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7話

 


 白い空間の中にある本の森の中を歩いて行ってみれば、そこには本棚の前で立っている黒猫がいた。


「どうしたんだルッシー」


 無精ひげを生やした40代くらいの冴えない風貌の男が言う。


「ん?」


 男の方には一瞥もくれずただ一点を見つめている猫の金色の目の先を辿ってみればそこには分厚い分厚い本がある。この本の森の中にある中でもこれほど分厚いものは見なかった。


「なんだ、この本が欲しいのか?」


 聞いてみても全く微動だにしないのだけど、なんとなく気持ちが伝わってくるような気がする。「早くしろ」という気持ちが。せっかく取ってあげようとしているのだからもっと良い言い方は無いのかと思うのだけど、相手は猫だからしょうがない。


「よいしょっと」


 その本は胸くらいの高さにあるし、本棚は結構パツパツなので力を入れないと引き抜けない。さすがにこれは猫には厳しいかもしれないと思いながら手に取って見ると、黒くて分厚い本の表紙には「我が箱庭」と書かれていた。


「どういう魔法なんだこれ」


 そう思って首をかしげていたらパッと本が消えた。ルッシーに奪われたのは分かったが、なんと愛しい黒猫は本を尻尾に巻き付けて着地していた。


「ええ………」


 驚く驢馬の声には全く構わずに、先ほどまで驢馬が本を読んでいたテーブルの上へ華麗に飛び上がった。もちろんちゃんと本を持ったままで。


「尻尾ってそんな使い方できるんだ」


 そしてルッシーは前足を器用に使い、本を開いて読み始めた。


「なんか………」


「確かにあれだけ器用なら自分で本を引き抜くくらいはできるんじゃないか、ってそう思うよね」


 上空を見上げれば、驢馬の言いたいことをそっくりそのまま言った女神が微笑んでいる。


「心を読むことが出来るんですか?」


「読まなくても表情を見ていれば何となく言いたいことは分かるよ。驢馬は分かりやすいから」


「そうなんですか、思春期の頃は無表情系のクールな男になりたくて頑張っていたんですけどね、流川みたいな」


「それは何度生まれ変わっても無理だよ。どちらかと言えば流川よりも彦一だよ、君は」


「………残念です」


 女神は笑う。


「あの………女神様」


「なんだい?」


「質問があるんですけど良いですか?」


「なんだろう、答えられることならいいんだけどね」


「最初に出会った時に、クイズに正解したら豪華賞品をくれると言っていたと思うんですけど」


「ああ確かに言ったね、忘れていたよ」


「忘れていた!?」


「冗談冗談、ちゃんと覚えていたよ」


「本当ですか?」


「神は嘘つかない」


 ジト目の驢馬に対して微笑む。


「ちなみにその豪華賞品って何が貰えるんですか?」


「それは、あれだね………これから行く異世界の言葉が最初から自由自在に喋れるようになるよ」


「え?」


「なにさ、まさかそれくらいは当たり前に貰えるものだと思ってたんじゃないだろうね」


「いや、あの、すいません、思っていました。違うんですか?」


「そんなの当たり前じゃないか。言葉というのは誰しも自分の力で覚えていくものだよ」


「それはそうなんですけど………」


「それだけじゃなくて特別に読み書きも出来るようにしてあげよう。どうだい?かなりの豪華賞品だろう?」


「そうですね」


「なんだか納得していないみたいな表情だね」


「そんなこともないんですけど、はい………」


「さてと、ルッシーちゃんがあの本を読み終わるまでにはかなりの時間がかかりそうだから、私はまた向こうで仕事をしてこようかな」


「女神様はまたいなくなってしまうんですか?」


「こう見えても私は忙しいんだよ」


「あの、ちょっと考えてたことがあるんですけど」


「なんだい?」


「さっきの豪華賞品の件についてもですけど、やっぱり女神様は人間に特別な力を与えることが出来るわけですよね?」


「神だからね、それくらいはできるよ」


「おお!」


 驢馬の顔がぱっと明るくなる。


「僕は楽をしたいので、そういった特別な力を他にも沢山頂いてから異世界に行きたいんですよね」


「それは駄目だよ。あまりにも楽をし過ぎたら見てるこっちが面白くないからね」


「それはどういうことですか?」


「詳しくいことは言えないかな、けど言えることは驢馬が異世界で何をしているのかは逐一私たちは見ることが出来るんだけど、与えられた強力な力に頼り切ってただ怠惰に過ごしているのは見たくないんだ」


「そうですか………」


 話しながらも驢馬の脳は高速回転している。


「僕と勝負をしませんか?」


「勝負?」


「そうです、もし万が一僕が勝つことができれば、また何か豪華賞品を頂けるという勝負です」


「ふーん」


「もしかしたら頂いたその力で怠惰に過ごすかもしれませんけど、それは勝負に勝ったからだと思えば少しは納得感がありませんか?」


「確かに自分で勝ち取ったわけだからね」


「ありがとうございます。そしてご存じだとは思いますけど私は人間の中でも優秀じゃありませんので、もし女神様に勝てたとしたら奇跡だと思います」


「なるほどね、面白いじゃないか。私だって全知全能というわけではないから勝負の方法次第では十分に負ける可能性はあるよ。いいよ、面白そうだ。驢馬と勝負しようじゃないか」


「おお!」


 女神の口の端は上がり、驢馬は目を広げた。


「勝負の方法はもう決めているのかい?」


「それはこれから考えたいと思います」


「なんだ、これからか」


「すいません。神様に勝負を挑むなんて今まで考えたことが無いので」


「なるほど、それはそうだろうね。ところで、驢馬は勝った時の事ばかりを考えているようだけど、負けた時の事も考えているんだろうね?」


「ふぇ!?」


「当たり前じゃないか。渡した面白そうだと言ったのは驢馬が負けた時の表情を見るのが面白そうだという意味なんだよ」


「うわ、」


「なんだいその表情は。私のことを性格の悪い奴だとでも思っているんじゃないだろうね」


「そんなことは全く思っていません」


「もし勝負に負けたら、驢馬の肌はピンク色になる」


「ふぇふぇふぇ!?」


「可愛くていいだろう?我ながらいいアイディアだ、絶対に面白いよこれは」


「それはさすがにちょっと厳しすぎますよ。肌がピンク色の男なんて魔人ブウみたいじゃないですか」


「面白いじゃないか。サービスで頭に触覚も付けてあげようか?」


「それは本当に勘弁してください、そんなのがあったらもう人間じゃないですよ」


「触角は冗談だよ。その代わり勝った時には本当に豪華賞品をプレゼントするよ。それが嫌なら勝負は無しだよ、どうするんだい?」


 いままで穏やかだった女神の目が吊り上がっていて、心なしか頬も紅潮している。


「やります」


「よろしい、それでは2時間後に勝負しよう」


 そう言い残して女神は消えた。


「どうしよう………」


 不安な表情で話しかけても猫は本を読んだまま、驢馬の方を見ることも無かった。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


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