泥濘に残った足跡は、新たな雨が洗い流す
「他に出来る事?」
「そ!生きてりゃ何でも出来るんだ!
それを教えてもらったんだ!」
満面の笑みで返事をした空翔が教えてくれた。
俺はボールが何重にも重なって見えた日から、
他にも体に異常がないか、いろいろやってみた。
主に野球をするのに問題がないか、バットは振れるか、グローブは使えるか、走る事が出来るか、全て試してみた。
結果、やはりスピードの早いものを捕えようとすると焦点が合わせられず何重にも重なって見えた。
それ以外は異常はなかった。
だが、俺には野球以外はどうでもよかった。
『推薦をもらい、有名校で野球が出来る、
甲子園優勝だって夢じゃない!』
そう思っていたのに、何もかもなくなった。
みんなは、健康なら他に出来る事もあると言ってくれたが、小さい頃から野球に夢中だった俺は、他なんてどうでもよかった。
生活する為に畑仕事をして、ご飯を食べる。
ただ時間が過ぎていくだけだった。
毎日鍛えて、フォーム考えて、戦略練って、あれだけ足りなかった一日が、野球がなくなった途端長く感じた。
なんにもない。
ただ毎日が終わっていく。
ある日、畑仕事のあと蓮樹が
「空翔、一緒に遊ぼう!」
と言い出した。
気分転換になるかも、と思い一緒に遊んだ。
鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、小学校の頃にやった懐かしい遊びを全力で遊んだ。
今まで、ばあちゃんや奏さんやスミさんは相手はしてくれるが一緒に遊んでくれなかった。だから空翔が遊んでくれて嬉しいと言った。
蓮樹が毎日嬉しそうに遊ぼうと誘ってくる。
俺も嬉しくなり、いろいろな遊びを教えた。
長かった一日があっという間に過ぎていく。それがありがたかった。
そしてある日、いつものように蓮樹が遊ぼうと誘ってきた。
「今日はこれやってみたい!」
とボールを持ってきた。
前に壁打ちしていたのを見ていたらしく、
「あの空翔、めっちゃカッコよかったから、僕もやってみたい!」
目を輝かせて言ってきた蓮樹を無下にする事は出来なかった。
ボールを握りしめる。
久しぶりのボールの感触。
嬉しくなり全力投球する。
跳ね返ってくるボール。
幾重にも重なり合いどれが本体かわからない。
避けきれず自分の体に当たる。
情けない。
だが、空翔はさっきより目を輝かせ
「カッコいい!もう一回!!」
ボールを拾って俺に渡した。
もう一度投げる。
壁から跳ね返ったボールは、あさっての方向へ飛んでいく。
それを必死に追いかけ取りに行く蓮樹。
「空翔!僕も同じの投げたい!!」
と見様見真似で壁に思いっきり投げた。
そのボールはひょろひょろと力なく地面にワンバウンドし転がっていく。
え?なんで?
という顔で俺の顔を見る蓮樹。
ボールを拾い、もう一度投げる。
けれど、同じくボールはワンバウンドし転がっていく。
それを繰り返す蓮樹。
その姿は小さい頃の俺と同じだった。
父さんの投げたボールがカッコよくて、同じのを投げたいと思って必死に真似をする、そこから野球にハマっていった。
始めたきっかけなんか、すっかり忘れていた。
ただ速いボールが投げたくて、ホームランが打ちたくて、強くなりたくて、勝ちたくて。
久しぶりに思い出した。
あまりにも理想のボールが投げられない蓮樹がしびれを切らし
「空翔!どうしたら空翔みたいなボールが投げられる?」
俺にボールを渡す。
その姿が自分と重なる。
蓮樹は野球を教わった事がない。
やった事もない。
見たこともない。
ただカッコいいから。
その理由だけで十分だった。
それから毎日、蓮樹にボールの投げ方を教えた。
狙いが定まらず上手く投げられない。
フォームを教え、コツを教え、必死に練習する蓮樹の姿が嬉しかった。
ある日、トキさんがお礼を言って来た。
こんなに蓮樹が楽しそうな姿は初めて見たそうだ。
一緒に遊んでくれる友達もいなければ、野球を教えてくれる人もいなかった。
やっと蓮樹が子供らしい表情をしてくれたと言ってくれた。
しかし、俺の方が蓮樹に助けてもらっている。
ただ時間が過ぎるだけの日々、出来ない事ばかり悔やんで、何が出来るかを考えてこなかった。
蓮樹が『空翔みたいに投げたい』と言ってくれた事で、教えるという楽しみが出来た。
教えるだけじゃなく、他に出来る事はないだろうか?
そう考えられるようになった。
だからお礼を言うのは俺の方だ。
ここのみんなは、ナノチップの機能を失ってる。
あって当たり前だったものが、突然なくなる恐怖や不安を知っている。
あまりにも便利になりすぎて気が付かなかったが、最低限のものがあれば生きていける。
むしろモノが溢れ過ぎて、大事にしなくなり、扱いが疎かになったり、作ってもらう有り難みを感じられなくなったり、すぐに廃棄してしまう。
生産者や製造者や開発者の努力や苦労を感じない世の中になってしまった。
野球は出来なくなったけど、それ以上の大切なモノに気付く事が出来てよかったと思ってる。
今、出来る精一杯の事をする。
それって、スゴイ事なんだって教えてもらったんだ。
俺バカだから、頭使ってとか、計算してとか出来ないけど、体力なら誰にも負けないから、それが俺が出来る事だと思ってる。
そう言うと、空翔は畑作業を続けた。
ただ、収穫してるだけと思っていたが、空翔は空翔なりの役割を見つけて果たしていたんだと知った。




