雨の中の希望
畑仕事が終わり、家に帰ると時任さんが家にいた。
みんなは嬉しそうに時任さんの側に行き話しかける。
今日はどの野菜が収穫出来たとか、空翔が蓮樹に遊んでもらってたとか、どーでもいい話ばかりだ。
俺には関係ない。
とにかくこの泥だらけの体が嫌だった。
汗でベトベトで土や埃まみれになり、手足は真っ黒。
向こうだったらこんなに泥だらけになる事なんてなかったんだ。
汚くならなくたって、汗かかずとも美味しいご飯が食べれるんだ。
風呂場に向かい汚れた服を脱ぎ、風呂に入る。
昭和な雰囲気だが、薪で沸かす訳ではない。
最小限の電気は使えるようになっている。
ハンドルを回しガスを点け、水を温める仕組み。
音声ひとつで勝手にお湯を張り、入れますよと知らせる向こうとは違い、自分で温度調整も水も止めなければならない。
それを知らない俺は、少し前に水を止めるのを忘れて溢れさせた。
とにかく面倒くさいのだ。
風呂入るのにも一苦労って、どれだけ不便なんだ?
風呂から上がり、居間に行くとみんながご飯を作っていた。
ばあちゃんと望月さんが主に調理し、奏さんと空翔、蓮樹が食器を並べていた。
「あ、お風呂上がった?
じゃあ、空翔くんと蓮樹入って来て。上がった頃にはご飯出来てるから。」
「はーい!
蓮樹、風呂行こうぜ!」
元気よく返事した空翔は蓮樹と一緒に風呂場に向かった。
本当に子供じゃないのか?
そう思いながら見ていると
「どうだ?ここの生活に慣れたか?」
とおっさんが話かけてきた。
まだ居たのか。
俺を銃で撃ってからまともな会話をしてなかった。
周りからは時任さんはすごい良い人という話は聞いていたが、俺的には良い印象はない。
「そうですね。」
だから、あまり話したくない。
こんな素っ気ない態度にもなる。
「そうだよな。急にこんな所連れて来られて、楽しい訳ないか。」
隣に座り出した。
あまりこの家にも帰って来ずに何をしているかもわからない。
そんな人と話したって楽しいはずもない。
一緒にいたって話す事なんかないんだ。
ただ黙っているとおっさんが話始めた。
「あっちと違い過ぎて嫌になったか?」
そんな当たり前の事聞かれて返事のしようがない。
「そんな顔するなよ。ここに来てよかったって思うようになるさ。」
何言ってんだ?
こんな不便なとこのどこがいいんだ?
俺からナノチップを奪っておいて、何様のつもりだよ。
そんな怒りばかりが込み上げてきた。
「俺疲れてるんで、もう寝ます。」
相手をするのもバカバカしくなり、隣の部屋に逃げた。
そういっても襖一枚隔てられただけ。
会話なんか丸聞こえだ。
「晴希くん、ご飯は?一緒にたべない?」
奏さんが声をかけてくれたが俺は寝たふりをした。
こんな俺なんかに気を使ってくれる。
隣では風呂から上がってきた空翔と蓮樹も一緒にご飯を食べてるようで騒がしい。
久しぶりにおっさんが一緒という事で、みんなが嬉しそうに話ながら食事していた。
みんなはとても良い人なのはわかる。
優しく気を使ってくれ、仲間にしようとしてくれてる。
でも、俺はこんな所は嫌なんだ。
毎日泥だらけになり、疲れ果て、重い農作物を運ぶ。
もううんざりなんだ。
「時任さんは明日も一緒にご飯食べれるの?」
「明日からまたしばらく帰れそうにないんだ。」
「えー。やだよ。明日も一緒に食べようよ!」
そんな蓮樹の駄々をこねるやり取りが耳に入る。
そうだよ。あのおっさんなんか顔も見たくない。しばらく帰って来なくていいよ。
「時任さん。大丈夫なの?向こうでゆっくり休む場所はあるの?」
奏さんの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫だよ。ナノチップが使えないってだけで問題はないよ。
みんなだって生活してたんだからわかるだろ?」
「でも、休んでないみたいだし。」
その会話を聞いて驚いた。
おっさんは向こうに行ってるのか?
ナノチップの世界にいつも行ってるのか?
いつも帰ってこないと思ったら、俺達には労働させておいて自分は悠々とデジタル社会で楽してるんじゃないか?
おっさんだけ楽してるのにみんな何笑ってるんだ?
そもそも向こう行って遊んでるだけじゃないのか?
ん?待てよ?
おっさんについて行ったら向こうに行けるって事なんだよな。
帰れるんじゃないか!!!