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28.婚姻の儀

 冬が明け、季節は花々が咲き乱れる春へと移り変わってゆく。

 婚姻の準備は着々と進み、ついに式当日を迎えた。


 平和の象徴である鳩が、蒼穹へと飛び立っていった。

 ガゼボに這ったピンク色の蔓薔薇が、満開に咲き誇っている。

 はらはらと薔薇の花びらが舞い落ちる中、純白のドレスを身に纏ったわたしと、純白のタキシードを身に纏ったクォーツが手を取り合い、進んでゆく。


 ふたりで決めた純白のドレスは、きっとわたしの白い肌によく映えている。

 プリンセスラインのドレスのスカート部分は、幾重にもチュールやレースが重ねられ、春風が吹くたびにふわりと揺れる。

 胸元には職人が1ヶ月かけたという見事な薔薇の刺繍。

 いつもは下ろしている髪を、アップシニヨンにまとめたわたしは、きっと誰から見ても“しあわせな花嫁”に見えるはずだ。

 

「緊張してるのかい」


 わたしの顔を覗き込み、クォーツはからかうように言った。


「今日が人生最後の日かもしれないのですよ。緊張のひとつもします」


 頬を膨らませてみせた。

 実際、動きがぎこちなくなるほどにガチガチに緊張していた。

 クォーツの軽口が、わたしを和ませるためのものであるのは明らかだった。

 今はその気遣いが嬉しい。

 だからわたしは、努めていつも通りに振る舞おうとする。


「大丈夫。人生最後の日なんかにさせない。絶対に」


 クォーツの力強い言葉。

 彼の言葉なら信じられる。そう思えた。


「むしろ、人生で1番幸せな日にしてみせるさ。見てごらん。皆が俺たちを祝いに来てる」


 そこではじめて、わたしはぐるりと会場を見渡した。

 今まで気づかなかった。

 会場の貴族から、祝福の熱気が発せられていることに。


 ローズ様の花嫁姿。まるで妖精のような可憐さだわ。

 お似合いのふたりだ。この国の未来は明るいな。

 クォーツ様が、こちらに手を振ってくださったわ。すてき!

 まさに美男美女の組み合わせ。目の保養ですな。


 ざわめきのひとつひとつが、祝福のムードに溢れている。

 わたしは頬を赤らめ、クォーツの手を握る指先に力を込めた。


「……ま。そうじゃない人たちも、いるみたいだけどね」


 クォーツの視線はとある一角へ。

 そこには苛ついた様子の王太子モンドと宰相ジャスパー、そして肩身が狭そうなアメジストの姿があった。


「とりあえずは計画通り、来てくれましたね」


 ここまでは《薔薇水晶の妖精眼》が見せた予知夢の通りだった。

 父は招待状を送った彼らが会場に現れることに半信半疑だったが、《薔薇水晶の妖精眼》のお告げは絶対だ。


「準備も計画も綿密にした。あとは“そのとき”を待つだけだ」


 クォーツの言葉に、わたしはこくりと頷いた。




  ◇◇◇




「ろぉぉぉぉずぅぅぅぅぅ。おまえの花嫁姿を見られて幸せだ! おまえの母さんにも見せてやりたかった! 天国の我が愛する妻よ! 娘の晴れ姿を見てるかぁぁ!」


 号泣しながら父がわたしを抱き寄せた。

 会場はあたたかな笑いに包まれた。公爵の娘への溺愛ぶりは周知の事実だ。

 おーいおいおい、と大粒の涙を流す父は、使用人たちによって無理矢理わたしから引き剝がされる。


「放せ! 放さんか!」

「旦那様。大切な式の途中ですぞ。お気をたしかに」

「クォーツ殿! 娘を頼みましたぞぉおおお!!」

「はい、任されました。ローズを必ずや幸せにしてみせます」


 爽やかに微笑みながら、クォーツは頷いた。

 このやりとりはまさしく、公爵の健在ぶりを貴族たちにアピールする絶好の場になった。

 噂ではもう長くないという話だったが公爵閣下は元気そうではないか、と口々に招待客たちは耳打ちし合った。

 これで式のおおよその目的は達成されたといってよい。

 わたしは胸を撫でおろした。


 式は滞りなく、和やかな雰囲気で進んでいく。

 わたしとクォーツを祝福するように薔薇の花びらが舞い、チャペルの鐘が鳴った。


 ――鐘の音が止んだとき、会場に静寂が降った。


 かつかつと靴音を立て、わたしの目の前に歩み出る人影があった。

 式場の招待客たちが固唾を飲むのが分かった。

 わたしの目の前にやってきたのは、果たして《薔薇水晶の妖精眼》の予知夢が見せた通り、アメジストその人だった。


「………っ、」


 思わずわたしはクォーツと視線を交わした。

 クォーツは動じずに、ただ穏やかに微笑んでいる。

 その隻眼が「大丈夫。何度も練習しただろう」とわたしに語り掛けてくる。

 そう。ここまでは計画通りなのだ。なにも慌てることはない。


「アメジスト様。今は式の最中です。何の御用でしょうか」


 わたしの一声に、痛いほどに式場が静まり返った。

 王太子殿下の新旧婚約者揃い踏みである。

 周囲の緊張が高まるのは当然といえた。


「私は……その……」


 アメジストはこういった場に慣れていないようだった。

 彼女の菫色のドレスが、春風にふわりとたなびいた。


「う、恨まれていても、おかしくないって思ってました。だから、式に招待されて、驚いてしまって……」


 声が上ずる。今にも泣いてしまいそうだ。

 式場の奥に目を遣れば、王太子殿下が目を白黒させている。

 彼はアメジストからこの件を聞いていなかったのだろう。


「お詫びに……これを……」


 差し出されたのは、薔薇の花束だ。

 夢で見た光景と、同じ。

 わたしは緊張にごくりと喉を鳴らす。


「ありがとう」


 《薔薇水晶の妖精眼》で見た夢のように、わたしはちゃんと微笑んでいるだろうか。

 15本の薔薇の花束。その花言葉の意味は、“ごめんなさい”だ。


 可哀相に。本心でわたしに謝りたかっただろうに。

 きっとその気持ちを宰相に利用されてしまった。


 わたしはアメジストから薔薇の花束を受け取り、そして――……


 その場で、ばたりと倒れ伏した。

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