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12.夢に惑い

 クォーツの言うとおりに、治療を開始してからというもの。

 徐々に父は回復の兆しを見せ、元気を取り戻しつつあった。


 あれだけあった父の食べ物の好き嫌いは、無理矢理に克服してもらう運びとなり、父の病気を治すといって出入りしていた怪しげな業者や魔術師たちも屋敷から一掃される流れとなった。


 クォーツが来てから、わたしの周囲のすべてが、うまく回り始めていた。

 ――わたし自身の気持ちを除いては。




  ◇◇◇




 あれからも、わたしは夢を見た。


 川のせせらぎ。

 やさしい接吻を交わし、わたしとクォーツは見つめあう。

 毎日、毎日繰り返し見るキスの夢。


 クォーツと普通に接しようとするたびに、この夢のことが頭によぎってしまう。

 心臓がどきどきして、可愛くないことを言って、クォーツを困らせてしまう。


 どうすればいいのか分からない。

 婚約者であったモンド殿下には、かつてこんな醜態を見せたことはなかった。

 王太子殿下の前では、わたしは愛らしい淑女でいられたというのに。


 王太子殿下とクォーツで、何が違うのか。

 自分の気持ちがよく分からなかった。


 クォーツとの関係は、父が亡くなるまでの期限付き、という約束だ。

 けれど、その父が元気を取り戻しつつある今、わたしたちはいつまで偽の恋人関係でいるのだろうか。

 いつまでわたしは、クォーツを縛り付けていいのだろうか。


 考えても、考えても、結論は出ず。

 わたしは結論を先送りにし続けていた。




  ◇◇◇




「今夜もクォーツの淹れてくださるお茶は美味しいです」


 ティーカップを傾けながら、わたしは微笑みを浮かべた。

 いつものようにクォーツの部屋を訪ねて、気ままなティータイムを体裁上は楽しんでいる。

 相変わらず夢の中のキスシーンを思い浮かべて心臓はバクバクしていたし、クォーツの目をまともに見ることもできずに、目線はティーカップに落としたまま。

 そんな自分が、心底情けない。


「そうか。それは良かった。ローズの父上のご様子は?」


 そんなわたしのおかしな様子にクォーツはとっくに気付いているというのに、気付かぬ振りをしてわたしに接してくれている。

 クォーツがいったい何を考えているのか。わたしをどう思っているのか。

 役に立たない薔薇水晶の瞳では、まったく見通すことができない。


「お父様、ずいぶんお元気になられて。今日は数ヶ月ぶりに自力で歩かれたのですよ。素晴らしい回復ぶりです」

「それはよかった」

「すべて、クォーツのお陰ですよ」

「俺は何もしていないさ」


 ひょい、とクォーツは肩をすくめて謙遜してみせた。


「……いいえ。間違いなくクォーツはわたしの勇者様です」


 言ってしまってから、いったいわたしは何を言っているのだろう、と我に返って顔を赤くする。

 我ながらとても恥ずかしい台詞を吐いてしまった気がする。

 とんだ勘違い女だと、クォーツはわたしを軽蔑してはいないだろうか。


 恐る恐るわたしがティーカップから顔を上げると、クォーツは少し驚いたようにわたしを見つめていた。

 数瞬の沈黙。そして。


「お褒めに預かり光栄ですよ。お姫様」


 ふっとやわらかに相好を崩す彼を見て、わたしは耐え切れずに視線を逸らした。

 話を切り替えるために、コホンと咳ばらいをする。


「そういえば。父上がクォーツに会いたいそうです。何でも、お話したいことがあるとか」

「なんだろう」

「お礼を言いたいのではないでしょうか……?」


 父の真意は、わたしには分からない。

 ただ、伝えるべきことを伝えなくては。


「明日、お父様の部屋を共に訪ねましょう。それでは、今夜はそろそろお暇いたします」


 ティーカップを置いて、わたしは立ち上がる。


「もう部屋に戻るのかい」

「ええ、わたしがいてはクォーツも眠れないでしょうし」

「気にする必要はないよ」

「いいえ、わたしが気にします」


 有無を言わさず、クォーツの部屋を後にしようとする。

 本当に、可愛くない態度。自分で自分が嫌になる。


「クォーツ、また明日」

「ああ、ローズ。また明日」


 前までならば、無理矢理にでもわたしを引き留めて「夫婦の振りをするのにそんな素っ気ない態度でいいのか」なんて因縁をつけてきていたクォーツは、最近やけに物分かりがいい。

 まるで何かに、遠慮をしているように。


 いつまで「また明日」を彼に伝えることを許されるのだろうか。

 鳥籠を開け放つ日を先延ばしにしながら、わたしはゆっくりと扉を閉めた。  




  ◇◇◇




「おお、ローズ。そしてクォーツ殿。よく来てくれた」 


 快活に笑う父の顔色は、ずいぶんと良くなっている。

 以前の溌剌さを彷彿させるその様子に、安堵を覚えずにはいられなかった。

 寝台から上体を起こす仕草も健康そのもので、わたしは父の回復の速さに思わず目をみはってしまう。


「お父様。今日はどうなさいましたか。お話がある、とのことでしたが」

「単刀直入に言おう。おまえたちの結婚式はいつなんだ」

「「えっ」」


 わたしとクォーツは顔を見合わせる。

 ついに来たか、と思わずにはいられない。

 結論はいつまでも先延ばしにはできないものだ。

 そんなことはとうに、分かっていたというのに。


「クォーツ殿は私の命の恩人。そして、我が娘ローズの想い人だ。式は早ければ早いほど良い」

「早いほど、とは……」

「明日にでも」

「お父様!」


 わたしは、思わず父に詰め寄った。


「それは冗談にしても、だ。当家はクォーツ殿に大きな借りがある。婿入りしてくれるというのなら、公爵家の総力をもって、素晴らしい式を挙げなければなるまい」


 父の頭の中では、すでに壮大な結婚式の青写真が出来上がっているらしい。


「……お父様。婚約は解消しているといえども、王家への報告等、筋は通さねばならないでしょう」

「あの青二才から婚約破棄をしておいて、か」

「それでも、です」


 父は相当に王太子殿下に腹を据えかねているらしい。

 自分が病に倒れた途端に、宰相派の傀儡に成り下がり婚約破棄を申し出た王太子に、思うところがあるだろうことは想像に難くない。

 式を急ぐのは、政局を見据えてのことなのではないか、という予測もついた。


「お父様がお望みになるのなら、わたしたちの式の準備を進めましょう」


 わたしは躊躇いながら、そう口にした。

 クォーツに拒否権がないことを、理解しながら。

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