心に降る雨
「晴希、はよー。」
ものすごく眠そうに空翔が声をかけてきた。
半分欠伸をしながら、頭をかき、今にも二度寝しそうな顔だ。
「あぁ、おはよう。」
同い年とは聞いたが、どう接していいかわからずちょっと堅苦しい挨拶になった。
「もう動いて大丈夫なのか?体しんどくないのか?」
川で溺れて丸1日寝てたらしく、体をしっかり休めるよう恵子さんに昨日言われた。
それを心配してくれているらしい。
「もう大丈夫だ。あんまり寝てても落ち着かないし。」
「はぁー。そっか。じゃあ、今日は俺達と畑行こうぜ。」
欠伸混じりに畑に誘ってきた。
そもそも俺は畑が想像も出来なかったから、何も考えず了承したが、それが間違いだった。
空翔と朝ごはんを食べ、畑へ行く準備をした。
空翔からくったくたのヨレヨレの服を借りた。お世辞にも綺麗とはいえない。
しばらくその服を眺めていると、
「いいんだよ。どうせすぐ汚れるんだから。」
空翔が同じような年季の入った服に着替えながら言った。
貸してもらう立場としては文句は言えない。
そのまま着替えた。
そして空翔と一緒に外に出た。
ここに来てから初めての家の外。
辺りは草木など緑が広がり、マンションなどの高い建物はない。
広い土地の中にポツンと建つ平屋の一軒家。
虫達の鳴き声が聞こえ草木の擦れる音が辺り一面鳴り響く。
自然に囲まれた昭和の家だった。
家から5分程歩いた所に行くみんながいた。
「ここが畑だ!」
そこには家の前の雑草とは違い、管理の行き届いた作物達。
スーパーで売られているものしか見たことない俺は驚いた。
こうして野菜は育つのかと。
「何驚いてるんだ。
ひとまず今日は、朝みんなが収穫してくれた野菜を家まで運んでもらっていいか?」
空翔は俺の目の前に野菜の入った大きな籠を置き差し出した。
それを受け取ると「ドン!」と地面に落としてしまった。
思ったよりもはるかに重い。
なんだこの重量は?
「大丈夫か?大事な食糧だから気を付けてくれよ。」
落とした野菜を拾いながら空翔は再び持ち上げ俺に渡してきた。
こんな重いもの軽々持ってるのか?
「俺はこのままみんなと収穫していくから、晴希はひとまずこれ持って帰ったら、次はこの籠な!」
そこにはもうひとつ野菜でいっぱいになった籠がおいてあった。
何往復するんだ?
この重量ってだけで気が滅入った。
2往復したところで、空翔が声をかけてきた。
「晴希、運んでくれてありがとな!
ちょっと休憩しようぜ。」
畑で仕事をしていたみんなも休憩するようだ。
畑の近くにみんな集まり輪になっている所に連れて行ってくれた。
「どう?ここの生活。向こうのデジタル一色とは全然違うでしょ?」
奏さんが気さくに話かけてくれた。
「ここは自然がいっぱいで、すごく空気も綺麗なの。最初は違和感しかないだろうけど、すぐ居心地よくなるわよ。」
奏さんは優しく包み込むように微笑みながら言った。
「えっと、晴希兄ちゃん。疲れた顔してるけど大丈夫?」
奏さんの後ろから覗き込むように小さな体の蓮樹が尋ねてきた。
「え、だ…大丈夫だよ。」
見栄を張って大丈夫と言ったが、家までの2往復で充分限界だ。
蓮樹には大口たたいておきながら、お陰様で筋肉痛になった。
ただ、この日のご飯はものすごく美味しかった。働いた疲れと無農薬で育てている野菜の美味しさ。そして、ばあちゃんの料理の腕が抜群にいい。全てが相まって美味しいものになっていた。
畑と家の往復の生活。
畑のない日は野菜を干したり、加工したりと保存食になるよう作業をしていた。
今までデジタル世界で、声にだせばすぐに情報が引き出せた。その癖でたまに
「アラームセット」
「明日の天気は?」
「今何時?」
など声に出してしまう。
何も反応が無いことに落ち込み、当たり前にあったものが無くなる不便さに苛立ちさえ覚えた。
何故ここにいるみんなは笑っているんだ?
ナノチップを使った事があるなら、戻りたいとは思わないのか?