表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

17.幕間~とあるシェフの述懐~

 おい。おまえ、今日からの新入りか。

 そう緊張すんなって。


 オレの名はカルセドニー。

 これでも王都では名の知れたシェフだったんだぜ。

 料理の評判を聞いた王家の人間に一本釣りされて、こうして宮廷料理人として働くようになったんだが、まあロクな職場じゃないぞここは。覚悟するんだな。


 なにせ宮廷料理人の朝は早い。

 特に今日は宮殿で舞踏会が催される日だ。

 大規模な晩餐の準備がありゃあ、オレたち下々の者は日も明けぬうちから駆けずり回るしかないのさ。

 おまえも朝からキツかっただろう。はは。


 とはいえ、今日はいつもと勝手が違うがな。

 オレたちの間に、なんとも言えねえ白けた雰囲気が漂ってるの、おまえにも分かるだろ。

 この舞踏会がモンド殿下――あの世間知らずの王太子のお坊ちゃまが見初めた、新しい婚約者の発表の場だからだよ。


 国民からすれば、モンド殿下の婚約者といえば昔から公爵家のローズ様だった。

 モンド殿下は元々、将来の王としての資質に問題があるのではないかともっぱらの噂だった人物だろう?

 政に興味がなく、音楽や絵画など芸術方面ばかりに食指を動かす。

 王家じゃなくて貴族の家に生まれていれば、ただの物好きな数寄人で済んだんだろうがな。


 ただあの麗しき公爵令嬢がお妃さまになるのなら上手く国が回るのではないかと、その一点で国民から期待されていたわけだ。

 ローズ様は珍しく国民から人気のある貴族サマだからな。なにせ王国の妖精と評される才女だ。


 それが、今回の婚約破棄で風向きが変わった。


 王太子殿下ときたら、公爵閣下が倒れて弱ったローズ様を一方的に捨てて、新しい婚約者にお熱ときた。

 確かにモンド殿下は才のない男だと宮仕えのオレたちの間でも評判のやつだったが、ここまでの冷血漢だとは誰も思っちゃいなかった。

 気性は悪くはなかったし、ローズ様とも仲良くやっていたからな。

 それが今はまるで人が変わったようになっちまって、執務を全部放り出して異国の王女様にデレデレ。

 もう見ていられねえよ。


 この国のお先は真っ暗だって、ここで働いてる誰もが思っている。

 オレみたいに大っぴらに口に出すやつは少ないがね。


 ……王太子殿下の新しい婚約者がどんな女かって?

 やっぱり気になるよなあ。


 どんな傾国の美女かって思うが、絶世の美女ってワケでもない“らしい”。

 “らしい”って伝聞系になっちまうのは、その姿を見たことある宮仕えの人間が異様に少ないからだ。

 もちろん、オレも見たことがない。


 ただ、あのローズ様を凌ぐような美貌は持ち合わせていないらしいってハナシだ。

 ちらりと見えた姿はごく普通の少女だったって侍女の証言もある。

 なんでも王太子殿下の命で、あまり人目に見せないよう宮殿の奥の間に住まわせてるみたいだ。

 それも、ちょっと可笑しな話だろう。新しい婚約者を隠してるみてえじゃねえか。

 とにかく、普通じゃない。


 どうも、きな臭い噂があってな。

 その異国の王女様とやらは、あの宰相閣下が連れてきた女らしい。

 そう聞いたらピンとくるだろう。


 結局のところ、宰相派と公爵派の政局争いってこった。

 あの狡賢い宰相閣下が連れてきた新しいフィアンセ様だ。ただの異国の王女様のワケがない。

 むしろ本当に王女様なのかも怪しい。


 ……異国の王家の家系図なんて、その気になりゃ簡単に作れちまうだろ。

 あの宰相閣下は、そういうお人だ。


 そう怖い顔すんなって。

 おまえさんもローズ様のファンだってクチ?

 図星かよ。まあ、ここで働いていればそのうち会えるさ。

 今日この場に来るかは、ともかく。


 でもよ。オレが思うにその異国の王女様――ええと、アメジスト様だっけか。

 彼女もキツい立場だと思うぜ。


 下々の者はおまえさんみたいに、みーんなローズ様の味方なんだ。


 王太子殿下の婚約者は、ローズ様こそがふさわしかった。この泥棒猫め。

 遠い異国の地で、そんな目を向けられ続けて暮らすなんて、オレにはとても耐えられないね。

 しかも、あの王太子殿下の機嫌を一生取り続けなきゃならねえ。


 王太子殿下に一方的に捨てられたローズ様の方がずっと可哀相だって?

 そりゃそうだろうな。


 まあ、オレが話してることは全部ただの噂話だよ。

 そんなにガチになるなって。

 ゴシップネタとして聞き流すのが一番良い。


 ……王宮は、そんな場所だ。新入り。


 おおっと。向こうが騒がしくなってきたな。

 来賓の貴族サマたちが到着し始めたみてえだ。


 もしかしたら、麗しのローズ嬢に会えるかもしれないぜ。

 この場はオレがやっとくから、ちょっと覗きに行ってこい。

 役得だ役得。


 ………………。


 本当に行っちまったか。

 今どきはあんな純粋なやつもこんな場所に来るんだな。

 ほんと、ロクなところじゃねえぞここは。


 金で雇われたやつが、貴族サマの皿にポトリと一滴毒を落としただけで、オレたち宮廷料理人全員の首が斬られちまう。

 そういう場所だって分かってるのかねえ。


 舞踏会の日は、怖いんだよ。

 ドロドロとした権力闘争の火種が、一気に火を噴いたりする。

 貴族サマなんて、隣のやつに消えてほしいと願う輩ばっかりだぜ。ほんと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ