表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

24.薔薇の棘

 平和の象徴である鳩が、蒼穹へと飛び立っていった。

 純白のドレスを身に纏ったわたしと、純白のタキシードを身に纏ったクォーツ。

 ふたりは顔を見合わせ、くすぐったそうに笑い合う。


 幸せを絵に描いたような光景だった。

 ふたりを祝福するように薔薇の花びらが舞い、チャペルの鐘が鳴った。


 これが夢だ、と気付くのにしばしの時間を要した。

 ――《薔薇水晶の妖精眼》を通して見る予知夢。


 わたしとクォーツの結婚式という未来の光景を、わたしは覗き見ていた。

 式は滞りなく、和やかな雰囲気で進んでいく。


 ふ、と会場が鎮まる瞬間があった。

 王太子殿下の婚約者であるアメジストが、花嫁であるわたしの前にやってきたのだ。


「お詫びに……」


 薔薇の花束をわたしに差し出した。


 お詫び、とは何に対してだろうか。

 王太子殿下を奪ったこと? 舞踏会での振る舞い?

 それとも、そのすべてだろうか。


 しばしの沈黙。そして。

 花束を持つアメジストの手が微かに震えていることに、わたしは気付いた。

 ふっとわたしは相好を崩す。


「ありがとう」


 わたしは微笑み、薔薇の花束を受け取り――……


「……――っ」


 薔薇の枝の棘が、手に刺さった。

 瞬間、わたしは薔薇の花束を取り落とした。

 瞼を閉じ、ばたんと地に倒れ込む。


 純白のドレスのスカートが、まあるく床に広がった。

 それきり、わたしは動かない。


「「「「きゃ~~~~~~~!!!!」」」」


 結婚式の会場に、招待客たちの悲鳴が響き渡った。


「違う……私は、違う……」


 いやいやをする子供のように、アメジストが後ずさる。

 落ちていた薔薇の花がアメジストに踏まれ、無残にも花弁が散った。


「大罪人アメジスト! 薔薇の棘に毒を塗り、公爵令嬢の殺害を企てるとは何事だ!」


 ばん、とテーブルを叩き、芝居がかった仕草で宰相ジャスパーが立ち上がった。

 その瞬間、さあっとアメジストの顔が絶望に染まる。


「ジャスパー様! これはどういうことです!?」

「大罪人め! 気安く口をきくな! 衛兵、アメジストを捕らえよ!」

「いやあっ!!」


 衛兵に羽交い締めにされ、助けを求めるようにアメジストは王太子を見た。

 王太子はさっと目を逸らす。


「モンド殿下! 私を信じてください!! 私は何も――……」


 喋ろうとしたアメジストの口は、衛兵たちに塞がれる。


「~~~~~~~ッ!!!」


 紫がかった艶やかな黒髪を振り乱し、アメジストは大粒の涙を流す。

 声にならない彼女の悲鳴を、確かにわたしは聞いた気がした。




  ◇◇◇




「……ひどい未来」


 ぐっしょりと、寝具が汗で濡れていた。

 ひどい目覚めだった。

 薄紅色の髪を掻き上げて、わたしは大きなため息を吐いた。


 窓からは涼やかな月明かりが差し込んでいる。

 時刻はまだ夜半。

 だというのに、とても寝なおす気分にはなれなかった。


「幸せの絶頂での死。笑えないですね」


 恐らくわたしはあのあと死ぬのだろう。そんな予感があった。

 汗ばんだ指先でシーツを掴んだ。

 何度も、何度も。薔薇の棘の毒に犯され、倒れ込む自分の映像が脳内でリピートされた。

 わたしは大きく首を振って、脳内の映像を掻き消す。


「情報を整理しなくては」


 宰相であるジャスパーは、わたしの暗殺を企んでいる。

 薔薇の棘に毒が塗られていて、わたしの死因はそれによる毒殺。

 恐らくは、アメジストは利用された挙句、捨てられた。


 落ち着いて、わたし。

 見えたのは“わたしが倒れ込む”光景だ。

 わたしが確実に“死んだ”訳じゃない。


 あの光景は《薔薇水晶の妖精眼》を通して見たものだから回避できなくとも、なんとか助かる方策はあるはずだ。


「…………っ」


 心臓がばくばくと嫌な音をたてて跳ねていた。

 息が荒い。背筋が冷える、気持ち悪い感覚。

 必死に大丈夫と自分に言い聞かせているというのに、死への恐怖に身体が凍り付いたようだった。


 わたしは耐えられず、ベッドから抜け出した。

 月明かりだけに照らされた廊下を、裸足のままにひたひたと小走りに進む。

 冷えた廊下の空気に、ぶるりと肩を震わせた。

 向かうのは、クォーツの部屋だ。

 ノックもせずに扉を開けて、寝息を立てるクォーツのあたたかなベッドに滑り込んだ。


「……? ローズ?」


 クォーツが驚いたように目を瞬かせた。

 どうやら起こしてしまったらしい。


「ごめんなさい、クォーツ。今は何も聞かないで」


 か細い声で絞り出し、クォーツの分厚い胸板に顔をうずめた。


「朝までいっしょにいてくださる? 明日すべてを話しますから」

「……分かった」


 あとは何も言わず、クォーツは子供をあやすように、わたしの頭を撫でてくれた。

 クォーツの手のぬくもりに、安心したらしい。

 あれだけ痛いほどに跳ねていた心臓が、いつの間にか大人しくなっていた。


 大丈夫。

 きっとなんとかなる。

 自然とそう思うことができた。

 彼と一緒なら《薔薇水晶の妖精眼》を通して見た未来を、きっと乗り越えられる。


 あたたかなぬくもりに包まれて、眠気がしのび寄ってくる。

 それから数刻もしないうちに、わたしは寝てしまった。

 その日、もう怖い夢は見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ