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雨雲を散らし照らす太陽

スミさんの過去。

どちらかと言うと、回想。


彼女が生きている。



その事実に驚き、心底嬉しかった。



ただ彼女は、コンクールで楽しく弾いていた時とは違い衰弱しきっていた。



「あの、彼女はどうしてここにいるんですか?」

彼女は亡くなったはず。

なのになぜ?



トキさんから

「奏は事故でナノチップが壊れたんだ。

その事故で両親も亡くし、後遺症も残っている。

だから、部屋で過ごすことが多いんだ。


話す機会があったら、話し相手になってやってくれ。

歳も近いからはなしやすいだろう。」

と聞かされた。



のちにばあちゃんから、奏さんは指の神経を損傷しピアノが弾けない事がショックで立ち直れていないと聞いた。



あれだけ楽しそうにピアノを弾くのを知っていたら、どれだけピアノが好きだったかわかる。

何より、その奏さんが弾くピアノだったからこそ、助けられてきたんだ。



今度は俺が奏さんを助けたい!



いつも雨から救ってくれた奏さんを、今度は俺が救うんだ!




そう思い、ひとまずここで出来る事を教えてもらった。


トキさんからは、畑仕事を1から教えてもらい、ばあちゃんからは料理や家事を教えてもらった。

蓮樹はこの辺りを案内してくれ、一緒に遊んだ。

向こうにいた時は、いつも雨音でかき消され、上手く聴き取れなかった人との会話、小さな物音。

それが全てクリアに聞こえる。


あぁ、こんな風に聞こえるんだ。


知らなかった世界が広がっていった。



その時に奏さんのピアノを思い出す。



雨音を止めるほどの奏さんの演奏。


なんて楽しそうに弾くんだろう。


あの笑顔がもう一度みたい。



どうしたら奏さんが笑うだろう。


そんなことを毎日考えていた。



だが、奏さんは部屋に籠もったきり、あまり出て来ない。



笑顔を見るどころか、顔も見れていない。



こんなに近くにいるのに。



ある夜中、台所からガタっと物音が聞こえた。



なんだろう?

と思い、見に行くと奏さんがいた。



震えながら、水を飲んでいた。



真っ青な顔でなんとか立っているという感じだった。



足の軋む音で奏さんは俺の存在に気付いた。


驚かせたようで、

「起こしてごめんなさい、大丈夫だから」

そう言ってきたが、どう見ても大丈夫には見えなかった。



少しでも奏さんが落ち着くなら

「ホットミルク飲まない?」

と鍋を手に取った。



「いえ、水で大丈夫なので」

と断られた。



でも、こんなに真っ青な顔をして震えているのにひとりにはしておけなかった。

いや、ひとりにさせたくなかった。



きっとこんな姿はあまり見られたくないだろうが、ひとりで抱えこむ姿は見ていられなかった。

少しでも奏さんの心を軽く出来たら、その一心だった。



近くに畳んであった洗濯済のバスタオルで奏さんを包み、近く座らせた。



何か気を紛らわせるようにと

「じゃあ、俺が眠れないから、ちょっと話し相手になってくれない?」

言った。



ただ奏さんが近くにいてくれるだけで嬉しかった。



亡くなったと思った奏さんが、生きてこうして隣にいてくれるだけで十分だった。



大した話も出来ないけど、俺の声があなたに届いている。



ここに来なければ出来なかった。



雨音と頭痛で苦しんでいた人生。

あなたが亡くなってから、もうどうでもいいと思っていた人生。


あなたが2度も未来を照らしてくれたんだ。





俺の話の途中でスヤスヤと寝息を立てながら眠る奏さん。



少しでも心を許してくれたのかと思い安心した。



次の日、奏さんを起こさないようにトキさんと畑仕事に出た。



すると、蓮樹が奏さんを連れてお弁当を持って来てくれた。



部屋から滅多に出ない奏さんが、陽の光を浴びている。



俺も奏さんに未来を照らす事が出来るのだろうか?


少しでも部屋に籠もらないように、何かしなければ。



奏さんに

「今日は、この人参を使ってカレーを作るみたいなので、一緒に作りませんか?」

と言った。



奏さんは、

「私は、料理は…」



と断ろうとしてきたが、遮るように



「蓮樹も一緒だから大丈夫。

みんなで一緒作ると楽しいと思うんだ。」

と言った。



そしてタイミング良く


「おーい、スミ!

これ運ぶの手伝ってくれー!」

とトキさんに呼ばれた。



「はーい!

今、行きます!


じゃあ、またあとで!」



これで、帰っても顔を見れる。

そう思いながら作業をした。




そしてばあちゃん家に帰り、蓮樹と3人で作業する。



細かい作業は出来ないのは知っているから、奏さんが気負いしないように、簡単な作業をする。



野菜を洗う奏さんの手を見ながら、この手であの音が生まれていたのかと考えていた。



すると、蓮樹がいつものように野菜の洗い直しがないか確認するように

「これおっけー?」

と聞いてきた。



ふと我に返り、野菜を確認する。

「うん、おっけー」



すると、奏さんも蓮樹と同じように

「これおっけー?」

と聞いてきた。



何の疑いもない、その眼差しが俺をドキドキさせる。



まさか、聞いてくると思ってなかったから、体温は急上昇。



彼女から目を反らしながら、

「ごめんなさい。

言ってなかったけど、

蓮樹は土が落ちたか、毎回確認してるんだけど、奏さんは俺に確認してもらわなくても自分で土が落ちてるの確認出来たら、こっちのかごに入れてくれたらいいから。」

と言った。



あ、そういうことか!と

顔が真っ赤にさせる奏さん。



そこに

「なんでぼくだけ?」

と蓮樹が尋ねてくる。




「蓮樹は、土残ってることあるだろ?

残ってたら、ご飯おいしくなくなっちゃうぞ。」


「えー。それはやだー。」


「だろー。」


そのやり取りに、奏さんが

「ふふっ」と笑った。



「じゃあ、私も確認してもらおうかな?」

と奏さんが言うと、



それを聞いた蓮樹が

「ごはんおいしくなるー!」

と喜んだ。


さっきまでの恥ずかしい空気なくなり、3人で笑った。




奏さんの笑顔を初めて見た。



この笑顔をずっと見ていたい。



胸の鼓動がずっと速いまま収まらなかった。




ここに来てよかった。


どうでもいいと思っていた人生が、彼女の笑顔あるだけで満たされていく。



陽だまりの中にいるみたいに温かい。



雨しか知らなかった俺に、晴れを教えてくれた。

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