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暗闇に降る雨

ピアノに埋め尽くされた毎日だった。


だから、もうピアノは弾けないと言われても、他にする事がわからなかった。



何度も何度も、指を動かすが、震えがだんだん酷くなっていくだけだった。


動かし続けたら治るんじゃないかとも考えたが、無理だった。



トキさんは、少しでも何か食べないといけないよと言って、食事を運んでくる。


それを食べる気力もなかった。



私は無気力で、布団からあまり出なかった。


気が付いたら、夢の中でピアノを弾いている。


ピアノが楽しく鳴り響く。

笑顔で見守る両親。


なんて幸せなんだろう。



目が覚めると、現実に引き戻される。


その繰り返しだった。



「…だいじょうぶ?」


たまに、目が覚めると心配そうに見つめる蓮樹くんがいた。


その時は、必ずお水を持ってきてくれていた。


「これのんでね!」

と言って部屋を出ていく。


心配して、蓮樹くんとおばあちゃんが、私の様子を見にくる。


障子の向こうから、二人の声が聞こえる。


「もっていったよ!」


「ありがとう。」


「ねぇ、げんきになったらあそんでくれるかな?」


「そうだね、まずは元気になってもらわなきゃいけないから、ばあちゃんと一緒に美味しいご飯作ろうか?」


「うん!」


二人の会話が聞こえる。



なんてあたたかいんだろう。

両親もこんな風にいつも見守ってくれていたな。


いつもピアノばかり弾いていた私に、二人は嫌な顔せず、環境を整えてくれた。



両親が与えてくれた大きな日常が当たり前過ぎて、こんなにもかけがえのないと気が付いてなかった。



もう何も返せない。

ピアノがなければ何も出来ない私は、他に出来る事などない。


そう思ってしまっていた。




数日後、全く食事を食べないのを見かねて、トキさんが無理矢理、食卓へ連れ出した。



「奏おねぇちゃんはここね!」

と案内し、隣に座る蓮樹くん。


「じゃあ、みんな揃ったから食べるとするか。」


「「いただきます」」


みんなで手を合わせたあと、食べはじめる。


私は食べる気分じゃなかった。


黙って下を向いたままいると、



「ひとまず、何か食べないとダメだ。」

トキさんがそう言った。


みんなが見ている。


一口だけでも食べたら満足してくれだろうか?


用意されたお箸を持ち上げる。


だが、手が震えて上手く握れなかった。


カランと転がる箸を拾う。



私、こんな事も出来なくなってるんだ。

更に絶望を感じていると



「はい!どーぞ!」


蓮樹くんが笑顔でスプーンにのせたおかずを差し出してきた。



「おばあちゃんのつくるごはん、おいしいよ。」


え、と止まっていると、



「ほら、はやく!

てがつかれちゃう!」


早く食べてと急かしてきた。


これには断る事が出来ず、スプーンに乗っているおかずを口入れた。



「おいしい…。」

と思わず声が漏れる。


「でしょ!

これはね、ぼくがつくったんだよ!」

と更に違うおかずをすくって、私に食べさせようとする。


まさか追加がくると思ってなくて、躊躇していると


「はやくー。」

と蓮樹くんがこれも食べてと目で訴えてくる。


まさか、こんな小さい子に2回もあーんをされるとは思わなかった。


「うん、おいしいよ。」

と答えると、蓮樹くんは笑顔になって


「でしょ!」

と言い、自分のご飯の続きを食べはじめた。



すると、おばあちゃんが、私が落としたお箸を受け取り、

「新しいものを持ってくるわね。」

と言って、今度はスプーンとフォークを持ってきた。



「それはね、蓮樹が潰してくれたポテトサラダなの。おいしいでしょ?」


さっき、蓮樹くんが自信満々に『ぼくがつくった』と言っていた料理を説明しながら、スプーンとフォークを渡してくれた。



スプーンとフォークを受け取ると、蓮樹くんが


「ぼくとおそろい。」


と両手に持ったスプーンとフォークを自慢気に見せてきた。


お箸が使えない事で、絶望さえ感じていたのに、お揃いと喜んでくれる蓮樹くんに


「そうね、お揃い。」


と両手にスプーンとフォークを持って笑顔で返す自分がいた。



「食べれそうなら、食べて。」

優しく微笑むおばあちゃんは、そう言うと食事を続けた。



みんなは普通のご飯を食べている中、私の前にはお粥が用意されていた。


わざわざ作ったんだろう。


手間をかけてくれているのに、今まで食べなかった事が申し訳なくなり、一口食べた。


それを見て、

「おいしい?」

と蓮樹くんが覗きこんでくる。



「うん、おいしい。」


「そっか!」


食べた事に安心したのか、トキさんもおばあちゃんも、それ以上は何も言わなかった。



それから、少しずつ食事もするようになった。


しかし、ピアノを弾く夢にうなされる事もあり、精神的、体力的にも、なかなか回復しなかった。



時間が解決してくれるだろうと、トキさんもおばあちゃんも無理させなかった。





一年後、少しずつ、家の中を動くように出来るようになった頃、トキさんが新しく人を連れて来た。



「これから一緒に暮らす事になった、望月 守純だ。みんなよろしくな。」

とトキさんが紹介した。


「よろしくおねがいします。」

と頭を深く下げた彼は、歳が近いようだった。


おばあちゃんも蓮樹くんもお願いしますと挨拶し、私も

「はじめまして、織原 奏です。よろしくおねがいします。」

と挨拶した。


すると、驚いた顔をして

「お、織原 奏…?」

と言って止まってしまったが、

少しすると、

「あ、よ、よろしくおねがいします。」

と返事した。


あまりの戸惑いように、

「あの?前にどこかでお会いしたことありました?」

と伺うが、


「え、いえ、初めてです。」

と返ってきた。



彼、スミくんはナノチップ初期不良が原因でここにやってきた。

今はナノチップは取り除いて、問題はないそう。

年齢は一個下。

歳が近いから話しやすいと思うとトキさんから聞かされた。


だが、今まで私はピアノ以外の話はしたことなかった。


しかも、ここに来てから体力も戻らず家から出たこともない。


あまり会話をする事もないだろうと思っていた。



スミくんは、トキさんやおばあちゃんの手伝いをするようになり、蓮樹くんの遊び相手にもなっていた。


あっという間に順応していくスミくんに、羨ましさを抱いていた。



そんな中、ピアノの夢をみた。

いつまでたってもピアノが弾けない、指が動かない、やがて指が石のように固まり、ピアノが壊れてしまう。

そんな悪夢から目が覚めた。

汗びっしょりで、呼吸も荒れていた。


とにかく落ち着こうと、台所へ向かい、水を飲んでいると、スミくんがやってきた。



こんな深夜にどうしたんだろう?と思い


「どうしたの?」

と聞くと



「大丈夫?」

と返ってきた。



私がこんな深夜に起きてきたから、物音で起きたんだ。


「起こしてごめんなさい、大丈夫だから。」

そう言い、戻るだろうと思っていた。



しかし、スミくんは

「温かいもののほうが落ち着くよ。

ホットミルク飲める?」

と聞いてきた。



まさかの返答に驚いた。

「え、あ、いや大丈夫。

明日も早いだろうから、もう寝て下さい。」

毎日、トキさんと畑仕事をしているスミくんは朝が早い。

こんな深夜に起きてしまったら、畑仕事がしんどくなってしまうと思い、寝るよう促した。



すると、スミくんは

「ホットミルク飲まない?」

と少し寂しげに聞いてきた。



「いえ、水で大丈夫なので。」

と返した。


震えが止まらないから、早くひとりになりたかった。


だいたいピアノの夢をみたときは、こうやって震えが止まらなくなる。


恐怖心から体全体が縮こまってる感じだ。



いつも水を飲んで、しばらく丸くなって座り込む。


布団に入ってしまうと、また夢の続きをみるのが怖くて、夜が明けるまで起きている事が多い。


今日も、夜明けまでこの震えと闘うのかと思いながら、スミくんが台所から出ていくのを待っていた。



しかし、スミくんは私にバスタオルをかけ

「じゃあ、少し話をしない?」

と言ってきた。



震えていたから寒いと勘違いされたんだろう。

少しでも温かいように、近くにあった大きなバスタオルで包み込んでくれた。


でも、ひとりにしてほしかった私は


「本当に大丈夫だから。」


と突き放した。



「じゃあ、俺が眠れないから、ちょっと話し相手になってくれない?」


スミくんは決してめげなかった。

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