雨のない、夕日に包まれた世界
誠真さんは驚いていた。
さっきまで、晴希と話していたはずなのに、突然、家に警察が押し寄せて来た。
警備ロボットの遠隔操作に問題はなかった。
この場所がバレないように、細心の注意を払っていた。
なのに、なぜだ。
それよりもトキさんだ。
なんとかして連絡をしないと。
いや、でもこの場所がバレた時点で全ての通信は把握されている可能性高い。
だったら、今トキさんに連絡を取る方が危険か。
この追い詰められた状況、トキさんと初めて会った時を思い出すな。
ーーーーー
あれは、まだナノチップが完全義務化される前。
『政府は、ナノチップの開発に成功』
そんなニュースが流れ始めた頃だった。
「ねぇ、お母さん。
ナノチップってなあに?」
「目に見えないくらい小さな機械が、私達の暮らしを便利にしてくれるみたいよ」
当時5才の僕は、母からそんな風に聞かされた。
なんかすごいんだ。
それくらいにしか思ってなかった。
それよりも、いつも公園いる『ひかり』と毎日遊んでいる方が楽しかった。
ひかりは近所の公園にいつもいる、犬のぬいぐるみを持った女の子。
この公園にひとりで来ていた。
ある日、一緒に遊ぼうと声をかけて仲良くなり、それ以来、一緒に遊んでいる。
明るくて笑顔の可愛いひかりと一緒にいるとすぐに時間が過ぎていった。
遊ぶ時間が増えるうちに、ひかりがいろんな事を話してくれるようなった。
好きな食べ物はいちごで、赤い色が好きなこと。犬が好きで家で飼えないからぬいぐるみで我慢していること。
また、幼稚園が遠くで友達が近くにいないこと。
両親はあまり家におらず、ここにひとりで来ていること。家ではひとりだから、公園で遊んでいるのがすごく楽しいと言っていた。
そうやって、毎日遊んでいるある日、公園の端に箱が置いてあるのを見つけた。
『拾って下さい』
そう書かれたダンボールに、子犬が元気いっぱいしっぽを振ってこっちを見ている。
それを見たひかりが、
「私飼いたい」
と目を輝かせて言った。
「大丈夫?お家の人におこられない?」
「あんまり家にいないから、ないしょで育てる!そしたら大丈夫!」
そうか、ひかりの両親はあまり家にいないと言っていたから隠せるかも。そう思った。
「よかったね!ひかり、犬が飼いたいって言ってたもんね」
「うん!」
そう言って、その日ひかりは犬を連れて帰った。
ひかりが家にいない時は、犬を物置に隠して、両親がいない時はひかりの部屋でご飯を食べさせているそうだ。
公園に来る時は、いつも一緒に連れてくるようになった。
名前はコロ。
人懐っこい子で、僕にもすぐ懐いた。
公園で2人と一匹で遊ぶのが当たり前になった。
ひかりは一緒にいるときも、ずっとコロの話ばかりだった。
「昨日も家に帰る途中に、一緒に夕日を見て帰ったの」
「コロは賢いから鳴かないの。だからお母さんもお父さんも気付かないの」
ひかりは前よりもよく笑うようになった。
念願の犬を飼えたのが、嬉しかったんだろう。
それを見ている僕も嬉しかった。
数ヶ月後
「私、ナノチップをつけることになった」
と話してきた。
「ナノチップってなんかべんりになるんだろ?すごいな!」
「でも、私つけたくない」
「どうして?」
「だって、これのせいでお母さんもお父さんも帰ってこないんだもん!」
ひかりの両親はナノチップを作っているから、あまり家に帰ってこれないことを初めて知った。
「家族だから先につけてもらえるって言ってたけど、全然嬉しくない。
コロと誠真と一緒に遊んでいる方が、楽しい」
悲しそうな顔をするひかり。
僕は少しでも励まそうと
「すごいじゃん!みんなより早くつけられるんだよ!そしたら、コロが離れてたって、コロがどこで何してるかわかるんでしょ?いいなー」
と言った。
すると、ひかりの顔が少し明るくなった。
「そうか!幼稚園にいるときもコロのことわかるんだ!」
嬉しそうな顔をしたひかりを見て安心した。
「ありがとう、誠真!
私ナノチップつける!」
そう言って、笑顔で別れた。
その翌日、いつもの時間になってもひかりは公園に現れなかった。
その次の日も。
それから一週間、ひかりは公園に来なかった。
「どうしたんだろ?」
毎日来ていたのに、急に来なくなったのが心配になった。
最後に会った日、ナノチップをつけると言っていたから、つけるのに時間かかるのかな?
そんなこと思いながら、いつもひかりが帰っている方向を辿るように探しに行った。
ひかりの話では、家は一軒家で庭に物置がある。
公園の帰りに見る夕日がすごく綺麗でコロと一緒に見て帰ると言っていた。
あとは、帰りに大きな犬を飼っている家があって、コロと仲良くなったと言っていた。
それを頼りに歩いて行くと、公園から少し行ったところ階段があり、その先から夕焼けが見えていた。
階段を上がった先には綺麗な夕日と街が見渡せた。真っ赤に染まった街と空がとても綺麗で、きっとひかりはこの景色をコロと見て帰っていたんだろう。
その赤い空に見とれていると、曲がり角の先から『ワンワン!』と低い犬の鳴き声が聞こえた。
その声の方へ行くと、大きな犬が繋がれていた。
ひかりが『門の隙間からコロとその犬が鼻を合わせて仲良くなった』と言っていた。
確かにこの家の門の隙間なら、犬同士が鼻を合わせられる。
ここを通っていたに違いない。
きっとひかりの家はこの近くだ!
ただ、この辺りは一軒家ばかりで、他に手がかりない。
庭に物置がある家と言っていたが、玄関から庭が見える家も少ないし、庭に物置なんてどこの家も置いている。
ここまでか。
そう思った時、近所の人が話しているのが聞こえた。
「そういえば、この間、深夜救急車来てたでしょ?
あれ、ひかりちゃん運ばれたらしいわ。
何でも急に倒れたとか。
ほら、ご両親政府関係の仕事であまり帰って来ないらしくて、ちゃんと子育て出来てなかったんじゃない?
ご飯とかもちゃん食べさせてたのかしら?」
今、ひかりって言った?
「ねぇ!その子は家はどこ?」
その話をしている人に必死に聞いた。
すると、この先を曲がった大きな一軒家にある『トヨシマ』という家らしい。
ひかりはそこに住んでいるようだった。
急いでその家に向かった。
その家はこの辺りでは一番大きな家だった。
すると、中から黒いスーツ着た男達がダンボールを抱えて出てくるところだった。
男達はダンボールを車に詰め込み何往復かしている様子だった。
車の荷台は開いたまま、また家の中に入って行く。
荷台の荷物を見ると、まるで引っ越しするかのようなたくさんの荷物だったが、家具などはなく、生活していた痕跡を消すかのように必要なもののみ詰め込んでいた。
その中に、ひかりがいつも持っていた犬のぬいぐるみがあった。
やっぱり、ここがひかりの家なんだ!
じゃあ、ひかりが救急車で運ばれたって言うのも本当だ。
今、どこにいるんだろう?
すると、黒いスーツを着た男達の話し声が聞こえてきた。戻ってきた!
急いで車の荷台から降り、物陰に隠れた。
「これでひとまず終わりだな。
もうここは用無しだな。
行くか」
そう言って男達は荷物を載せた車を発車させた。
車が行ったのを確認したあと、ひかりの家を覗いてみた。
家の門は僅かに開いていた。
さっきの男達が急いでいたせいだろう。
おかげで、中に入れる。
隙間から敷地内へ入った。
人の気配は全くなく、家から灯りが漏れている様子もない。誰もいないんだろう。
玄関の横を通って庭の方へ行ってみた。
もし、救急車で運ばれたなら、コロはまだ物置にいるはずだ。
少し行くと大きな庭が広がっており、そこには小さな花壇と隣に物置があった。
きっとこの物置にコロを隠していたんだ!
すぐに物置に駆け寄り、扉を開けた。
すると、いつもひかりがコロにつけていた、首輪代わりのひかりのベルトと紐がかけてあった。
「コロ?コロいるのか?」
様々な物が置かれており、奥の方は見えなくなっていた。
ひかりは物置に隠していると言っていたから、きっと奥の方いるはず。
「コロ?どこにいる?おいで?」
声をかけながら探していると、小さな「クゥーン」という声が聞こえた。
弱々しい声だった。
その声の先に行くとコロが衰弱しきって倒れていた。僕の声を聞いてなんとか反応を返したような感じだった。
僕はコロを抱きかかえ、家まで必死に走った。
ひかりが大事にしていたコロが大変なことになっている。コロが苦しんでたらひかりが悲しむ。
家に帰ると、母に必死に助け求めた。
母は僕のその必死な様子に、何も聞かず動物病院にコロを連れて行ってくれた。
しかし、病院着いた頃にはコロは息を引き取っていた。
病院の先生も
「食べるものがなくて、衰弱したようだ。助けを求める人がいなかったんだね。残念だ」
と言った。
ボロボロと泣く僕に、母は優しく抱きしめ何も聞かなかった。
きっと、拾ってきた犬を助けたかったと思っているんだろう。
僕は悔しかった。
コロを助けられなかった、ひかりが大事にしていたコロを。
そして、ひかりはどこへ行ったんだ?
コロを置きざりにして行くなんておかしい。
ひかりは助けられないのか?
もどかしいこの思いをどうしようも出来ない僕は、泣くことしか出来なかった。
僕は公園にコロのお墓作り、
「ひかりはぜったいに助けるから」
とコロに誓った。
それから、何度かひかりの家に行ってみたが、帰ってきた様子はなく、むしろ誰も立ち入ってないようだった。
しばらくすると、家は防音の幕が張られ、壊されていった。
まるで何もなかったかのように、まっさらになってしまった。
ひかりもコロも、あの楽しい日々がなかったかのように、何もなくなってしまった。
一緒に笑っていたかっただけなのに、僕ひとりになってしまった。ひとりにしないで!
ひかりどこにいるの?
ひかりは救急車で運ばれたから、きっとどこかの病院にいるんだ。
そこから、いろいろな病院を探すことした。
インターネットで、ひかりの家から救急車で運ばれたらどの病院に着くか調べていると、最近の事故のニュースも関連記事として出てきた。
子供の僕には難しくて詳しいことはわからなかったが、その中に『ナノチップが原因か?突然意識失う』というニュースがあった。
漢字は読めないがナノチップは読めた。
ひかりもナノチップをつけると言っていた。
まさか、ナノチップが関係しているのか?
それから、僕は毎日パソコンで調べるようになった。
あんなに公園で遊んでいたのに、急にパソコンにのめり込むようになったのを見て、家族も心配していろいろ遊びに連れ出したが、無駄だった。
次第に家族も趣味変わったんだろうくらいにしか思わなくなった。
そして、小学生に上がる頃、国民にナノチップ装着義務化が決定した。
僕は不安でしかなかった。
ひかりはナノチップが原因でどこかに連れて行かれたかもしれないのに、全員に着けるのか?大丈夫なのか?
ニュースでは政府公認『安全安心』なモノと言っているが本当だろうか。
ナノチップに否定的な意見を言った人はだんだんと姿を見なくなっていき、次第に世間はナノチップはいいものとしか言わなくなった。
更に、実際に装着した人がプラスのコメントを言うことで世間は政府の『安心安全』を信じきった。
そして、僕も装着する日が来た。
怖かったが、痛みも何もなく
「これで装着完了です」
とあっさり終わった。
ナノチップは確かに便利だった。
目の前にモニターが現れ、共有しない限り他人には見えない。ネットにも常に繋がっているため、映像でも音楽でも常に流しておくことも可能。
僕は今まで、パソコンがないと調べられなかったが、24時間常に調べられることが出来る環境になった。
そこから、僕のナノチップの探究が加速していった。




