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21.殺意の夜

「言っただろう。会場の主役は俺たちだって」


 舞踏会からの帰り道。

 馬車の中で向かい合うクォーツは、微笑みを浮かべている。


 山間の道を、馬車が掛けてゆく。

 窓から吹き込む夜風が気持ちいい。

 舞踏会で火照った身体を冷やしてくれるようだった。


「わたしは肝が冷える場面がいくつかありました」

「でも、うまくいったろ?」

「結果論です」


 そう。結果的にすべてがうまくいった。

 王太子殿下は舞踏会で貴族たちの笑い者になり、クォーツは社交界に“公爵令嬢の婚約者”として認められた。

 けれど――……


「新しい王太子殿下の婚約者のことが、気になります」

「俺と同じ世界からやってきた“転移者”」

「その彼女が、どうして王太子殿下の新しい婚約者になったのか」


 がたん、と馬車が揺れた。

 宰相派の差し金なのは、まず間違いない。


「アメジスト、ねえ。まず偽名だろうな」

「クォーツ、あなたといっしょですね」


 再びがたん、と大きく馬車が揺れる。


「そういえばクォーツ。そろそろあなたの本当の名前を――……」


 がたん、とひときわ大きく馬車が揺れて、私は額を馬車の窓枠にぶつける。


「もうっ、さっきから揺れすぎです! 御者はなにをやっているのかしら」


 窓から身体を乗り出して、そしてわたしは見てしまう。

 本来御者が座って馬を操っているであろう位置に、誰もいない。

 影も形もなく。ただ夜闇に馬がいななくだけ。


「御者がいない……? じゃあ、この馬車って」


 がたたん、と馬車が跳ねた。

 わたしは小さく悲鳴を上げる。

 暴走する馬。消えた御者。背筋が凍った。




  ◇◇◇




「きゃああああああああああ!!!!」


 暴走する馬車の中で、わたしは甲高く叫ぶ。


「慌てるな、ローズ。落ち着けって」

「これが落ち着いていられますか!」

「叫んだところでなんの解決にもならない。馬が興奮するだけだ」


 事実、興奮した馬はいななき、さらにスピードを上げた。


「嘘でしょ……?」

「くそっ、前に崖が」

「ああ、神様」


 胃の浮くような感覚。崖からの自由落下。

 こんな瞬間にも、わたしを落ち着かせようとクォーツはわたしの手をぎゅうと力強く握りしめてくれる。

 それが嬉しくて、でもわたしは今間違いなく死にかけていて。


「もう、なんなのよぉぉおおおお!!!」


 衝撃と共に川面に馬車が叩きつけられ、水柱が上がる。

 そうして、わたしの視界は暗転した。




  ◇◇◇




 ぽちゃん、ぴちゃん。


 冷たい水の中を、わたしは揺蕩っている。

 薔薇水晶の髪がふわりと水面に広がり、川の流れにただ身を任せる。

 わたしは、まどろみの中にいた。

 このまま意識を手放してしまいたい衝動に駆られる。


 ざぶん、ざぶん。


 誰かがわたしに近付いてくる。

 必死になにかをわたしに向かって叫んでいる。

 なんでそんなに一生懸命なんだろう。

 わずかに残った聴覚が「しぬな」という単語を拾う。


 ざぱん!


 身体を川縁へと引き上げられた。

 大きな腕に抱き寄せられる、あたたかな感触。


「――《治癒代償の接吻》」


 意を決したように、彼はわたしの唇を奪った。

 長い長い口づけ。

 そしてわたしは瞼を開ける。


「クォーツ?」


 彼の名を、呼んだ。

 濡れた唇を人差し指でなぞって、わたしは頬を赤く染める。

 クォーツが大きく手を広げて、わたしに覆いかぶさった。


「ローズ、よかった」


 やわらかく抱きしめられる感触。

 じんわりと、あたたかい。

 胸の中になにかの感情が、広がって。


「このまま目を開けてくれないかと思った」

「クォーツ、そのスキルは……?」

「《治癒代償の接吻》」

「初めて聞くスキルです」

「この世界にやってきたときに手に入れたスキルだ。その効果は――」


 瞬間、クォーツの身体が崩れ落ちた。


「口づけた相手を治療して、その負荷を肩代わりする」


 川縁に大の字になって、クォーツは笑った。


「ごめん、ローズ。もう指一本動かせない」

「もう、ばかばかばか!」


 わたしはクォーツの胸に顔をうずめた。


「なんでそんな自分を犠牲にするようなスキルを」

「ローズに死んでほしくなかったから」

「ばか」


 もう1回言って、わたしは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「そんなスキル使って、クォーツが死んだらどうするんです」

「でも、ふたりとも生きてる」

「それは結果論です」


 わたしは立ち上がった。

 ずぶ濡れのドレスが、やけに重い。


「わたし、助けを呼んできます」

「待ってくれローズ」


 それから、クォーツはやけに申し訳なさそうな顔をして。


「すまない。その……同意も取らずに唇を奪って」

「あのですね。どうやら分かっていらっしゃらないようなので、お伝えします」


 ずい、とクォーツの顔を覗き込む。


「わたしは、初めてのキスは好きな殿方と。そう決めていました」

「だから。それをすまないと――……」

「察しの悪いお人ですね。あなただったら、口づけに同意を得る必要はないということです」

「それって」


 わたしは、クォーツと二度目の口づけをした。

 唇と唇を重ね、吐息を混ぜる。

 長い接吻のあと、わたしたちは見つめ合う。


「こういう意味です」


 クォーツは、呆けたような表情をしていた。


「わたしは、クォーツを愛しています」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 公爵家の馬車に護衛いないわけないやろ…
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