16.舞踏会へ
冬の刺すような空気を切り裂きながら、わたしとクォーツを乗せた馬車が街道を進んでゆく。
王宮へ向かう馬車の中は、沈黙に包まれていた。
背中の大きく開いた薄紅色のドレスに身を包み、唇に淡いピンクのルージュを引いたわたしは、いつもより少しばかり大人びた佇まいだったはずだ。
王太子に捨てられた可哀相な少女というレッテルを跳ね返せるように、見た目から今日は気合いを入れていた。
「そんなに気合い入れなくても、ローズは可愛いのに」
ぽつり、と独り言のようにクォーツは漏らした。
ガタガタと馬車が揺れる。
苦笑交じりのそのひとことに、嬉しいやら、余計なお世話やら、色々な感情が湧いてきて、わたしの心もガタガタと揺れてしまう。
「……お世辞はいいです」
結局出てきたのは、そんな可愛くない返答。
「世辞じゃないよ」
「では、そういうことにしておきます」
再び馬車の中に沈黙が降った。
わたしは、クォーツに甘えているのだ。
今日の舞踏会が不安で不安で堪らないから、クォーツに当たっているのだ。
そんなわたしの心を知ってか知らずか、クォーツは沈黙に耐えかねたように唇をほどいた。
「……そういえば、さ」
「なんです」
「ローズって、未来が見えるって本当なのか」
脈絡のない質問に、わたしは眉根を寄せた。
「誰にそんなことを聞いたのです?」
「屋敷の使用人の人たちが。公爵家はそういう家系だって」
わたしは、じっとクォーツの隻眼を見つめた。
その瞳は純粋な好奇心だけがあって、何の邪念も感じられない。
その家に代々伝わるスキルは、門外不出のものだ。
みだりに公言してよいものではない。
それでも、彼には話してもいいのではないか。
「……たまに。そういったスキルを持った人間が公爵家に生まれるのです」
「公爵家の血筋に代々伝わる能力ってことかい」
「ええ。公爵家以外も、多くの貴族の家にはその家固有のスキルがあります」
わたしは、そっと目を伏せた。
この《薔薇水晶の妖精眼》のスキルを、疎ましく思ったことも少なくはない。
「なるほど。固有のスキルを持つ家柄が、この国での貴族の条件ってわけか」
「話が早くて助かります。そういった異能は、いつの時代も人々の畏怖を集めるものですから」
「じゃあ、ローズはそのスキルで未来のことが分かるんだ?」
クォーツは興味津々といった様子だ。
わたしは盛大に肩をすくめた。
「たまに、予知夢を見るくらいです。自分で見る夢は選べません」
すべての未来を見通すことができていたとしたら、突然の婚約破棄でこんなに人生がめちゃくちゃになっているはずがない。
「普通の人も正夢を見ることがあるでしょう。その程度の能力です」
「なんだ。万能のスキルじゃないんだな」
「当たり前です」
でも、と。わたしは先を続けた。
「この瞳で見通せるのは未来だけではなく、過去もです。以前、言ったでしょう。クォーツがかつていた『世界』のことを夢に見たって」
「ああ。俺が瓦礫に潰される夢、だっけ」
「そうです。わたしが見たあの夢は、紛れもないあなたの過去だったはずです」
わたしの言葉に、クォーツは複雑な表情を浮かべていた。
「便利な能力なんだか、そうでないんだか」
「万能ではありませんが希少なスキルです」
それから、わたしはクォーツに気付かれぬよう小さな溜息を吐いた。
「わたしと王太子殿下の婚約も、そういった経緯で決められたものでした。公爵家のスキルは、女性に多く発現するものですから」
「王家は、公爵家のスキルを手に入れたかったのか」
「そういうことでしょう。その目論見は、王太子殿下が新たなフィアンセを見つけたことで、ご破算になってしまった訳ですが」
車窓から吹き込む冷たい隙間風に、わたしは目を細めた。
馬車は王都の中心をひた走っている。
舞踏会の会場である王宮はすぐそこだ。
「……もうすぐ舞踏会の会場に到着します。クォーツ、心の準備はいいですか」
「もちろん」
「その自信満々な答えが却って怖いのですが」
「俺が心配そうな顔してたら、ローズがもっと緊張するだろう」
「それは、まあ。そうかも……」
わたしは、微妙な表情を浮かべた。
やがて馬車は王宮の大きな門を潜り、宮殿内へと進んでゆく。
大きな馬のいななきと共に馬車が停まれば、わたしは貴族らしい上品な笑みを浮かべてクォーツに手を差し出した。
「さあ。戦場へと参りましょう」
口から出てくるのは貴族らしからぬ野蛮な言葉。
「望むところだ」
クォーツは不敵に笑って、わたしの手を取った。
ふたりして馬車から降りれば、周囲の人々が微かにざわめいた。
婚約破棄されたばかりの公爵家の一人娘。
この舞踏会の場で注目の的にならぬはずがない。
それが見知らぬ男を連れて会場に現れたのだ。
――あの男は誰だ。
人々の好奇の視線は、わたしを通り越してクォーツへと向けられる。
それでもクォーツは涼しい顔をして、赤い絨毯の上を進んでゆく。
動じない彼の様子に、大したものだ、と思った。
文字通りの盾となって、わたしを貴族たちの視線から守るその姿に、心臓の鼓動が早くなる。
認めよう。やっぱりわたしは、この人のことが好きなんだ。




