俺、冒険者辞めて実家に帰ります。~冒険者になる夢を諦めて実家に帰ったら、幼馴染がどんな冒険者よりも強くなっていた~
パーティー追放系ではありますが、ざまあではないです。
「ハンス、悪いことは言わねぇ。お前、冒険者はもうやめろ」
「…え? 何でですか?」
今日も任務を受けようと、いつものように冒険者ギルドに顔を出した俺は、突然、俺が所属するパーティーのリーダー、アマデウスさんに言われた。
「お前が三年間、冒険者見習いとして努力してきたことは知っている。その上で言わせてもらう。お前の実力で冒険者を続けたら、近いうちに死ぬぞ」
アマデウスさんの言葉が俺に突き刺さる。
俺は小さいころから冒険者になる夢を持っていた。
そして、十七歳の時に実家を飛び出し、この町で冒険者見習いとして働きだしたのだ。
しかし、俺には冒険者の才能が無かった。
魔力が人より少ないようで、攻撃魔法の威力は低いし、治癒魔法だって満足に使えない。
ならば剣を極めようとしたが、二年以上修業を重ねても、初心者に毛が生えた程度の実力しか身に付かなかった。
俺と同時期に冒険者見習いになった奴らは、もう既に自分達のパーティーを持ち、立派なリーダーとして活躍している。
三年間も冒険者見習いから卒業できていないのは、俺だけだった。
努力を続けていれば、いつかは実を結ぶ。
そう信じて今日までやってきたが、どうやらそんなことはないようだ。
アマデウスさんは、俺の実力を正確に見抜き、俺のためを思って冒険者をやめろと言ってくれているのだ。
今まで、自分には才能がないとわかっていながら、その現実から目を背け、冒険者になりたいという夢に執着してきた。
しかし、アマデウスさんの言葉で、子どもの頃からのその夢に踏ん切りがついた。
「......そうですね。今までありがとうございました」
俺が深々と頭を下げると、強面のアマデウスさんが、いつもは見せない柔らかい表情で俺の肩に手を置いてくる。
「お前は十分努力した。その努力は決して無駄じゃねえよ」
アマデウスさんの優しい言葉に、俺は思わず涙を溢してしまう。
「今までお疲れ様」 「よく頑張ったな」
俺のパーティーのメンバーや、冒険者ギルドにいた他の冒険者も、労いの言葉をかけてける。
冒険者にはなれなかったけど、俺は幸せ者だな。心の底からそう思うことができた。
『父さん、母さん。俺、冒険者辞めて実家に帰ります』
そんな短い手紙をしたためて、俺の生まれた村に送ってから、三年間お世話になった部屋の片づけを始める。
ハンス・アント、二十歳。
子どもの頃からの冒険者になりたいという夢を諦めて、実家に帰ることになりました。
アマデウスさんやパーティーのメンバー、知り合いの冒険者たちに見送られ、俺は三年間暮らした街を後にする。
向かうのは俺が生まれた山間の田舎だ。
荷物を背負い、昔の事を思いだしながらゆっくりと歩く。
俺には幼馴染がいる。
名前はルーナだ。
大人しい女の子だったが、小さいころから一緒に育ったため、とても仲が良かった。
そう言えば、三年前。俺が冒険者を目指すためにこの村を出ていくと伝えたときは、大泣きしていたな。
「ルーナ、元気かな」
三年も前なので、おぼろげになってしまった幼馴染の顔を思い出しながら、俺は地元の村へと向かって歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
「あら! ハンスちゃんじゃない。久しぶりだね!」
「おばさん。久しぶりです」
冒険者見習い時代に暮らしていた町を出発して二日後、俺は実家のある山間の村にたどり着くと、畑で農作業をしていたおばさんに早速声をかけられる。
「みんな~ ハンスちゃんが帰って来たわよ~!」
「おばさん。俺もう二十歳何で、ちゃん付けはやめてもらえませんか?」
「あらあら、大きくなったのね」
そんな話をしているとおばさんの大声に、村中の人が集まってくる。
「ハンス、お帰り!」 「ちょっと大きくなったかい?」
どんどん集まってくる村の人にもみくちゃにされていると、
「お帰りなさい、ハンス」
と、鈴を転がすような澄んだ声が聞こえてきて、思わず振り返る。
「ルーナ......」
そこには三年ぶりに会った俺の幼馴染、ルーナが立っていた。
三年ぶりに見る彼女は少し大人びていて、端的に言えばとても美人になっていた。
「ハンス、無事に帰って来てくれてありがとう」
そう言いながらルーナは俺に抱き着いてきた。
「ヒューヒュー」 「お熱いね~!」
周りの人たちが冷やかしてくるが、ルーナは抱き着くのを止めないどころか、どんどん力を強めてくる。
「......心配させてごめん、ルーナ」
腕の中で震えるルーナを抱きしめながら、俺は罪悪感に苛まれていた。
「ハンスの帰還を祝福して、乾杯!!」
「「「かんぱ~い!」」」
俺が村に帰ってきたその日の夜、俺の帰還を祝福して、両親がパーティーを開いてくれた。
「ようやくハンスと酒を飲めるな、今日はたくさん飲むぞ!」
「さあさあハンス、たんとお食べ!」
「父さん、母さん、ありがとう」
冒険者を目指して家を飛び出し、挙句の果てに、その夢を諦めて実家に帰ってきた息子を、俺の両親は暖かく迎え入れてくれた。
俺は優しい人に囲まれて生きてきたんだという事を再確認し、胸がいっぱいになる。
「はい、ハンス。これ美味しいよ」
「ありがとう、本当だ、とっても美味しい!」
ルーナが差し出してくれた肉に舌鼓を打つ。
「これ、何の肉なの?」
「村から少し歩いたところにいた、ニワトリの肉だよ。私が捕って来たんだ」
ルーナが満面の笑みでそう答えてくれる。
しかし、俺はそこで一つの違和感に気づく。
ただのニワトリの肉にしては大きすぎるのだ。
それに、ニワトリならこの村で飼っている。
わざわざ外に取りに行く必要などないのではないか?
しかも、この肉の味、冒険者見習いをしている時に食べたことがある気がする。
そう、この肉の味は、頭と胴体はニワトリ、尻尾はヘビの化け物バジリスクの味に———
「どうしたの、ハンス? ほら、これも食べなよ」
「何でもないよ、ありがとう。うん、これもおいしいね! これは何の肉?」
「それはイノシシの肉よ。あなた好きだったでしょ?」
母さんがそう教えてくれたが、普通のイノシシの肉よりも数段美味しい気がした。
母さんの料理を食べるのが久しぶりだから、美味しく感じているだけなのだろうか。
そう思っていると、いい感じに酔っぱらった父さんが肩を組んでくる。
「その肉もルーナちゃんが捕ってきてくれたんだぞ~! 見上げるほど大きいイノシシでな、父さんも思わず腰を抜かしちまったんだよ」
俺の父さんは身長がかなり大きい。
そんな父さんが見上げるほどの大きさとなると、普通のイノシシではない。
そういえば、俺が冒険者見習いをしていた時に、巨大イノシシの討伐任務にいった事もあったな。
もしかして、ルーナが捕ってきたというイノシシは、巨大イノシシなんじゃ———
「さっきからどうしたの? ハンス。もしかして、楽しくない?」
ルーナが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「何でもない、とっても楽しいよ!」
まあ、大人しいルーナが、一人前の冒険者でも一人で倒すことは難しいバジリスクや巨大イノシシを捕まえてくるなんて、そんなことあるわけないか。
俺はそれ以上深く考えることを止め、両親と幼馴染との、三年ぶりののんびりとした時間を楽しんだ。
「楽しかったね、ハンス」
「うん、ルーナもパーティーの準備を色々手伝ってくれたんだろ? ありがとう」
「気にしないでいいよ。私が好きでやったことだから」
俺の帰還を祝したパーティーも終わり、俺はルーナと二人で村の周りを散歩していた。
「ハンスはこれからどうやって暮らしていくの?」
ルーナにそう尋ねられて、俺は思わず黙ってしまう。
俺は今まで冒険者になるという夢を必死に追いかけることしかしてこなかった。
その夢を失った今、俺の将来は真っ暗だったのだ。
「......しばらく、何も考えずにのんびり暮らそうかな」
「ならさ、私と一緒に暮らさない?」
俺が自嘲気味に答えると、ルーナがそう提案してきた。
「ほ、ほら。最近村にも魔物が増えてきてさ。元冒険者のハンスがいると、安心なの」
ルーナの提案に驚いていると、ルーナは顔を真っ赤にして手を振っている。
彼女は昔から優しいし、俺に気を遣ってくれているのだろう。
俺の両親も、しばらく好きに生活しなさいと言ってくれた。
今は周りの人の優しさに甘えてしまおう。
「ルーナ、ありがとう。俺、ルーナと一緒に暮らしたい」
「本当? 嬉しい!」
ルーナはぱっと笑顔になり、再び俺に抱き着いてくる。
冒険者にはなれなかったけど、今の俺は幸せ者だ。
ルーナの体温を感じながら、俺は心からそう思った。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
俺たちは抱き合うのをやめ、かわりに手を繋いで村に戻ることにした。
しかし、村まであと少しというところで、ガサガサと草をかき分ける音が俺の耳に聞こえてきた。
「ルーナ」
「うん、何かいるね」
「俺の後ろに隠れて」
何か大きな気配が、俺たちに向かって近づいてきている。
俺は、ルーナの前に立ち、腰に差した剣抜く。
冒険者を諦めたとはいえ、野犬ぐらいなら倒せるだろう。
そう考えながら暗闇に目を凝らすと、自分の身長の三倍はある、巨大な赤色の熊が俺たちの前に飛び出してきた。
間違いない。この魔物は赤熊だ。
俺は赤熊に睨みつけられ、体中の震えが止まらなくなってしまう。
赤熊は巨大イノシシよりも危険度が高い。
今の俺の実力で太刀打ちできる相手ではない。
それでも、逃げるわけにはいかない。
俺の後ろにはルーナがいるのだ。
せめてルーナが逃げるだけの時間を稼がなければならない。
「俺が時間を稼ぐから、合図をしたらルーナは振り向かずに村に向かって走ってくれ」
「だめだよ、それじゃあハンスが......」
「大丈夫。こいつを倒したら、俺もすぐ追いつくから」
俺が精いっぱい強がると、ルーナは困ったように微笑んだ。
「ハンス、しばらく見ないうちに、カッコよくなったね。でも大丈夫だよ。私一人で」
そう言いながらルーナは、俺の横を通り抜け逃げ出す...... のではなく、何を考えたのか、赤熊へ向かって一歩を踏み出した。
赤熊は、どんどん自分に近づいてくるルーナに向かって、巨大な爪を振り下ろす。
しかし、ルーナは逃げるそぶりを見せないどころか、赤熊の脳天に向かって人差し指を向けた。
「ルーナ! 逃げて!」
俺は必死にルーナに向かって叫びながら、赤熊の爪を剣で受けようとする。
———間に合わない。
そう思った瞬間、ルーナの指から、月の光のような眩しい光の線が放たれた。
ルーナから放たれた光の線は、赤熊の脳天を貫き、そのまま夜空に消えていく。
赤熊はうめき声すら上げすに、ルーナの前に力なく横たわった。
「ハンス。これ運ぶの、手伝ってくれる?」
大口を開けながらあっけに取られている俺に、ルーナはいつもと変わらず話しかけてくる。
「ル、ルーナ。今のは?」
「今のって? そっか、ハンスは知らないのか。この力はね、ハンスが村を出て行った後に身に付いたんだよ」
それからルーナは、俺に色々説明してくれたが、俺はその内容をあまり覚えていない。
さっき目の前で起こったことを理解するのに精一杯だったからだ。
赤熊は相当危険度の高い魔物だ。
俺がお世話になっていたパーティーでも、倒せるかどうか怪しい。
ましてや、一人で倒せる冒険者など、この国に十人もいないだろう。
そんな魔物を、倒してしまったのだ。
俺の、幼馴染が。
「どうしたの、ハンス? あれくらい、普通の事だよ?」
そっか、普通の事なのか。
普通ならば仕方がない。俺は考えることを止め、先ほどルーナが倒した赤熊を引っ張りながら村を目指すことにした。
しばらく見ないうちに、俺の幼馴染はとんでもなく強くなっていた。
俺は元冒険者であることを生かして、この町の守護でもしようかと考えていたのだが、ルーナがいればそんな必要もなさそうだ。
どうやら、しばらくのんびり生活できそうだな。
赤熊を引きずる俺を応援してくれる幼馴染の笑顔を見ながら、俺はそう思った。
ちなみに、一緒に暮らし始めた二人は、近い将来、ルーナが捕ってきた魔物をハンスが料理するという魔物ジビエレストランを開店する。
そのレストランがヒットし、二人は忙しい生活を送るようになるのだが、それはまた別のお話。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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