし、私が敵の手に堕ちたら、その時は助けに来てくれ、蓮」
その柔らかな笑みに、結城は何も言い返せなかった。
唇をきつく噛みしめ、何かを言おうと口を開きかけたが、声は出ない。
言葉ではなく、行動で示すように、彼は篝の背にそっと腕を回し、後ろから強く抱きしめた。
震える両手を隠すようにしながら、誰にも聞こえないような声で囁く。
「……絶対に戻って来いよ」
「うん」
「……あいつなんかに、全部渡すなよ」
「ああ、そのつもりだ」
「……篝」
「なんだ?」
「俺、お前が――」
何かを言いかけたが、結城はその言葉を飲み込んだ。
抱きしめた手を静かにほどき、篝からそっと離れる。
「……捕まったら、助けに行くからな」
目に涙を溜めながらそう言う結城に、篝は微笑んで手を振り、森の中へと歩みを進めた。
その背を、結城はただ見送ることしかできなかった。
「……見守っていてくれ、香奈子」
宮守が静かに誰かの名を呟き、目を閉じた。
その祈りを、結城はまだ知らなかった。
▽
「――さあ、早く来い、俺の『花嫁』」
儀式の始まりを前に、影月は静かに笑っていた。
その奥には、紅月が椅子に腰かけ、頬杖をついて楽しげに微笑んでいる。
そしてその間に――
花嫁衣装を纏った少女、灯が無言で座っていた。
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