18.社交界に
舞踏会の会場の入り口。
衛兵のひとりが、わたしたちの前を塞いだ。
「ええと。その隣のお方は」
「この方は、わたしの新しい婚約者です。……ね、クォーツ様」
わたしとクォーツは呆ける衛兵を横目に、仲睦まじく微笑み合いながら赤い絨毯を進んでいく。
会場のざわめきが大きくなった。
つい先日、王太子から婚約破棄を言い渡された公爵令嬢が、新たな婚約者を引っさげて舞踏会に乗り込んできたのだ。
会場の視線は、わたしたち2人に集中していた。
腕を組むわたしの指の震えに気付いたのだろうか。
クォーツが歩みを止めて、わたしの顔を覗き込んだ。
「ローズ、胸を張ってごらん。この会場の主役は俺たちだ」
その言葉に、わたしは背筋を伸ばす。
そうしてようやく、ぐるりと会場を見渡した。
余裕がなくて、今まで気付かなかった。
会場の貴族からの視線は厳しいものではなく、興奮を孕んだ――熱狂であることに。
どこの国の人だろう。あの美丈夫は。
まさに美男美女の組み合わせだ。
これはモンド殿下の鼻っ柱、折られたな。
よかったわ。ローズ様、モンド殿下よりよっぽど良い人を見つけられたのね。
あら。素敵なふたりじゃない。今日来た甲斐があったわ。
ざわめきのひとつひとつに、耳をすませ、そうしてわたしは微かに頬を赤らめた。
「ええ、まさに運命的な出会いでした。ローズは理想的な淑女です。こんな愛らしい女性に出会ったことはありませんよ。一瞬で恋に落ちてしまいました」
命知らずにも興味本位で近づいてくる貴族を、歯が浮くようなわたしへの称賛でクォーツが撃退してゆく。
その姿は、まさに異国の王族といった堂々たる佇まいだ。
貴族は「お熱いことで」と微笑みながら一礼した。
「……クォーツ、恥ずかしいです」
「おや、ローズ。馴れ初めはふたりだけのものにしておきたかったのかい。可愛いお人だ」
「そういうことじゃなくって」
もじもじと頬を赤らめるわたしと、穏やかに微笑むクォーツ。
そんなわたしたちの“いかにも恋人らしい”仕草に、会場はますます熱狂した。
熱狂のざわめきがピークに達したそのとき、水を打ったようにしんと会場が静まり返る。
さざ波のように人波が別れていったその先に、本来この会場の主役であったはずの人物がいた。
「モンド殿下」
わたしに婚約破棄を叩きつけた、王太子その人だった。
一瞬、わたしはたじろいだ。
その様子に気付いたのか、クォーツがわたしを手で制して、一歩前へ進み出る。
「ローズから話は聞いていますよ、モンド殿下。お会いできて光栄です」
穏やかに微笑むクォーツに対して、王太子は苛々した様子でわたしたちに近づいてくる。
「僕も君のことは聞いてるよ。クォーツ、だっけ。ローズの新しい婚約者っていう。君をこの舞踏会に招待した覚えはないんだけれどね」
険を隠さぬ王太子の口調にも、クォーツは動じることなく微笑むだけだ。
「申し訳ありません。わたくしがローズに無理を言って、舞踏会へ連れていってほしいと頼んだのです」
「へえ、なんでまた」
「彼女を守ってあげたいと思ったからです」
王太子の態度にも物怖じしないクォーツの言葉に、会場が再びざわめいた。
「……それって、僕が主催する舞踏会が危ない場所ってこと?」
「いえいえ。滅相もありません。ローズのようなか弱い女性を、大勢の人間がいる場所にひとりで送り出すのがしのびなかっただけですよ。愛する人に対しては心配性になってしまうんです。お恥ずかしい」
「愛する人、ね。君はローズのどこに惚れたわけ?」
険のある口調で問うたあと、王太子はいやらしく口角を上げた。
「そんなくだらない女の、どこに惚れる要素があるのさ」
「モンド殿下、それは」
クォーツの声音に、静かな怒気が孕んだ。
「僕のお古の婚約者でよければ君にあげるけどさ。とんでもない暴力女だよ、そいつは。婚約破棄のときに、僕が何をされたと思う? せいぜい君も、彼女の本性を知らないうちは浮かれていることだね」
わなわなとクォーツが肩を震わせた。
いけない、と思った。
彼の手を掴もうとしたとき、ふたりの間に割って入る人物がいた。
「やめてください、モンド殿下」
か弱い声だった。
わたしと同い年くらいの少女が、王太子の手を握り、必死に訴えていた。
「どうか、そのお怒りを鎮めてください」
「ああ、ごめんよ。可愛いアメジスト。君が気に病む必要はないんだ」
急に芝居がかった口調になって、王太子は少女の頭を撫でた。
彼女が、王太子の“新しい婚約者”なのだろう。
少女の紫がかった艶やかな黒髪が、揺れた。
「こいつらが、僕の大切なフィアンセのお披露目の場を乱そうとしているのに、腹が立っちゃって」
「私のためにお怒りになる必要はないんです、殿下」
「君は本当にやさしい子だ、アメジスト。君がローズなんかよりも素晴らしい婚約者だって、どうして周りは理解してくれないんだろう!」
王太子は、自分たちに冷ややかな目を向ける会場の貴族たちを仰いだ。
自分へ向けられる視線の刺々しさに、アメジストは気付いているのだろう。
気まずそうな様子で、わたしの方へ振り向くと。
「ごめんなさい……」
ぺこぺこと頭を下げた。
顔を上げた彼女の菫がかった瞳は、確かに潤んでいる。
いいえ、それよりも――……
「あなたは」
王太子の“新しい婚約者”であるアメジスト。
彼女は見覚えのある顔だった。
わたしは息を飲み、そうしてクォーツと顔を見合わせた。




