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19.その顔は

 何度も見た夢だ。

 《薔薇水晶の妖精眼》を通して見る、クォーツの生まれ故郷。

 異国の乗り物。異国の風景。耳障りなサイレンの音。


 崩れた建物。立ち昇る炎。瓦礫に挟まれた少女。

 クォーツが少女を助けようと手を伸ばし――轟音と共に視界が赤く反転する。

 そこで、いつも夢は終わるのだ。


 そして今。夢に見たままの少女が、そこにいた。


「あなたは。私を助けてくれようとした、救急隊員の……」


 クォーツの顔を見て、アメジストは呆けたように呟いた。

 王太子だけが、なにが起こっているのかを理解できないまま、戸惑いの表情を浮かべている。


「あなたも、この世界に飛ばされたのですか?」


 アメジストはわなわなと声を震わせて、一歩、二歩クォーツへと近づいた。

 そして、アメジストはクォーツの手を握る。

 すこしの躊躇のあとに、クォーツはその手を強く握り返した。


「ああ、そうだ。気付いたら俺もここにいた」


 アメジストの耳元で、そう囁くのが聞こえた。


「よかった……。私、ずっとひとりぼっちで……」


 涙声を漏らしながら、アメジストはクォーツに縋りついた。

 異郷の地で、同郷の者同士が再会したのだ。

 これは当然の反応だろう。

 だというのに、わたしの心に仄暗い感情が宿るのが確かに分かった。


 ――嫉妬だ。


 わたしはアメジストに嫉妬しているのだ。

 その感情に気付き、わたしは大いに戸惑った。

 身体を密着させるふたりに、声を掛けあぐねているうちに――


「僕のフィアンセに何てことをしてくれるんだ!」


 怒声と共に、王太子がクォーツを突き飛ばした。

 クォーツはよろめきながら、頭を掻く。


「失礼しました、王太子殿下。大切なご婚約者様に馴れ馴れしく触れるなど……」

「本当だよ。異国は礼儀というものがないのかい?」

「返す言葉もありません」


 服のしわを伸ばし、クォーツは一歩下がった。

 その様子を、困ったようにアメジストは見つめている。


「おかしいわ。……私のスキルが効かないなんて」


 アメジストの視線は、まっすぐにクォーツを捉えている。


「ええと、アメジスト。スキルって?」

「王太子殿下、なんでもありません」


 アメジストは問いに小さく首を振って、それから王太子の腕に手を回した。


「……行きましょう、殿下。私、周りの目が痛いです」


 公爵令嬢の婚約者にいきなり縋りついた、礼儀知らずの王太子の婚約者。

 そして、そんな自分の婚約者を諫めるでもなく、公爵令嬢の婚約者を突き飛ばした王太子。

 会場の貴族からふたりへの視線は、さらに刺々しいものになっていた。


「アメジストがそう言うのなら」


 ふんと王太子は鼻を鳴らして、わたしとクォーツを睨みつけた。


「暴力的な公爵令嬢に、礼儀のない異国の王族。お似合いのふたりだな」

「ありがとうございます。近く婚礼の予定があるので、王太子殿下もぜひいらしてください」

「異国の奴にはこの国の皮肉も通じないらしい!」


 クォーツと王太子のやりとりは、まるで大人と子供のようだった。

 周囲の貴族が、失笑を漏らすのが見えた。


「ふん、言葉の通じぬ奴と話しても埒が明かない! 失礼する!」


 捨て台詞めいた言葉を吐いて、王太子はアメジストを連れてわたしたちの前から去っていった。

 わたしはようやく緊張から解放されて、大きく溜息を吐く。


「ずいぶんな大立ち回りでしたね、クォーツ」

「俺の愛する婚約者を侮辱したのだから仕方ない」


 事もなげにクォーツは言ってのけた。

 それが“婚約者としての演技”から来る台詞であることは明らかなのに、どうしてわたしの胸の鼓動はこうも高まってしまうのだろうか。


「ありがとう、と言っておきます」


 口から突いて出たのは、そんな可愛げのない台詞だった。

 わたしは小さく首を振って、クォーツに向き直る。

 そして、そっとその耳元で囁いた。


「クォーツ、身体に異変は?」

「おや、心配してくれてるのかい。あの王太子に突き飛ばされたくらいで怪我はしないさ」

「そういう意味ではありません。王太子殿下の新しい婚約者――アメジスト様に縋りつかれたときに、なにか異変は感じませんでしたか?」


 ああ、と合点がいった様子でクォーツが頷いた。


「スキルが効かない、だっけか」

「そうです。その言葉が引っかかっています」

「それこそなんともないよ。ただ、彼女は――……」

「夢で何度も見ました。同郷の方なのですよね。説明せずとも分かります」

「便利な能力だな、ほんと」


 感心したように言うクォーツに、わたしは表情を硬くした。


「わたしの《薔薇水晶の妖精眼》は万能ではありません。しかし、使い方を誤れば恐ろしいスキルです。それは、他のスキルも同じこと」

「ローズは、アメジストのスキルを警戒しているのかい?」

「当然です」

「本当に彼女がスキルを持っているのかも怪しいもんだ」

「杞憂ならばそれでいいのです」

「理由は本当にそれだけ?」

「なにが言いたいのですか」

「俺の見当違いじゃなければ――……」


 にやり、とクォーツは笑う。


「すこし嫉妬してくれた?」

「もう、馬鹿」


 小声で悪態をついて、クォーツ軽く小突いた。

 公爵令嬢にはあるまじき言動だ。


「あ、へそを曲げてしまったかい」

「もう知りません」

「ちょっと待ってってば」


 それから舞踏会で3つ曲を踊り終わるまで、わたしは機嫌を直さなかった。

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