ママのミルクでも吸ってな、と言われたから実際に吸ってきた
「ふっ、言われたとおり、吸ってきたぞ。それで、お前はこの程度のこともできないのか」
高校生にもなって、ママのミルクを吸えるやつは逆にすごいと思わないか。反抗期とか素朴にやってるやつより、オリジナティがあるぜ。
「ハッ、俺だったら、さらにママー、絵本読んでーと言って、寝かしつけてもらうこともできるぞ」
ふはは、お前にはできまい。甘えるとは、凄まじい胆力がなせる技なのだ。
甘えーー、お前はそれを知らないのだろう。
甘える勇気っ!!
「まさか本当に。ちょっと、聴いてくるね」
あれ、後ろにいた幼馴染の方が駆け出していった。
この男同士の争いに、恐れをなしたか。
「お前、社会的に死ぬぞ、きっと」
おいおい、なんで敵に心配されてるんだよ。
安い挑発を買ってあげたんだぞ、こっちは。哺乳瓶でミルク飲ませたろうかっ。バブみ沼に沈めたろうか。
「いろいろバカバカしくなった。俺、帰るわ」
「逃げるのか」
「逃げるわ。じゃーな」
そのとき、俺は背後から近づいてくる幼馴染の気配に気づかなかった。ダッシュで聴きに行ったと思ったら、まさかのスマホだと。なんというトリックだ。
「はっ、ここは……」
「幼稚園からやり直そうか」
幼馴染が、到底幼稚園では見せられない顔をしていた。
知ってる天井だ。俺の部屋だった。天井で分かる俺スゲェ。
「ま、待て。落ち着こう。思春期男子は、そんな小さな布団には入らない。売り言葉に買い言葉だったんだ。いいじゃないか。ちょうど妹も産まれたから、味を知りたくなっても」
せっかく生まれて初めて食べたものなのに、味を知らないとかもったいない。好奇心ですよ、人類の。自分の汗とかも舐めてみるでしょ。ついでに、いろいろゴックンするじゃん、自分の体液。これ以上は言えない。幼稚園卒園してるから。
いずれ母乳検定士の資格をとって、母乳ソムリエの頂点に立つという幼稚園のときの大いなる夢がある。
「再教育が必要かも。なんでも口に入れちゃダメなんだよ」
幼馴染がガラガラを鳴らす。ラトルのことだよ。福引のガラガラ回すやつじゃないよ。つまり、新井式回転抽選器ではない。
「俺、いつか、君の母乳が飲みたいってプロポーズするつもりなんだけど」
「プロポーズされる子が可哀想。通報されても知らないよ」
あれ、目の前の人に脈がないことが分かったぞ。
「だいたい、なんでケンカしてたの?」
「いや、ただ牛乳論争があってな」
「あっ、ごめん。もうそれ以上話さなくていいや。長くなっても困るし。くだらないことだって分かったから」
全く、これだから女は。男のこだわりを知らないんだから。
あっ、やめて。ラトルで叩かないで。
虐待。暴力反対、育児放棄!!バブー。
「幼児退行しないでよ。妹が産まれたのに」
「いやいや、あえて、初心忘るるべからずと、赤ちゃんと遊ぶにはこっちもそこまで精神年齢を落とさないと」
初心ーー、それは畢竟、幼児に戻ることの推奨。子供の頃の純粋な気持ちに戻るのだ。ひねくれることもなく好きなものには好きという。
「ママー、おっぱい」
「わたしはあなたのママじゃないし、出ないし」
「大丈夫。俺のテクで乳腺を刺激するから」
「気持ち悪い赤ちゃんだなー。窓から放り投げたい」
「産後鬱の経験ができていいな」
「どれだけポジティブに解釈してるの」
あっ、やめて。おしゃぶりを耳に入れようとしないで。
「ネグレクトしよっかな」
「ちょっと待て。ちゃんと甘える甘えるから。お世話したくなるように」
俺は幼馴染の指をパクッと咥えた。
「で、なにこれ?」
「親愛の証。騎士の忠誠」
「さーて、牛乳をとびきり燗にしてくるね」
あっ、やめて。人肌でお願い。
幼馴染が出ていった。
ソッコーで立ち上がった。
俺は歩ける。なぜなら、二歳児を超えているから。
赤ん坊から目を離すとは、まだまだだな。俺はハイハイよりも早く歩けるし、抜き足さし足まで完備している。
「おままごとは終了したの」
「これはこれはお母様。本日はおひらがなもよく発音できて」
「ちょっと買い物行ってくるから。その間、妹のこと見ててね」
「了解」
さて、甘やかす側に戻りますかね。
まぁ、行っても、おねんねしてるけど。
「可愛いね」
「あなたよりね」
「俺も、このぐらいの時は可愛かった」
「赤ちゃん時代の時を自慢されても」
「オスとして生きて、傷を負いすぎたな。汚れちまった悲しみが」
「いやいやいやいや、自業自得でしょ」
「そういえば、俺、妹とママのおっぱいで間接キスしてるのか」
スヤスヤと天使の寝顔をしている妹を見た。
「発想がそろそろ病気なんじゃない」
辛辣だった。事実を述べただけなのに。
「いや、俺、右胸派だった。妹が左胸派だったら、もしかして」
「交互に飲ませるでしょ。記憶を捏造しない」
交互なのか。まぁ、そうか。内部で繋がってないのか。どういう構造になってるのか。今度、保健の教科書を熟読しよう。
「今度、右か左か当てるクイズをしようと思ってる」
「牛乳で我慢しなさい」
「せめて粉ミルクで。いやヒトミルクオリゴ糖の問題がーー」
「あー、妹も、こんなお兄ちゃん持って大変だねー」
無視して、ツンツンと妹のふっくらした腕をつつく。
「大丈夫。物心つく頃には、ひとり立ちしてるから」
「悪影響しかないと自覚してた」
「シスコンになって甘やかそう。お兄ちゃん大好きーと言わせよう。そういう将来設計を立ててはいるが」
「これがチャイルドグルーミング」
「実の妹と仲良くなる未来を想像すると犯罪者扱いされる件について。でも、こうしていると、俺がパパでーー」
「わたしがおばあちゃんみたいな感じね」
おっふ、マウントされた。女性が年齢をあげてでも、精神年齢を上げてきた。ママーって甘えるぞ。甘えてやろうか。あっ、もうやったか。
「あっ、目開けた。うるさかったね。ごめんね」
「よし、幼馴染よ。今がチャンスだ。授乳の練習をーー」
頭の上にゲンコツがとんできました。
「仕方ないな。俺が手本を見せてやるか」
おもむろに、しなだれるように、シャツを脱ぐ。
妹、おぎゃった。
「あー、泣いちゃった。ほらー、怖くないよ。変態は怖いけど危険じゃないよ。ボケてばっかで困っちゃうねー。よしよし」
「さて、俺は邪魔しないように」
「役立たずで困ったお兄ちゃんだねー」
やめろ。俺の悪印象を幼少期にインプットしようとするな。
俺はやればできる男だ。妹を泣き止ますなんて三度の飯より簡単だ。
「見ろ、妹よ。お兄ちゃん、なにも着てないよ。武器なんて持ってないよ」
全裸こそ説得のポーズ。一応、隠している場所はあるけど。
「見ちゃダメ。目が腐るよ」
ひどい言い草だ。
「見ろ、泣き止んだ。俺の裸体に興味津々だな。ガン見じゃないか」
「恐怖で声も出ないんじゃない」
「うちの妹は俺の裸で泣き止むのだ。見よ、この無駄に鍛え上げられた腹筋の自由運動を」
「キモい」
妹はキャッキャと喜んでるのに。
筋肉好きの妹になりそうだな。
数年後。
「ねぇ、なんでわたしは、あなたの妹にミルク与えているの」
「幼児退行だろう。お兄ちゃんのここ空いてるぞ」
見よ、この胸筋。そこらのAカップには負けないぞ。
「やだ。かたいし。ーーーーうん、こういう味だったか。お兄ちゃんに奪われた母乳分を回収できました」
「くっ、あのときママのミルクを吸ったばかりに」
「大丈夫かな、この兄妹」