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14.筋を通す

 窓辺に絡まった冬薔薇の蕾が、涼やかな月夜に照らされ開花を待っている。

 荒涼とした音を響かせる冬風が時折、叩きつけるように窓をガタガタと揺らす。

 薪ストーブの中で踊る赤々とした炎だけが、寒色ばかりの世界に彩りを添えていた。


 ――本格的な冬が、到来していた。


 クォーツと出会ったときは、まだ冬の足音が聞こえ始めたばかりの季節だった。

 いつの間にか、こんなにも季節が巡っていたことに、驚きを覚える。


「クォーツ、さすがに今日は疲れました」

「1日中ドレスを見繕っていたんだから当然だろう」


 わたしの目の前に、湯気を立てるティーカップを置きながら、クォーツは苦笑を浮かべた。


「仕立屋の店員さん、さすがに迷惑そうな顔をしてたな。最後の方は、口元が引きつってた」

「誰のせいですか」

「ローズに見合うだけのドレスを提案できないのが悪い」


 あたたかな紅茶を啜る。

 冷えていた身体が、芯からあたたまるのが分かった。


「……おいしい」


 小さく呟いて顔を上げると、クォーツが何やら難しい顔をしていた。


「どうしました?」

「それはこっちの台詞。ローズ、眉間に皴ができてる」

「えっ」


 慌てて眉間に手を伸ばせば、クォーツは頬を緩ませ笑った。


「うそうそ、冗談。……でも、暗い顔をしてたのは本当」


 しばしの沈黙の後、わたしはティーカップをテーブルに置いた。


「クォーツに隠し事はできませんね」

「何か嫌なことでも?」

「嫌……なのでしょうか。分かりません」


 わたしは曖昧に微笑んで、クォーツの隻眼を見つめた。


「わたしは、王太子殿下の婚約者でした。筋を通さねばなりません」

「話が見えてこないな。どういうことだい」

「明日の夜、王太子殿下主催で舞踏会が行われます」


 一旦言葉を切って、再び紅茶を啜った。

 ティーカップを持つ手が、微かに震えていることを悟られまいと、先を続ける。


「おそらく、王太子殿下の新しい婚約者のお披露目の場でしょう」


 可愛いとか、天使とか、王太子があれだけ連呼していた新フィアンセだ。

 早く貴族たちにお披露目したいに違いない。


「……わたしも、その舞踏会に招待されています」


 クォーツの隻眼が、大きく見開かれた。


「王太子に捨てられた元婚約者。周囲は憐みの視線を私に送るでしょうね」

「ローズ、行く必要はない」

「そういう訳には参りません。公爵家の令嬢として、わたしは出席の義務があります。それに」


 クォーツをじっと見つめた。


「わたしも新しい婚約者ができたことを、報告しなければなりません」


 元婚約者として、最低限の筋は通す。

 例えもう2度と会いたくない相手でも、だ。


「俺も行く」

「……招待されているのは、わたしだけです」

「ひとり増えるくらいかまわないだろう」


 クォーツの声音は、頑として譲らないかたくなさを孕んでいた。


「俺は、ローズの婚約者だ。あなたを惨めな笑い者にする場に、あなたひとりを行かせるわけにはいかない」


 それにだ、と彼は先を続けた。


「どうせなら、“あっち”を笑い者にしてやろう」

「どういう意味です?」


 大きく瞬きをするわたしに、クォーツは悪戯に笑ってみせた。


「アンタが婚約破棄してくれたおかげで、新しい婚約者に巡り合えました。今こんなに幸せです。ご愁傷様。って、王太子サマを逆に笑ってやるんだよ」


 楽しそうに、クォーツは笑っていた。


「王太子サマの新婚約者とやらに会ったことはないが、ローズより綺麗で可愛くて素晴らしい女性とやらがそうそういるはずもない」


 なんだか、すごく褒められている気がする。

 気恥ずかしくって、わたしは顔を赤くしてモジモジ俯いた。


「まず間違いなく、舞踏会で恥をかくのは向こう側だ。王太子サマの新婚約者披露の場を、ローズの新婚約者披露の場に変えてやるんだよ」

「まあ。大した自信ですこと」


 くすり、とわたしは耐え切れずに笑いを漏らした。

 呆れ半分……そして感謝の気持ちも半分。


 逃げられぬと観念し、半ば憂鬱に思っていた明日の舞踏会も、クォーツと一緒なら楽しめる気がした。


「大丈夫ですか、クォーツ。明日は貴族ばかりの場です。お父様ひとりを騙すのとは訳が違います」

「奴隷身分のボロが出ないか、正直不安がないとは言えば噓になるが」


 そこでクォーツは言葉を区切って、にっと不敵な笑みを浮かべた。


「……ま。ローズがフォローしてくれれば、何とかなるだろ」

「もう! 結局はわたし頼みですか」


 わたしは今度こそ、心底呆れたような声を出した。

 それから、ふっと相好を崩してやわらかく微笑んで。


「もう、仕方のない人ですね。分かりました。出来る限りのフォローはいたします」

「ありがたい」


 それから、舞踏会の流れや当日気を付けることなど、いくつかの注意点をクォーツに話した。

 フォローすると決めたからには、ボロを出してもらっては困る。


「舞踏会の支度には時間がかかります。くれぐれも明日は寝坊しないように」

「承知した」

「では、朝が早いので今夜はこれでお暇します」


 ティーカップを置いて、わたしは立ち上がった。

 クォーツの部屋を後にして、ひとりきり。

 自分の部屋へ向かって歩き出して数歩。

 ようやく私はそこに思い至った。


「クォーツを舞踏会に連れて行ってしまっては、ますますクォーツとの結婚が後戻りできない状況になるのでは……?」


 当たり前の状況にはたと気付いて、すっかり赤くなった両頬に手を添えた。


「……どうしましょう」


 どうしようもこうしようもない状況に、呻くより他なかった。

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