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ストックあるので
神殿に入っていき、しばらくすると綺麗なステンドグラスから差し込んでくる光が消えて、ぼつぼつと雨が当たる音が響いてくる。
「雨ね……」
「雨はこの地域では珍しいけど、やはり、水神の影響だろうね」
「慈愛の雨ならいいけど……実際はそうではなさそうね」
二人が意味不明な話をしながら歩いている。
さっきまでいい天気だったのに急に天気が変わったなといつも土壁越しで聞く雨の音と違う当たる音を耳にしながら歩いていると広い空間に辿り着く。
その空間の先には人影が一つ。
「――元気そうで何より」
銀色の髪。青い目。両手の甲には不思議な模様があると思ったら模様は金色の瞳に姿を変える。
「地上に降りた星。ポーラ様に会えて光栄です」
ファリカが頭を下げるとゼファも同じように頭を下げる。それをまねして慌ててヘアラも頭を下げる。
「――元気そうでよかった」
声だけ聞いても男の人なのか女の人なのか分からない。名前からして女性だと思うけど。
「ポーラ様も」
ファリカが嬉しそうに微笑む。
「立ち話もなんだ。お茶を用意してもらった。こっちだ」
とポーラ様が告げると二人の女性が現れて案内してくれる。
案内されたのはイスとテーブル。あちらこちらに置かれているソファのある部屋で、好きに座るといいと言われたのでクッションなのかソファなのか分からない物体に腰を下ろす。
「リラックスしているな」
「え、ええ……」
くつろいでいるとどう答えればいいのか困ったようなファリカの声が聞こえる。
「気を抜きすぎだと言いたいだろうが、その方が測定がしやすい。それに、預言通りなら他者を害さないようなら好きにさせればよい。我も許容したしな」
ポーラ様の言葉を聞いて、
「あの……駄目。でした……?」
不安になって尋ねる。
「気にするな。好きにしろと告げたしな。――自由の意味をはき違えておらんようで、そなたらの育て方がよかったのだろう」
いい事だとファリカとゼファに告げているのを聞いて、よく分からないが二人が褒められたのだと思ってうれしくなる。
「名は…ヘアラだったな。少し調べさせてもらう」
ポーラ様の言葉と共に額に平たい透明の板が近付けられる。
「?」
平たい板が光ったと思ったら金色の字が浮かび上がる。
【神子】(孵化10日)
魔力0
神力∞
「やはりか……」
ポーラの言葉に二人が緊張した面持ちになっている。
「ねえ、孵化って」
何?
そう続くはずの言葉が、
「お待ちください!! そちらはっ!!」
どんどんどんという音と共に焦って止めようとする声。
「引っ込んでいろ。俺は次期王だぞっ!!」
と乱暴な口調で命じる声。
ゼファの表情が不快気にゆがみ。扉の前に立って、いつでも攻撃できるように暗器を取り出している。ちなみに普段は剣を持っているが、剣は神殿に入る時に預けていた。
「決まりなのでっ!!」
「じゃあ、【聖女】であるあたしが命じます!!」
扉の向こうの声を聞いて、ファリカの表情が……なんと言えばいいのか消えていた。
怒りとか悲しみとか憎しみとかそんなものではなく、表情の無い。【無】そのものだった。
ばぁぁぁぁぁん
勢い良く開かれる扉。
「――無礼者が」
「これはこれはポーラ様。なにぶん火急の用で」
言葉は丁寧だが、どこかこちらを馬鹿にしているような声。
こんな声をよく聞いていた。ゼファとファリカに会う前。常にこんな声の中を聞いていた。
馬小屋の中に閉じ込めて、何かあると鞭を持って暴力を振るった人たちが。
人買いが自分たちの意にそぐわない事を行った時に。
必ず、張り上げてきた声だ。
「火急の用。とは」
ポーラ様が淡々と問い掛けると。
「ええ。貴方様が【預言者】のスキルを発動させて、【神子の卵】を見つけ出したとか。その【神子の卵】は人買いに攫われた子供だというのでこちらで親に会わせて保護しようと思っていたのですよ」
会わせる………。
びくっ
『何でお前のような出来損ないが!!』
『ほら、生かしてもらえるだけでもありがたくおもんだね!!』
鞭の音が聞こえる。
野菜くずの入った皿を地面にひっくり返されて、地面に顔を押し付けられるように食べさせられた感触がする。
青ざめて、震えて、身を庇おう用に身体を丸めると事態に気付いたファリカがそっと抱きしめてくれる。
「人買いに攫われて、ずっと心配で嘆いていた農民の夫婦が娘を探してくださいと懇願してきたのできっと喜ぶでしょう」
嘘だ。
攫われたなんて嘘だ。
自分たちで売り払って、やっといなくなると喜んでいたのを覚えている。
「娘も引き離されて不安だったでしょう。会わせてあげようと思って」
会いたくない。
いや。
必死に離さないでとファリカの縋るように服を掴む。そんなヘアラに大丈夫よと頭を撫で、
「あら~。お久しぶりですわね。イザルド・レグルス殿下。と聖女マリス」
綺麗なお辞儀――カーテシ-だと後で教えられた――をして、ファリカは二人をけん制する。
「お前……っ⁉」
信じられないとファリカを凝視する殿下と呼ばれた男性と。
「ラウファリカ………ミルキーウェイ………」
忌々しいと睨んでくる聖女と呼ばれていたのにちっとも聖女らしくない女性。
「あら。覚えていてくださったのですね。――冤罪を掛けて、北の塔に幽閉させて、王族のすべき勤めをすべて押し付けようとした元侯爵令嬢の事など」
と微笑みながら毒を含んだ言葉を返していた。