6話
地球でも異世界でもない世界の中にある、どこまでも広がっているような真っ白い空間。
その中にポツンと色を持っているのは本の森。10m程の高さを持つ巨大な本棚がいくつもあるそれは、まるで広大な砂漠の中にあるオアシスのように見える。
白一色の高価そうな肘掛け椅子に座っているのは、40代くらいの年齢の冴えない風貌をした男。その手元には国語辞典のような分厚さの本が閉じて置かれている。
「ふぅ………」
鏑木 驢馬はひとつ息を吐いた。女神によって連れてこられた当初は相当に混乱していたが、今はかなり落ち着いているように見える。
その顔には疲れが見えるが、表情自体は明るい。なにしろ手元にある分厚い本をすべて読み、理解し、自分の一部となったという充足感があった。
魔法の会得。
100万回読んでもえとくできないかもしれないと言われた魔法書を、たった一度読んだだけで取り込み、「溶接」の魔法を手に入れた。
試してみたい。
子供の頃からあこがれ続けた魔法。自分だけの特別な力を手に入れた彼がそう思うのは当然のことだろう。
いま「溶接」の魔法の効果の対象となるのは金属。しかし周りを見渡すがそれ見当たらない。ここには本と本棚と机と椅子があるだけだ。
レベルが上がりさえすれば様々なものを接合できるようになるはずだが、今の段階では鉄に対してしか使うことが出来ない。
猫の泣き声が聞こえた。
辺りを見渡してみてもルッシーの姿は見えない。きっとこの本の森のどこかに違いない。悲鳴のような緊急性のある物dとは違う泣き方だったけど、もうすでに本は読み終わったことだし探してみようか。
驢馬は椅子から立ち上がった。
いた。
暫く探して見つけたルッシーは高い高い本棚の一番上の所にいた。
「もしかして降りられなくなったのか?」
というかどうやってあそこまで登ったのだろうか。やはり猫の身体能力というのはすさまじい。
ルッシーがまた鳴いた。
「わかったわかった、いま降ろしてやるからな」
キャスターの付いた脚立を引っ張ってきて登っていく。やはり何度登っても怖い。ようやく一番上まで到達してルッシーと同じ目線の所まで来た。
「ほら、こっちにこい」
そう言って手を伸ばした驢馬の手に猫パンチが襲い掛かった。
「えええ!?どういうこと?」
脚立に掴まりながら目をひん剥く哀れな人間。
黒猫が跳んだ。
「あえーー!?」
くるりと一回転して、スタッと地面に着地した。あまりの優雅さに怪我の心配もしなかったくらいだ。
「どういうこと?」
いったい自分はなぜ脚立の一番上にいるんだろう。高いところはあまり好きではないのに。
「どうやらルッシー君はただ君のことを呼んでみただけみたいだね」
はるか上空から声が聞こえ、見上げればそこには自由の女神くらいの大きさの女神がいた。
「意味が分かんないんですけど」
「猫っていうのはそういうものだよ」
「なるほど………」
分かったような分からないような気持のまま、驢馬は慎重に脚立を降りていく。
「戻ってきてくれたんですね」
地面にたどり着いてほっとした表情の驢馬が女神に向かって言った。
「しばらくしたら戻って来ると言っただろう。それにしてもまさかこんなに早いとは思わなかったけどね。少なくとも10回くらいは読み返さないと習得できないと思ったんだけどね」
「女神様でも予想が外れることがあるんですね」
「もちろん」
緑色のドレスと来た女神が微笑む。
「それと、お聞きしたいことがあるんですけど」
「なんだい?」
「もしかして魔法というのは習得できる数に限界があるんですか?」
「どうしてどう思うんだい?」
少し驚いたような表情で聞く。
「魔法書を読んで溶接の魔法を手に入れてから、なんだか体の中がパンパンになったような感覚があるんです。これ以上は入らないのが分かるというか。水をお腹一杯飲んだ時みたいな、これ以上飲んだら逆流するみたいな感覚が」
「面白い表現だね」
口元を押さえながら笑う。
「だけどその通りだよ」
「そうですか。もしできるなら沢山の魔法書を読んで沢山の魔法を使えるようになりたいと思っていたんですが」
「それは残念だったね」
女神が微笑んだ時、またしても猫の声が聞こえた。
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