雨のあと、残る足跡
全国への切符を勝ち取った俺達は、全員で歓喜した。
夢の舞台への第一歩だ!
その喜びが増す中、俺に有名高校への推薦の話が来た。
甲子園常連高校から『うちに来ないか?』と数校連絡があった。
自分のやってきた全てが認められた。
俺の実力がどこまで通用するか知りたい。
どこまで強くなれるのか、もっと強くなりたい!強くなってやる!
未来は無限大に広がっている、そう感じていた。
推薦の話はあっという間に進み、甲子園の優勝候補に上がっている高校に決まった。
まだ、全国大会も始まっていないのに推薦が決まるのは異例だった。
それだけ期待されていた。
全国大会が始まり、1回戦、2回戦と順調に勝ち進んだ。
そして、挑んだ3回戦相手は、前回の優勝校だった。
ピッチャーが有名で、中学生で140キロの剛速球が投げられる選手だ。
あまりの速さに、バッターは怯える程だった。
俺達も最初は驚いた。
ピッチャーが投げ、ボールが来ると思った時には、もうキャッチャーミットに収まっている。そんな感覚だった。
試合も終盤に近づく。
なかなか打てない事に焦りが出てくる。
俺の打席がきた。
さすがにスピードにも慣れてきた。
だからといって簡単に打てるわけではない。
相手も疲労が積み重なれば、スピードは落ちるはずだ。
その緩んだ瞬間を狙う!
一球目、行ける!
カーンと球場に音が響き渡る。
ピッチャーもボールの行方を反射的に追う。
ボールは、ファウルポールを越えられない。
次こそは!
俺はボール捕えられたという事実が、余計に過信に繋がった。
俺なら打てる!!
そして、ピッチャーも同じだった。
もう二度と打たせない!
もう少しでホームランを打たれる所だった。
これ以上は打たせない!
お互いボルテージは最高潮だった。
そして、2球目。
落ちないスピード。
だが、もうこのスピードには慣れた。
ストレートだ!
これなら打てる!
そう思いバットを大きく振る。
だが、そのボールは少し軌道を変え、バットの重心から外れた所に当たった。
ボールのスピードは落ちないまま方向を変え、俺の顔をめがけて飛んできた。
まるでテレビの電源を切るかのように、
一瞬で目の前が真っ暗になった。
気が付いた時には病院のベットの上だった。
最初はどこかわからず
「ここどこだ?」
とつぶやいた。
いつもならデジタル音声で返答が来るのだが、無音だった。
おかしいなと思った。
すると、意識が戻った事に気付いた看護師が来てくれ、ここは病院で運ばれてから一週間経っていると教えてくれた。
俺は何が起こったか把握するまで時間がかかった。
あれだけのスピードの自打球を受けて、生きてるのが奇跡だと思った。
頭を強打していたため、精密検査を受ける必要があると言われた。
検査はかなり精密なため、受ける際は必ず睡眠薬で眠り、その間に行うと説明を受けた。
病室で薬を飲み、目が覚めたら全てが終わっていた。
そんな状況だった。
入院してしばらく経ち、疑問に思う事があった。
意識が戻るのに一週間かかったとはいえ、メールも検索も表示出来ない。『今、何時?』の問いかけにもナノチップが全く反応しない。
看護師に聞いてみたら、
『病院の精密機器に影響が出るため、ナノチップの機能を使えないようにしているんです。』
と言われた。
そしてもう一つ、面会謝絶なのか誰も見舞いに来ない。
家族や友達と連絡取ろうにもナノチップが使えないからどうしようもない。
そんなに俺は深刻なのかと思ったが、痛みは治まって元気そのものだ。
体を動かそうとベットから出ると、すぐに看護師が
「まだ安静にしてないと!」
と慌てた様子で駆けつける。
看護師の出入り以外は部屋にロックがかかっていた。
まるで監禁されているようだった。
部屋からも出れない、看護師以外の人と会わない。
看護師に、今の俺の経過やいつ退院出来るなど聞いても、担当医に確認しておきますの一点ばり。
家族と連絡が取りたいと言っても、『こちらで連絡をとっています。伝言があればお伝えします。』
同じ答えばかり返ってくる。
あれからどうなった?
試合結果は?
みんなは?
家族には会えないのか?
外部から閉ざされたこの環境にうんざりしつつあった。
食事や消灯の時間が決まっているとはいえ、窓もないこの部屋が時間感覚をも奪っていく。
不安ばかりが募る。
ただでさえジッとしていられない俺が、ずっとベットの上。
もう限界だった。
体を動かしたい。
野球がしたい。
家族に、みんなに会いたい。
その思いが爆発した。
俺は配膳の時間に頭が痛いフリをした。
看護師は慌てて俺に近付く。
その一瞬、病室の扉が閉まる寸前に看護師を押し倒し病室から出た。
久しぶりに動かす体。
足がもつれ廊下で一度コケる。
さすがに体が鈍ってるなと自分自身情けなくなる。
とにかく今は外出たい。
空がみたい。
澄み渡る真っ青な空を駆け抜けるようホームランのように、出口を目指し走り始めた。
部屋を出てすぐに警報が鳴った。
建物全体に響き渡る。
緊急事態とデジタル音声でアナウンスが流れる。
何だよ、部屋出ると警報なる病院なんて聞いた事ないぞ。
そう思いながらも走り続けるが、迷路のようで出口がなかなか見当たらない。
走っても走っても続く白い壁と廊下。
窓はなく、俺の病室と同じ扉が何室も続く。
本当にここは病院か?
ナースステーションもなければ待合室もない。
俺は病院に運ばれたんじゃなかったのか?
疑問ばかりが増える。
彷徨い続けていると、行き止まりまで来てしまった。
仕方ない、他に出口を探そうと後ろを振り向くと
1台の警備ロボがいた。
しまった!
見つかった!
これまでか。
全力疾走したが、体が鈍っており息が切れる。
この警備ロボが情報共有し、仲間を連れて来る前に逃げたい。
睨み合っていると、警備ロボが喋り出した。
「ウシロノヒジョウカイダンカラ、シタニニゲロ。
シタニクルマガタイキシテイルカラ、ノリコメ。ハヤク!
モウスグ、ホカノケイビロボガクル。」
そう言うと、行き止まりの壁に向かってレーザーを当て、壁に認証画面を表示させ『ロック解除します』と音声が流れた。
え?
半信半疑で後ろを振り向くと
行き止まりだった壁から扉が現れた。
とにかく、外に出られるならそれでいい!
迷う事なく扉を開けると、警備ロボの言う通り非常階段だった。
久しぶりに空を見た。
青空が広がる。
雲が流れる。
体全体で風を受ける。
嬉しかった。
ずっと室内で閉じこもっていた俺は、この当たり前の光景が懐かしかった。
やっと外だ!!
また、閉じ込められるのは嫌だ!
必死に階段を駆け下りた。
下りた先には警備ロボに言われた通り車が止まっていた。
俺は迷う事なく車に飛び乗った。
すると、そこにはトキさんがいた。
俺が乗り込むと、すぐに車を出しその場から離れた。
もちろん、この時トキさんとは初対面。
「えっと、誰ですか?」
「詳しくは後で説明する!
今はとにかくこの場を離れるのが先決だ。」
「え、あ、ハイ!
…それでドコ向かってるんですか?」
「俺達の隠れ家。」
ちゃんと俺の質問に返事があるのが嬉しくて、それからずっと逃げるのに必死なトキさんに話しかけた。
たまに誰かと通信し、状況を確認しながら車を運転していた。
一生懸命になってくれているのが伝わってくる。
だが、疑問があった。
「あの、逃げるの手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、俺のGPS追跡されたら終わりじゃ?」
GPSからは逃れられない。
どこにいたって、すぐに場所なんかバレるんだ。当たり前の疑問をぶつける。
「大丈夫だよ。お前のGPSは追跡出来ない。
まぁ、出来たとしてもデータ操作するけどな。」
笑顔で答えるトキさん。
「カッケー!!
そんな事出来るんっすか!
スゲー!」
そんな事が出来るんだと驚いた。
不思議と怪しい人とは思わなかった。
あの病室の出来事からしたら、しっかり人間味のある受け答えが出来る事に喜びを感じていた。
しばらくすると、人気のない公園に着いた。
そこで時任さんという名前と知り、詳細を教えてくれた。
俺は自打球を受け救急車で病院へ運ばれた。
そこで死亡と診断され、
家族や友人には亡くなったと伝えられ葬式も終わっているらしい。
だが、俺は生きてる。
なぜそんな事になってるんだ?
その疑問にトキさんは隠さず教えてくれた。
自打球が頭に当たり、その衝撃でナノチップも砕けたそうだ。
あんなに小さいものが砕けるなんて珍しいらしい。
砕けたナノチップは、もちろん作動しない。
そして、何より最悪なのは砕けたナノチップが取り除けない事。
脳を傷つけ障害が出る可能性が大きい。
今は大丈夫でも、今後体に異変が出る事がある。
精密検査の結果、日常生活には問題ないと出ていたそうだが、何か違和感とか感じないか?と聞かれた。
あまりにも言ってる事が現実離れしていて、ついていけなかった。
放心状態の俺を、トキさんはばあちゃん家に連れて行ってくれた。
しばらく確認する時間をもらった。
それは、自分の体に異常がないかを確認するのと同時に、自分の気持ちを落ち着けるための時間だった。
もう、ナノチップは使えない。
もう家族や仲間に会えない。
それはすごく辛い。
でも、野球は出来るじゃないか!
久しぶりにキャッチボールでもして、気分転換しよう!
ばあちゃん家にあったゴム製のボールで壁打ちする事にした。
自分で投げた球が壁に当たり返ってくる。
そのボールが2重に見えた。
あれ?
もう一度。
やはり2重に見える。
悔しくて球の勢いを早くする。
更に5重位にぼやけて見える。
球の速度が上がる程、球が5重にも6重にも重なって見える。
何度も繰り返すが変わらない。
これじゃ守る事も、打つことも出来ないじゃないか。
俺から野球がなくなったら、何もないじゃないか。
絶望だった。
野球の出来ない人生なんて。
それからしばらくどん底だった。
好きなものが出来ない。
もう希望がない。
野球が出来ないなら、どうでもよかった。
「晴希、好きなものが出来なくても生きて行けるんだよ。」
空翔は辛そうに、でも笑いながら説明してくれた。
その無理した笑顔に、こっちの方が悔しくなる。
今まで元気で心配事なんか感じさせなかった空翔がそんな過去を持っているとは思わなかった。
「野球したいんだろ?」
「もちろん!」
「よく我慢出来るな。」
「ここのみんなが教えてくれたんだ。
野球が出来なくても、他に出来る事があるって。」
力強く答える空翔。
その答えに迷いなかった。




