第12話 逃れられぬ囚われ
影月の指が篝の腕を掴んだ。
その力は容赦なく、まるで鉄の枷のように篝を締め付けてくる。
この細い腕に、指に一体どのような力があるのか、舌打ちするほど腹が立つ。
「……っ」
振り払おうとしても無駄だった。
影月の握力は人間のものとは違い、篝の細い腕を容易に捕えてくる。
「……離せ……!」
力を込めて振り払おうとしたが、影月はびくともしない。
むしろ、篝の抵抗が面白いとでも言わんばかりに、目を細めてきた。
「……お前は俺のモノだと言ったはずだ。」
低く囁く声が、篝の鼓膜を震わせる。
このままでは、影月の思うがままにされてしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
――逃げないと。
必死に腕を振りほどこうとした瞬間、影月のもう片方の手が篝の顎を掴み、強引に顔を引き寄せた。
「――っ!」
間近に迫る影月の顔。
今、何をされようとしているのか、その時の篝には理解できなかった。
篝は目を見開き、抗おうとするが、影月の冷たい唇が容赦なく降りてきた。
「やめろッ!!」
鋭い叫び声とともに、結城が影月の肩に体当たりする。
影月の唇が篝のものに触れる寸前で、二人の間にわずかな隙が生まれた。
「篝、逃げろ!」
結城は影月を押しのけようとするが、吸血鬼の力に敵うはずもない。
影月は軽く手を払うだけで、結城の体を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
地面に転がる結城。
痛みに耐えながら、篝の名を呼ぼうとしたが、影月はすでに再び篝に手を伸ばしていた。
「邪魔が入ったな……だが、関係ない。」
影月の瞳が妖しく輝く。
再び篝を引き寄せ、そのまま無理やり唇を塞ごうと――
「その娘を離せッ!」
突如、鋭い声が響く。
次の瞬間、影月の腕に札が貼り付けられた。
「……ッ!?」
瞬間、影月の顔が苦悶に歪む。
まるで火傷でも負ったかのように腕を押さえ、苦々しく宮守を睨んだ。
「宮守、貴様……!」
そこに現れたのは、あの宮守だ。
宮守は影月の腕にさらに札を押し付けるようにしながら叫ぶ。
「吸血鬼め……!その手をその娘を離せ!」
宮守は強くそのように叫びながら影月を睨む。
影月は忌々しげに唇を噛み、しばし動きを止めた。
その隙に、宮守は篝を引き寄せ、後方へと下がる。
「こっちへ来い!」
宮守の言葉に篝はすぐに駆け寄る。
影月は札の影響で今は動けないが、長くは持たないだろう。
そのまま篝は倒れている結城に手を伸ばす。
「蓮!大丈夫か……?」
「あ、ああ……かなり痛いが、大丈夫だ……それより行くぞ」
痛みなどへっちゃらと言いながら、そのような顔を見せる結城もすぐに立ち上がり、篝と共に宮守のもとへ走る。
背後で、影月が低く笑った。
「……おもしろい。」
その笑みが、次の再会を予感させるものだったことに、篝は背筋を震わせた。
▽
篝は宮守に手を引かれながら、森の奥へと走った。
背後にはまだ影月の気配がある。だが、貼られた札の力で今は動きを封じられているはず――そう信じたかった。
「篝、大丈夫か?」
息を切らしながらも、結城が篝の肩を支える。
篝は震える息を吐きながら、なんとか頷いた。
「……灯を、助けなきゃ……」
自分のことで精一杯のくせに、篝はそればかりを考えていた。
結城は歯を食いしばりながら、それでも言う。
「今はまず、お前が無事でいることが先だ!」
「……でも……」
「落ち着け、娘」
「……宮守さん」
「花嫁に選ばれた娘はまだ大丈夫だ……少なくとも、だ」
「……」
宮守の言葉に、篝は黙る。
灯がまだ無事だと願いたい、そのように思いながらも、拳を握りしめる。
同時に宮守は今、この場の状況を一番理解している者の冷静さがある。
そんな中、宮守に結城が問いかける。
「影月に貼った札の効果がどれほど持つかわからん。今は一刻も早く、奴の手の届かぬ場所へ移動するのが先決だ」
「……っ」
篝は唇を噛みしめる。
確かに、今の影月は動けないかもしれない。
だが、やつがこのまま黙っているとは思えなかった。
そして何より――
「……あの男……」
篝は脳裏に焼き付いた影月の目を思い出す。
あの冷たく、しかし執着に満ちた視線。
(あんな目で見られたのは、初めてだった……)
篝はゾッとしたように震えながら、手首を摩る。
そして宮守に問う。
「……宮守さん、あの札はどれくらい持つんですか?」
「そうだな……」
宮守は険しい表情を見せる。
「せいぜい、あと数分――いや、もう効果が薄れてきているかもしれん」
「は……っ」
「な……っ」
宮守の言葉を聞いた瞬間、篝はハッと振り返る。
そこには――
「……逃がさないぞ?」
札を焼き焦がしながら、ゆっくりと立ち上がる影月の姿があった。
「……っ!!」
篝の心臓が跳ね上がる。
「走れッ!」
宮守の怒声が飛ぶ。
影月の口元には、不敵な笑みを見せており、焼け落ちた札の灰が、ゆっくりと彼の指先から舞い落ちる。
「お前は……俺のモノだと何度も言っているだろう、篝?」
影月の声が、深い闇の底から響くように篝の耳を打つ。
篝は反射的に駆け出していた。
(逃げないと……!)
だが、その瞬間。
「遅い」
影月の腕が篝の腰を強引に引き寄せた。
「――っ!!?」
影月の冷たい指が、篝の顎を再び掴む。
「さっきは邪魔が入ったが……もう誰にも邪魔はさせない」
影月の顔が近づく。
篝は必死に手を突き出し、振り払おうとするが――
「ふふ……」
影月はあまりにも容易く、それを受け流す。
まるで、篝が手の中の小鳥のように逃げられないと知っているかのように。
「諦めろ、篝。お前は俺から逃げられない」
そう囁かれた瞬間――
影月の冷たい唇が、篝の唇を塞いだ。
「ん……っ!!」
篝は息を詰まらせ、全身に震えが走る。
力強く、しかしどこか優雅な仕草で絡め取られるような感覚。
息ができないほどに、影月の存在が篝を支配してくる。
――駄目だ。
――こんなの、絶対に。
「――愛している、俺の花嫁」
「あ……わ、たし――」
だが、篝の体は影月の腕の中で囚われ、逃れることなどできなかった。
同時に頭の中にまるで影月の声が響いているように聞こえる。
甘いような声で、支配される感覚が襲い掛かってくる。
駄目だとわかっているのに――何故か、影月に手を伸ばしかけ――。
「――離れろ!!」
その瞬間、またも札が影月の腕に叩きつけられる。
「ぐっ……!!」
影月の体が、ビクリと痙攣する。
「篝、こっちだ!!」
結城の手が篝の腕を掴み、引き剥がし、そのまま二人で走り出す。
影月は舌打ちしながら、篝を奪われまいと手を伸ばすが――
「まだだ」
宮守はもう一枚、札を影月の胸に押し付けた。
「――っ……!!!」
影月の体が痺れたように動きを止める。
それと同時に宮守も二人の後を追うようにしながら走り出した。
「……っ!!」
影月の冷たい視線が、篝の背中に突き刺さる。
振り返るな――そう思いながらも、篝はその視線を感じたまま、走り続けるしかなかった。
しかし、その心には確信があった。
(……次は、逃げられないかもしれない)
あの時の自分は、影月を受け入れようとしていた。
まるでそれは、洗脳のように。
影月は確実に、篝を追ってくる。
そして次こそは、もう誰にも止められないと――
篝は、自分の心臓の鼓動が恐怖とともに高鳴るのを感じながら、闇へと逃げ込んでいった。
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