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4話 ~猫と驢馬の出会い~

 


 鏑木かぶらき 驢馬ろばは歩く。


 白一色の空間の中に突然生えてきた本の森の中を、猫の背中を追いかけて。


 黒い尻尾が指揮者のようにピンと立っていて、歩くたびに先っぽが少しだけ揺れるのが可愛い。


 ちょっと歩いたら立ち止まって、ちゃんと付いてきているかを愛しき黒猫は確認しているけれど、そんなに心配しなくてもいいのに、と思う。


 思い返してみれば今までこの猫の後ろを歩くというのは初めてだ。


 初めて出会ったのは特に温かい春の日だった。夜の散歩を楽しんだ後で庭に咲いている梅の花を眺めていた時、いつの間にかルッシーはそこにいた。


 そして散歩の旅に顔を合わせるようになった。時間なんか決めてるわけじゃないのに毎回会った。


 その内に煮干しをあげるようになって、猫まんまををあげるようになった。もっといいご飯をよこせ、いつもそんな目で見てきているような気はしていた。


 だけど次もまたルッシーが来るかどうかも分からない。だから猫用のご飯は買わない。期待していて裏切られたらショックが大きい。だから自分は誰にも期待しないようにしているのだ。


 最初に出会った日に体を撫でようとしたら噛みつかれた。嫌われたと思ったけど、次の日も当たり前みたいに来た。そして次の日も。自分とルッシーはそれしだけの関係。自分はいつもルッシーが来るのを待っている側だった。


 それなのに今は日本じゃない世界にいる。それが少しの違和感と幸せと、冒険のような興奮を感じる。


 明らかに地球では無い場所で、本棚の上には自由の女神くらいの大きさの女神様がいて、知り合いの猫に本の森を案内されるというのは、まるでジブリ作品みたいじゃないか。


 それにしても本が多い。女神様はこれを魔法書と呼んでいたけれど一体何万冊あるのだろう。子供の頃から本は大好きで市の図書館にはよく言っていたけれど、この本の量は図書館どころではない。


 黒猫のルッシーが立ち止まった。


「ん?」


 その金色の目の目線を追ってみると高い本棚の上の方に一冊だけ光っている本があることに気が付いた。注目してみないと気付かないくらいにほんの少しの光だ。


「もしかしてあれを選べと言っているのか?」


 問いかけても何も答えてはくれない。だけどきっとそういう事だ。この素晴らしい黒猫様はこの本の森の中から、一番いいものを選んでくれたのだろう。なぜそんなことが分かるのかは、分からないけど。


「上にあるあの本が欲しいんですけど………」


 本棚よりもはるか上からこちらを見ている女神様に言ってみたら、すぐに白い床から脚立が伸びてきた。確かにこの長さの脚立なら上まで届きそうだ。


 けどちょっと怖い。


「これ、大丈夫ですかね。支えてくれる人もいないから万が一落ちたりしたら異世界に行く前に死んでしまいますけど」


「大丈夫、この空間にいる限り落ちたくらいでは死なないよ。それは私が保証しよう」


 自信ありげな女神様の表情を見てしまったら、もう何も言えないので脚立を登り、目当ての本に手を伸ばす。


 固い。


 本はぎっしりと詰まっているので引き抜くのに結構な力が必要そうだった。しかも脚立を置く位置を若干ミスっていたせいで、指先ギリギリで引き抜かないといけない。


「んんん………」


 本を引き抜くことに力を入れ過ぎると体と脚立のバランスが崩れてしまいそうだ。やはり脚立を使う時には舌でさせてくれる人がいないと厳しい。


 それでも何とか本を引き抜いて恐る恐る降りていく。本を持っているせいで登るときよりも怖い。


「よしっと」


 白い床に降り立って、驢馬はほっと息を吐いた。額には若干の油汗が滲んでいる。


 そこでようやく本の装丁を見て気が付く。


 その本のタイトルは「溶接工」。驢馬の今の職業そのままがタイトルの魔法書だった。


「ほう、ずいぶんと良いのを選んだじゃないか」


「そうなんですか?」


「その人がどんな魔法を習得できるのかはそれぞれだけど、以前に経験しているものほど習得が早くなるのは間違いないよ。魔法と人とは相性というものがあるんだ」


「おお!」


「私もどこ二度の魔法書があるのかは把握していないから、驢馬がひとりでこの中から探し出すには相当な時間がかかったはずだよ」


「たしかに………」


「私が見込んだ通りルッシー君は優秀だよ。君からもお礼を言っておいが方が良いよ。これから君たちはパートナーなわけだからね」


「そうですね。ありがとうなルッシー」


 結構本気で感謝の気持ちを伝えた驢馬だったが、愛しい黒猫から返って来たのは鼻を鳴らす音だけ。


「ふふ………」


 女神の含み笑いが微かに聞こえた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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