雨の連鎖
トキトウさんの様子が明らか変わった。
さっきまでと違い、敵対心剥き出しだった。
しまった、敵と思われた。
「すみません、父さんと似てたので声かけたんですが、間違いでした。すみません」
さすがに『トキトウさん』を『父さん』に言い間違いで通すのはキツイか?
でも、ここまで敵対心を出されたら、気軽に話せる雰囲気でもない。
無理にでも押し通そう。
半分愛想笑いをしながら、その場から離れた。
こちらが逃げるように去ったので、トキトウさんも追いかけてくることなく、去って行った。
危なかったー。
あの敵対心剥き出しのトキトウさんは、圧倒的に怖かった。
肉食動物に狙われた草食動物かのように、逃げなければ殺されてしまう。それくらいの威圧感があった。
でも、間違いない。
あれは、ナノチップ開発者のトキトウさんだ。
彼が生きているのなら、ナノチップを取り出す方法が分かるかもしれない。
それから、しばらくはトキトウさんを目撃した場所周辺の防犯カメラを徹底的に監視した。
やはり、トキトウさんの姿は全く映っていない。
そうだ、トキトウさんもカメラの映像を修正しているから、その修正履歴を追えば辿り着くはずだ。
それから、防犯カメラの修正履歴をひたすら調べた。
しかし、全く修正した跡が出てこなかった。
なぜだ?
もうお手上げだった。
トキトウさんに会いに行くしかない。
次の日、トキトウさんを目撃した場所に行った。
しかしこの日はいつもと様子が違った。
明らかに警備ロボットの数が少ない。
何かあったのか?
建物の近くでトキトウさんを待ち伏せしていたその時、臨時ニュースが入ってきた。
臨時ニュースは大きな地震や災害、重大事故や事件があった時に全国民に表示されるようになっている。
その臨時ニュースにはこう書かれていた。
『ナノチップ社にテロ攻撃』
詳細にはナノチップに不満を持っている人達が一気に押し寄せ、本社を攻撃した。テロとみられると書かれていた。
僕の他にも、ナノチップに不満を持っている人がいたことに驚いた。
本社を攻撃してどうするっていうんだ。
僕もナノチップ社へ行って様子を見に行こうとしたその時に、建物に車が近付いてきた。
車は隊列を組み、いつもより厳重だった。誰か重要人物でも乗せているのだろうか?
その中の1台が建物に入る前に一時停止した。その瞬間に車の前にトキトウさんが現れた。
トキトウさんはその車の運転席にいたロボットを降ろし、車を奪った。
他の車に乗っていたロボット達が、逃走しないように他の車で道路を塞ぎ、周囲を固める。
更に銃で発砲した。
その発砲がトキトウさんの乗っていた車のフロントガラスに命中し、ガラスにヒビが入った。
それと同時に、車は大きくスピンし、僕の前にあった電柱にぶつかり止まった。
大きな音を立て、車は止まり、車体は破損していた。窓ガラスは割れ、その隙間から意識を失ったトキトウさんの姿が見えた。
頭から血を流しており、このままじゃ危ないと思った。
警備ロボットが来る前にトキトウさんを助けないと、ナノチップを取り出す方法が聞き出せないと思い、運転席にいたトキトウさんを車から救い出した。
意識のないトキトウさんを担いで、急いでどこか隠れられる場所がないかと歩き出した時、車が爆発した。
衝突した衝撃でエンジンが故障したのだろうか?
大きな音と炎を上げ燃えていた。
その熱にロボットも近付く事が出来ずにいた。
逃げるなら今しかない!
とにかく遠くへ、その一心で担ぎながら急いで移動した。
幸いな事に、ナノチップ社で事件が起こっているおかげで、警備ロボットの数が少なかった。
テロ事件となれば、出来る限りの警備ロボットが事件現場に向かうはずだ。
そのおかげで、僕達は上手く逃げる事が出来た。
だから、近くにあった学校の体育倉庫のような場所に避難した。
トキトウさんを寝かせ、体をスキャンし、どこを怪我しているかを調べた。
頭の出血はかすり傷のようだが、肩に大きな傷があった。たぶん警備ロボットが発砲した銃が当たったんだろう。
それで車のコントロールが出来なくなり、電柱にぶつかったようだった。
この怪我は手当てしないと危険だ。
だが、怪我をしているトキトウさんを病院に連れて行きたかったが、そんな事したらすぐにトキトウさんが捕まってしまう。
どうしようかと悩んでいると、突然手を掴まれた。
驚きその手の先を見ると、トキトウさんが
「警察、、じゃなさそうだな。
誰だ?」
苦しそうにしながら、僕の手を掴んでいた。
「意識戻ったんですか!」
これだけの怪我で意識が戻った事に驚いていた。
「誰だと聞いているんだ。
ここは何処だ?」
トキトウさんは混乱してながら、頭を抱えるように片手で押さえた。
すると、その手に血がついた事に驚き、何が起こったか考えているようだった。
そして、思い出したように
「車は?車に乗っていた人達はどこにいる?」
と僕に詰め寄ってきた。
「え、他に車に乗っていた人がいたんですか!
すみません、あなたしか助けられませんでした」
そう言うと、トキトウさんは全身の力が抜けていっていた。
「大丈夫ですか?
あなたの怪我も手当てをしないと危険です。
どこか行きつけの病院とかないんですか?」
と話かけても、全く耳に入っていなかった。
トキトウさんはしばらく、一点を見つめ考え事をしているのか、放心状態なのかわからないくらい反応がなかった。
その間にも、出血は止まっていない。このままじゃ、トキトウさんの命が危ない。
捕まるとか言ってる場合じゃない。
命があるうちに助けるんだ!
寝そべっているトキトウさんを担ごうと、トキトウさんに腕を僕の肩に回し、起こそうとした。
すると、トキトウさんが驚き、
「何するんだ!」
と腕を払った。
しかし、僕も諦めずに、再びトキトウさんの腕を掴み起こしながら
「あなたは生きてるだろ!このまま放置していたら命に関わるんだ!
一刻も早く手当てしてもらわないと助かるものも助からなくなる。」
と説教した。
こんな見ず知らずの子供に説教されるなんて思ってなかったんだろう。
トキトウさんは言葉が出なかった。
僕はそのまま続けて
「あなたには生きててもらわないと困るんだ。
聞きたい事があるから、それまでは死なせない」
そう言い切った。
「なんだ、聞きたい事って?」
トキトウさんが小さな声で聞いてきた。
「ナノチップのこと。
これを取り出す方法が知りたい」
その言葉を聞いて、トキトウさんの掴んだ腕が少し力んだ。
「それを知ってどうする?」
「ナノチップを取りたいんだ。
ナノチップで命を奪われた人がいる。
これ以上犠牲者を出したくない」
その言葉を聞いて、トキトウさんは手のひらをギュッと固く握り締めた。
「それを知ったあとで、俺を殺そうってことか?」
トキトウさん覚悟を決めたかのように呟いた。
「トキトウさんが作ったナノチップは、体の不自由な人ために開発したものですよね?
本来と違う目的で乱用されているのがおかしいと思っているだけだ。
トキトウさんを殺そうとか思ったことはない。むしろ生きててもらわないと困る」
その言葉を聞くと、トキトウさんは何かを思い出したかのように、
「悪い、ここに行ってくれないか?」
そう言って、僕に住所を見せた。
それは、ここから歩いて行ける距離の病院の住所だった。
その病院は小さな街の治療院で、古びた小さな建物だった。
今日は休みのようで、扉は閉まっていた。
トキトウさんここにと言うのなら、行きつけの病院なんだろう。
トキトウさんは出血もひどく、意識も朦朧としている。早く診てもらわないと。
僕は扉を叩き、
「すみません!どなたかいませんか?
診てもらいたい人がいるんです!」
と大声で叫んだ。
すると、灯りがつき、中から女性が出てきた。
女性は扉を開け、中から出てきた。
「どうしたの?怪我したの?」
そう聞きながら、担がれたトキトウさんの顔を見ると、
「トキトウさん!どうしたの?何があったの?
すぐに診察台へ」
そう言って、中に案内してくれた。
トキトウさんの事を知っているようだった。
「どうしたの、この怪我。
すぐに手当てしなくちゃ」
そう言って、手際よく作業進めていく。
「あなたは、怪我してない?」
そう僕に尋ねてきた。
「はい、僕は大丈夫です」
そう聞くと、少し微笑み、トキトウさんの治療に専念しはじめた。
そして、部屋の奥に向かって話しかけた。
「あなた、大変!トキトウさんが怪我してるわ」
すると、奥から白髪交じりの男性が出てきた。
そして、トキトウさんの怪我を見て
「こりゃ大変だ。急いで傷口を塞ごう」
と言って、手早く治療を始めた。
すると、男性が僕に向かって
「君が連れて来てくれたのか?」
と尋ねてきた。
「あ、はい」
と答えた。
でも答えたあとに、
よかったのか?トキトウさんがナノチップを作った人と知られたら、僕も怪しまれるんじゃないか?そんな心配をしてしまった。
その気持ちを読み取るかのように
「助けてくれてありがとう。
もう少し遅かったら危なかった。
君のおかげで助かりそうだ」
といい、にんまりと僕に笑ってくれた。
その優しさに僕は安心した。
この人達は強くて優しい人だ。
トキトウさんを任せて大丈夫だと確信した。
僕は待合室で待っているよう言われた。
静かな待合室でひとり座っていると、さっきまでの緊張感が一気に解け、いつの間にか寝てしまっていた。
気が付いたのは、母からの着信だった。
『コラ!誠真!
何時になったら帰ってくるの!』
その一言に慌てて時間を見ると19時だった。
しまった!GPSは居場所がバレないように細工をしているから、家族には近所の公園にいることになっている。
しかし、実際はそこからかなり離れた場所にいる。
『ごめん!もう少ししたら帰る…』
と思ったが、ここでトキトウさんから離れたら一生会えないんじゃないか?という思いがよぎった。
『あ、いや、ちょっと帰れないかも…』
と慌てて言い直すと
『なんで?公園いるんじゃないの?』
母から問い詰められる。
『あー、いやちょっとー』
どう誤魔化そうか考えていると、
通話の声で僕が困っているのを察したのか、診察室から女性出てきた。
そして、
「ご家族の方?」
と聞いてきた。
その質問頷いて答えると
私に変わってもらえるかしら?とジェスチャーしてきた。
え、でも、と戸惑っていると、
いいから、と笑顔で押し切られた。
『すみません、お母様でしょうか?
本日は息子さんに、うちの犬が交通事故にあっているところを助けてもらって、今病院にいるんです。
息子さんは無事なんですが、うちの犬が心配見たいで、様子を見てから帰りたいと仰っているんです。
ですので、こちらからお宅までお送りさせて頂きますので、本日息子さんをお預りしてもよろしいでしょうか?』
と上手く合わせてくれた。
そして、僕が今いる場所を動物病院に偽造し、母を何とか説得させた。
通話を切り
「ありがとうございます」
と女性にお礼を言うと、
「こちらの方がトキトウさんを連れて来てくれてありがとう。
あの怪我じゃ危なかったわ。
あなたのお名前伺ってもいい?」
と言った。
「あ、誠真です」
「誠真くん。
疲れたでしょ?
ご飯でも食べて行って」
と優しく言ってくれた。
さっきまで寝ていた僕の体には毛布がかけられていた。
その女性は遠藤恵子と名乗った。




