見えなかった雨
読んで下さる皆様が少しでも楽しんで頂けるように、こちらも楽しみながらマイペースで書いていきます。
気長にお付き合い頂けると幸いです。
現代は便利だ。
一人ひとりにナノチップが埋め込まれ、個人情報の管理から、パソコン機能、GPS、電子決済が全てデジタル管理されている。メールも電話もネット検索も目覚ましも電卓も目の前に表示されるパネルを操作するだけで行える。音声でも操作可能だ。
何不自由のない日常。
ナノチップのおかげで現代の電子化、ネットワーク社会は急速に進みそれが当たり前になっていた。
俺は今日もいつもと変わらない一日を送るはずだった。
「晴希!いつまで寝てるのー!」
リビングで母が叫ぶ。
目の前のモニターでも電子音が鳴り響いている。
「うーーん、、、目、、覚、まし…ストップ、、、」かろうじて声を出し目覚ましを停める。
アラーム解除されました。とデジタル音声が流れる。
リビングに行くと母さんがご飯やお弁当の準備をしていた。
「おはよう、はやく食べちゃいなさい!遅刻しちゃうわよ!
高1になって、もっとしっかりしてくれると思ったのに…。」
「はーい。。」
気だるそうに返事をしながら、ダイニングのいつもの席に座り壁に映し出されたニュースを見ながら朝食を摂る。
『昨日発生しました事件の犯人は未だ逃走中です。発光者を見つけた際は速やかに警察までご連絡下さい。』
犯罪者は赤く光る。そのため発光者と呼ばれている。ナノチップにより人間自体が赤く発光するようになっている。そんな人が歩いてたら誰だってすぐに気付く。そのため即逮捕だ。おかげで事件も減り、世の中平和って事。
「こら!あんまりゆっくりしてると遅刻するわよ!」
「あ、ヤバ。こんな時間!」
母に急かされ慌てて朝食を口に放り込み、高校の制服に着替えながら
「電車出発まで何分?」と口に出すと
『あと15分です。』とデジタル音声と目の前にモニターで表示される。
よし、間に合いそうだ。
タブレット端末と弁当を入れた薄っぺらいカバンを持ち、家を出る。
「いってきま~す。」玄関から家の中ヘ叫び、
母さんの「行ってらっしゃい気をつけてね。」を聞き学校へ向かった。
いつも通り満員電車に乗り学校での一日が始まった。
昼休みー
廊下を歩いていると
「あ、晴希!」と声をかけて来たのは小学校からの腐れ縁の種岡 舞華だった。
「舞華、どうした?」
「昨日、部活の帰りにこれ見つけたから買っといたよー。」と舞華がポケットからお菓子を出した。
それは俺は幼稚園の頃から好きなコーラの缶の形をしたラムネ菓子。中学までは近所に売っていたが、そのお店も閉店し食べられなくなったとボヤいていたら舞華がある日買って来た。部活の帰りに見つけたからと。それ以来見つけたら買って来てくれるようになった。
「お!いつものやつ!!サンキュー!」
「いーえ。どういたしまして。
…ところでさ、今日一緒に帰れない?」
見た目は美人の割に性格がサッパリしている舞華にしては珍しく吃った言い方だ。
「今日?…あぁいいけど、舞華部活じゃないの?」
「ダンス部は今日休むから……」
何とも煮えきらない答えが返って来た。
「大丈夫か?体調悪いのか?」
「うん、全然元気。」
しばらく無言で俯いたままの舞華。
どうした?本当に体調不良じゃないのか?と言おうと顔を覗きこもうとしたら
「……する。…」
「え?」
「…放課後連絡する。」
と言い走って行った。
「おぉ、わかった…。」舞華の後ろ姿に返事をした。
このやり取りを見ていた友人の廣田 大地が
「どうした?ついに告白か?」
と茶々を入れて来た。
「何だよ。大地。なに寝ぼけた事を言ってる。」
「いや、別にー。」
何かを勘違いしているようだが、舞華と俺は腐れ縁みたいなもんだからな、勝手に思わせとけばいいや。
大地は中学から一緒で一番の親友だ。
たまに舞華との仲を勘違いして今みたいな事を言ってくる。
「そういや大地、今日の英語の授業小テストらしいぞ」
と適当に話題を変えてやり過ごす。
そして放課後、
帰る準備をしていると舞華から連絡が来た。
メッセージは受信すると、目の前にアイコンが現れ表示出来る。表示された内容は自分にしか見えないようになっている。
『ごめん、委員会が入ったから先帰っておいて。』
という内容だった。
「忙しいヤツだなー。」と心の声がもれていた。
その一言に大地がすかさず反応する。
「種岡さんに振られたか?」
地獄耳というか勘がいいというか、またつまらない勘違いをされる。訂正するのも面倒くさい。
「何か委員会だから先帰ってだと。じゃ俺帰るわ!」
「そっか、じゃあ俺のサッカー部の勇姿見てくか?(笑)
なーんてな、じゃあな!また明日ー!」
「部活頑張れよ!また明日!」
大地は運動神経も良く、人当たりもいいのでサッカー部の中心メンバーとして頑張っている。先輩にも慕われ楽しそうにしているからあまり邪魔もしたくないってのもある。
そんな大地が部活着に着替え、練習を始める頃に昇降口で舞華を見つけた。
「あれ?今日は委員会で遅くなるんじゃなかったの?」
「ん?委員会?今日は委員会なんてないわよ?」
「?…え?だってアイツ、種岡は委員会があるから先帰るって言ってたぞ?」
「え!ちょっと、晴希のヤツー!………廣田君ありがと!」
「いーえ。ドウイタマシテ。晴希鈍感だからな、頑張れよ奥さん。」
と種岡にイヤミを言いつつ手を振って見送った。
「もう!奥さんなんかじゃないってば!!!
晴希待ってる間に雲行きも怪しくなるし最悪。」
と照れながらも、文句を言い舞華は帰路ヘ着いた。
ポツポツと雨が振り始めた。
今日は雨予報じゃなかったのにと思いつつ晴希はコンビニに寄り傘とお菓子を買い、電車に乗るため駅の改札を通ろうとした瞬間だった。
ピンポーン
駅の改札に引っかかった。
「あれ?定期切れてた?」
エラー音が響きわたる。
定期の期限も切れてないはずだ。「朝だっていつも通り乗れたのに」と思っていると、指先が少しずつ赤くなっていた。ケガでもしたかなと触っても赤いのはだんだん広がり次第に自分の視野が全て真っ赤になる。
一瞬訳が判らず立ち尽くしていると、どこからともなく悲鳴と共に「発光者だ!」と叫び声が聞こえた。どこだと見渡すが明らかに周囲の人達が自分を恐怖の目で見ている。
まさかとガラスに映る自分自身を見ると赤く発光していた。これは紛れもない重罪者のサイン。なぜ自分が?なぜ発光している?
周囲が騒ぎ始める。
「違う!俺は何もやっていない!何かの間違いだ!」
俺の叫び声が駅に響き渡る。だが、誰一人として聞いていない。赤く発光した時点で犯罪者だという認識の世の中。聞く耳なんて持たない。
「誰か助けてくれ!」と近付こうと一歩踏み出すが、その分人は叫び声を上げながら、まるで恐怖に襲われるかのような目で周囲は離れていく。変わりに街を巡回している警備ロボのサイレンが近づいてくる。
「なんでだよ。俺は無実だ!何もしてない!信じてくれ!」
動けば動くほど逃げ惑う人々。警察官も騒ぎに気付き走ってこちらに向かって来ていた。怖くなりその場から走り出した。とにかく人がいない所へ、目立たない所へ。だが、人はいなくとも警備ロボはそこら中にいるし、GPSですぐに見つかるし、街中監視カメラだらけだ。
走っても走っても体力がなくなるだけ。
走っている途中で見つけたダンボールで体の発光を隠しながら逃げた。せめて光っている体だけでも隠したかった。
だが雨のせいでダンボールもだんだん重くなりしんどくなるだけだった。
疲れ果て、走る気力も無くなって来た。空き家かもわからない茂みの生い茂った庭先にダンボールに包まって隠れていた。
この際捕まって自分の無実を信じてもらうしかない。そう思った時、犬が一匹こちらへ近付いてきた。柴犬だが首輪もしていない。散歩中に逃げ出したんだろうか?この家の犬だろうか?人懐っこく足下に纏わり付いている。撫でようと手を伸ばすと、その犬が何か咥えていた。犬はその場でおすわりし俺に咥えていたメモを渡してきた。メモには「無実なら中央橋から川に飛び込め」と書かれていた。「なんだこれ?」思わずつぶやくと犬は俺が読んだのを確認したあとメモを奪った。
「えっ、ちょっと…。」やっぱり間違いだったのかな?
自分には関係ないんだと、橋とは反対方向に行こうとすると、犬は行く手を阻むように前に立ち塞がる。
そして、再び座りしっぽをブンブン振っている。まるで橋に行ってこいと言ってるかのように。
「おい、この近くに犯罪者のGPSが反応してるぞ」
警察官姿の男性が話し声が聞こえた。見つかると思い慌てて逃げる。
人間より犬の方が俺を信じてくれてるのかと思うと何だか情けなくなって来た。
「俺ってそんなもんか。 くそっ!!」
悔しかった。決めつけられた情報だけでこんなにも人は態度を変えてしまう事に。何も俺の中身を見てくれない事に。
その悔しい感情が俺を中央橋まで走らせた。
今いる距離からなら警官に見つけられようが、警備ロボに追跡されようが中央橋はすぐそこだ。
体力の最後を振り絞る。
息が苦しいし足は重い。
中央橋はこの辺では一番大きな橋で、下に流れる広く大きい中央川は海まで続く。こんな雨の日は水嵩が増し流れが速くなる。
実際中央橋に着くとその大きさを改めて再確認する。
「こんなに大きい川だったっけ…」
当たり前だが今まで飛び込む前提に川を覗いた事なんてなかったから驚いた。
そんな事を思いながら息を呑んで川を眺めていると後ろからサイレン音が近付いてきた。
「見つけたぞ!!」
と警官の声も聞こえてきた。
赤く発光しているとやはり遠くからでも目立つらしい。
だんだんと近づく声とサイレン音。
悩んでる暇はない。
ただ改めて見る川の流れの速さと川までの距離の長さに躊躇する。手すりから覗きこみもう一度確認しようとしたとき、さんざん雨で濡れたのと緊張からくる手汗で滑って橋から体が投げ出された。