表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

1話

 

「あいつ、今日は来ないのかな………」


 夕暮れの中、アウトドアチェアに座っている男の手には文庫本、足元には猫まんまが入った器がある。


 しばらくそのまま本を読んでいた男だったが、空が暗くなってきたところで、名残惜しそうに遠くを見ながら家の中へと入っていった。



 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆



 ここはこの世でもあの世でもない白一色の空間。


 40才くらいの冴えない風貌の男がそこにいる。まるで彫刻作品のように固まって、瞬きすらしていない。


 そしてもうひとり、女がいる。


 つまり空間には一組の男女がいるわけなのだが、普通の男女とはわけが違う。両者の体の大きさがまるで違うのだ。


 男の体を一般成人男性の大きさと仮定すれば、女は自由の女神くらいの大きさを持っている。


 薄い緑色の優雅なドレスからのぞくのは、引き締まった四肢と彫刻作品のように完璧な美しさを持つ顔。金色の髪の毛一本からも異次元の空気を放っている。


「さて………鏑木かぶらき 驢馬ろば


 女が声を出した途端、男は電流を浴びたように跳び上がった。


「そんなに緊張しなくていいよ。今から君にクイズを出そう、正解すれば豪華賞品をプレゼントだ」


 ハムスターのようにプルプルしている男に対して、女は優しく語り掛ける。言葉と共に春一番の様な柔らかな風が吹く。


「私の言っていることが理解できたかい?」


「………」


 白髪交じりの短髪で無精ひげを生やした男は首振り人形のように、無言で何度も頷いた。


「それでは第一問、私は何者でしょう? 」


 微笑む女が尋ねた。


 その途端、空中に大きなストップウォッチが出現して、真下にあった針が上へと向かって一秒ごとに進み始めた。


「はわ、わわわ、わわわわわ………」


 驢馬ろばが右往左往している間にも時計の針は進んで行く。何も言われていないのだけど、たぶんタイムリミットは針が一番上につくまでだろうと思った。


「め、女神様です!」


 震える声で驢馬ろばは叫んだ。


「正解!まだ何も説明していないのによく分かったね。正解したので豪華賞品はプレゼントするよ」


 女神が言い終わると同時に、明瞭なファンファーレが空間一杯に鳴り響いた。


「ほ、ほ、ほほほほほ………」


 男はゴリラのような声をあげながら、ゴリラのように手を叩いている。正解したことがうれしいらしい。もし彼がゴリラだとしたらだいぶご機嫌なゴリラ、ゴキゴリだ。


「驢馬はずいぶんと面白い喜び方をするんだね」


 女神は口に手を上げながら小さな声をあげて笑っている。


「す、すいません。自分でもどうして自分があんな喜び方をしたのか分かりません。すごく恥ずかしいです」


 その言葉の通り驢馬の顔は赤い。


「面白かったから気にしなくていいんだよ。それでは続いて第二問。驢馬をここに呼んだその理由は何でしょう?」


 ストップウォッチが再び動き始めた。


「異世界に行くためです!」


「正解!」


 明瞭なファンファーレが、真っ白な空間一杯に鳴り響いた。


「やったー!」


 飛び上がって喜ぶ驢馬。


「なんだ、さっきの喜び方はもうしないのか」


 がっかりしたように女神が言う。


「すいません、そっちの方がよかったですか?」


「いや、素直なほうがいいね………下手な芝居を見せられるほど醒める事は無いから。それにしても良く分かったね、いまのところ2問とも正解だよ」


「ありがとうございます。異世界転生物は大好きなので、なんとなくわかりました」


「うんうん、やはり日本人は物分かりが早くていいね。他の国の人間だと説明に時間を取られるからね」


 満足そうな表情の女神。


「それでは次が最終問題。全問正解なら商品も豪華になるよ」


「ほ、ほほ!」


 期待のあまり男はまたゴリラになっている。


「今からこの空間に現れる者の名前はなんでしょう?」


「ほ?」


 首をかしげているゴリラの元に煌めく光が降りそそいでくる。そしてその光の中をゆっくりと降りてきたのは一匹の黒い猫だった。


「ルッシー!お前ルッシーだよな」


 白い地面に着地した黒い猫の金色の目を凝視しながら驢馬が言った。


「この天上天下唯我独尊みたいな顔、多分そうだと思うんだけど………」


 その美しい毛並みに手を伸ばした途端、猫は躊躇なく噛みついた。


「痛っ!やっぱりルッシーだ」


 噛まれているにもかかわらず嬉しそうに言う。


「こいつってばご飯を食べさせてあげてるのに、ちょっとでも触ろうとしたら噛みついてくる。やっぱりお前はルッシーだよ。痛い、痛いってば」


 空中にブランブラン状態でも黒猫は男の手に噛みついたまま離さない。


「正解!おめでとう全問正解だ!」


 ファンファーレの音が今までで一番派手に鳴り響いた。


「でもどうしてここにルッシーが………」


「実は私は、ルッシーちゃんに異世界に行ってもらいたいと思っているんだ」


「ほ!?」


 ゴリラ。


「けれどルッシーちゃんは、ひとりで行くのは嫌だから、君を一緒に連れていきたいと言ったんだ」


「俺と一緒にですか?」


「そうだよ」


「じゃあやっぱりルッシー、お前やっぱり俺のこと好きだったのか!」


「?」


「あの、こいつはいつも俺に噛みついてくるんですけど、それでも毎日俺んちに来るから絶対に俺のこと好きだよな、と思っていたんです。一緒に異世界に行きたいっていうことは、やっぱりこいつは俺のことが大好きってことじゃないですか!」


「まあそうかもしれないね」


 女神は明らかに苦笑いをしているが、驢馬はそれに気が付いていない。


「そうなんだろ?お前俺のことが大好きなんだよな?」


 撫でようとしたところでまたしても猫は噛みつき、驢馬は悲鳴を上げた。


「あれ?」


 手をふーふーしながら驢馬は首を傾げた。


「どうしたの?」


「っていうことは俺はルッシーのついでっていう事ですか?」


「そうだよ」


「そんな綺麗な笑顔で言われても………」


「つまりルッシーちゃんが「兼近」で、驢馬は「りんたろー」っていうわけだよ。わかりやすいでしょ?本当は「兼近」だけでいいんだけどなぜか一緒に「りんたろー」も付いてくるみたいな感じだよ」


 驢馬はへんてこりんな顔をしている。


「りんたろー、ですか?」


「うん。りんたろー」



 驢馬は思う。



 滅茶苦茶嫌だ。


 女神様を怒らせてしまうのが怖いから直接は言えないけれど、「りんたろー」は嫌だ。


 てっきり自分になにか特別な才能が合って神様に選ばれたんだと思っていた。それが誇らしくてうれしかった。最強で無双でチートでハーレムが出来るものだと思っていた。


 だけどそれは絶対に無いだろう。


 なぜならば「りんたろー」にチートなんかくれるわけないからだ。だって「りんたろー」ぞ、「りんたろー」。


 ということは異世界に行ったらルッシーにご飯を食べさせてもらうっていう事だ。だって「りんたろー」ひとりじゃなんにもできないんだから。さすがに猫に恵んでもらうというのはなぁ………。



「どうしたの?」


 見下ろしている女神の目が少し怖い。


 異世界行きを断ることとかできるのかな?


 さすがに猫のついでに異世界に連れていかれるのは嫌だもんな。


 なんとか女神様を説得できるかな?


 やってみよう。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ