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20.幕間~とある異世界転移者の述懐~

 アメジスト。

 それがこの世界での私の名前。

 あの日まで、私は普通の女子高生だった。


 突如、響き渡る耳障りな音。

 周囲の人々が、一斉に自分のスマホを見つめる。

 緊急地震速報の不協和音を奏でながら震える無数のスマホの群れ。

 その不気味な光景が、日常が壊れる合図だった。


 身構えた瞬間、下から突き上げるような激震。

 そして、意識は暗転した。


「あ……ぐ、」


 意識が戻ったとき、私の下肢は瓦礫の下敷きになっていた。

 幸いなことに、痛みはなかった。

 麻痺しているだけなのかもしれなかったけれど。


 サイレンの音。間近に瞬く赤色灯。

 助けが来たのだ。

 救急隊員のお兄さんが、私に向かって手を伸ばす。


「足が……」


 蚊の鳴くような声しか出なかった。


「大丈夫。必ず、助けるから」


 力強く、けれど優しい救急隊員のお兄さんの声。

 ぽろぽろと涙が零れ落ちた。安堵の涙だ。

 足を挟まれ、身動きを取れずにいる自分を助けるために、必死に瓦礫をどかそうとする救急隊員のお兄さん。

 私にとって、彼は“勇者様”のようにも感じられ――……


「きゃあっ」


 地響き。

 余震だと気付いたときにはもう遅く。

 ゆっさゆっさと気持ち悪く地面が揺れ、親指の爪ほどの大きさの建物の破片が、頭上から落ちてくる。

 それは地面を跳ね、救急隊員のお兄さんの左目を直撃した。


「……ぐ」


 呻き声を上げながらも、お兄さんは瓦礫から手を離さない。

 血の涙を左目から流しながら、お兄さんは微笑んだ。

 瞬間。瓦礫が、わずかに持ち上がる。

 わたしの足と瓦礫の間に、微かに隙間が生まれる。


「今のうちに、早く!」


 お兄さんが叫ぶのと、頭上の建物の残骸が崩れるのは、ほぼ同時だった。

 重い衝撃。視界が赤く染まる。


 ――暗転。


 気付いたら、私はこの世界にいた。




  ◇◇◇




「ああ、アメジスト。今日はひどい思いをさせてしまったね」

「いいのです、殿下」


 モンド殿下が、私の髪にやさしく口づける。

 王太子の婚約者。異国の王女アメジスト。

 それが、今の私に与えられた役割。


「君はなんて優しい子なんだ」

「そんなことはありません」


 優しい子? とんでもない。

 この世界での私は間違いなく悪女だ。


 異世界転移後に手に入れたスキル、《恋天使の手》。

 手を握った相手を自分に惚れさせることが出来るこのスキルを使って、王太子を篭絡し、当時の婚約者と破局させた。

 異国の王女などという嘘も、骨抜きにされた今の王太子は簡単に信じ込んでしまう。

 かわいそうな人、と憐みの視線をモンド殿下に送っていることに、愛に狂った彼は気付かない。


「誰だ」


 こんこん、とノックの音。

 モンド殿下は決して私に向けることはない鋭い声を、扉へと向ける。


「ジャスパーにございます」

「宰相か。何の用だ」

「用があるのは殿下ではなく、アメジスト様です」

「気が利かぬ宰相だ。僕は今、婚約者と甘いひとときを過ごしている」


 不機嫌なモンド殿下の声音。

 私はそっと殿下の手を握った。


「殿下。いいのです。宰相とふたりきりにしてくださいませんか」

「しかし……」

「お願いです殿下」

「分かった」


 かわいそうな殿下は、《恋天使の手》に逆らえない。

 なにかあったらすぐ僕を呼ぶんだよ、と殿下が優しく囁いた。

 モンド殿下が去り、入れ替わりに宰相が部屋に入ってくる。


「ジャスパー様。何の御用ですか。想像はつきますが」

「分かってるだろう。なんだあの舞踏会の醜態は」


 不機嫌に宰相は鼻を鳴らした。


「……うまく振る舞えませんでした。すみません」

「どうしてくれるんだ。新しい婚約者のお披露目の場だったんだぞ」

「しかし……本物の公爵令嬢に、私など田舎娘が勝てるはずもないです」

「口ごたえか。良い度胸だ」

「そんなつもりは」

「勝ってもらわねば困るのだよ、アメジスト。なんのために高い金を払っておまえの足を治癒スキルで治してやったと思ってる」

「それは」


 私は口ごもった。

 今の私が“生きていられる”のは、この宰相のおかげだ。

 異世界で右も左も分からない私を拾って、怪我した足に治療を施してくれた。彼がいなければ、私はそこらへんで野垂れ死んでいただろう。


「ジャスパー様には感謝しております」

「ならば、王太子に相応しい女になれ。貴族どもからも、民衆からからも認められる女にだ。公爵家の小娘にだけは負けることは許さん」


 公爵派を追い落とすためなら、手段を選ばぬ宰相のやり口。

 私は、彼の手駒だ。


「分かりました」


 公爵家の令嬢には悪いことをしたと思っている。

 婚約者を奪い、彼女の地位を奪った。

 彼女に恨みこそないが――……


「公爵令嬢の新しい婚約者。彼について調べてくれませんか」

「なぜだ」

「きっと彼、私と“同じ”です」


 ほう、と宰相は顎に手を遣った。


「おまえと同じように、なんらかのスキルを持っている転移者の可能性がある、と」

「左様にございます」

「では、惜しいことをしたな」


 宰相の声が低くなった。


「どういう意味でございますか」

「その転生者も公爵令嬢も、今頃は天国へ行っているだろうさ」


 事もなげに嗤う宰相に、私の背筋は寒くなった。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

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