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楽園遊記  作者: 紅創花優雷
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野良の白龍王子

 そうして馬で歩いてくと、ある場所から一気に木々や草も無くなり、目の前にはまさに荒野という言葉がふさわしい景色が広がる。

 馬から降りて、辺りを見渡す。

「うわぁ、こりゃやべぇな」

 この荒れ具合、明らかに自然と起こったものではない。どこの誰の仕業は容易く分かった。

 覇白と言う白龍が色々あって暴れて出来た場所、超越者はそのように話していたか。思い返しながら辺りを見渡したその瞬間、白く長い物が横切ると同時に馬の姿が消えた。

 急いでその方向に目をやると、そこでは大きな白龍が宙に浮かび、まさに今馬を丸呑みしている所だった。

 馬を食道で潰し胃袋を満たす。骨が砕かれるあまり心地良くはない音が鳴りやんだ後、満腹になれたのか満足気に声をを漏らした。

「あぁ……美味しかった……」

 満足した後に、彼はそこにいた二人の人間に気が付く。

「もしかして、今のお前らの馬だったか?」

 余程腹が空いていたからか、分かっていなかったようだ。少し間違えたら、今彼のお腹の中で消化されているのは自分だったのかもしれないと思うとゾッとする。尖岩はその恐怖を誤魔化すように、大声で覇白に文句を言った。

「そーだよ! 勝手に食いやがってよ、せめて一声かけろよ!」

「す、すまない。お腹が空いていたもので……」

 申し訳なさそうに視線を逸らすと、龍はその場で風に包まれ人の形に姿を変える。

 人型になった龍は、ただでさえデカい白刃よりも数センチ身長が高い。それを見て尖岩は、これだと大きいのと大きいので挟まれるのでは? と、ショックを受けていた。

 そんな尖岩は他所に、白刃は人型となった龍に尋ねる。

「貴方が覇白ですか?」

 人がよさそうな笑みを見せた白刃に、思わず「うわっ」という声が漏れそうになったのはここだけの話にするとしよう。尖岩はなんとか一声を押さえ、龍の反応を伺う。

「如何にも、私が覇白だ」

 龍はこくりと頷いて答えると同時に、怪訝そうな表情を浮かべた。

「もしかして、超越者の差し金か……?」

 恐る恐る尋ねてくる覇白に、白刃はニコリと笑う。

「私たちはただの旅の者ですよ。ただ、道に迷ってしまって……ねぇ、尖岩」

「お、おう」

 流れるような嘘にドン引きしつつも、話を合わせる。ここは大人しく、下手に突っ込む事はしないでおこうと決めた。

「その様子、どうかなされたのですか?」

 白刃の好青年の笑みに、覇白も警戒心を解いていた。まだ初対面の相手に、身の内を話し始める。

「実の所、私は『龍ノ川』第二王子の覇白だ。それで、私には婚約者がいたのだが。実はその、その婚約者が他の男を連れていて……問うてみたら、父上の、つまりは龍王の宝を一つ燃やせと言うんだ。そしたら、この男は捨てると」

「だからその、燃やしたんだ。宝珠を、一つ」

 そう語る覇白は、なんんともおどおどしていた。宝珠というのがどれ程の価値か知らないが、例え価値が低くとも宝は宝だ。

「そりゃ、怒られるわな」

 尖岩の率直な感想に、覇白は改めて恥じるように頷く。

 白刃は大方理解していた。恐らく、そんな事をした後その龍王に怒られたからか怒られるのが怖いからか、逃げて暴れた結果がこの荒野の有様なのだろうと。

「それで、なぜ超越者が?」

 問うと、彼はさりげなく視線を逸らす。

「奴が何を考えていようが、私は父上と顔を合わせるのが怖い」

 気まずさと恐怖からそんな事を言う覇白は、やらかした後の子どものようで。実際やらかした後なのだが。

 その後、覇白は話を逸らそうとしたのか、一つ提案をしてくる。

「そうだ、旅の者。馬を食ってしまった詫びだ、荒野の出口まで送ってやろう。私は龍だからな、スピードには自信がある」

 彼のその気遣いに、白刃はしめたと言わんばかりに笑みを浮かべる。その笑みは同じ笑みでも、人の悪い方の笑みだ。

「じゃあ、馬になれ」

 相手を間違えた、その一言に尽きるだろう。龍の伝説を知る者なら当然のように知っている事だが、龍は自尊心とプライドの塊のような気高い生き物だ。その頭を下げるのは、超越者相手だけだとも言われる程。

 つまり、龍にとっては馬に化けるなど論外なのだ。

「お前、相手を間違ったな。同情するぜ」

 尖岩が苦笑いを浮かべると、覇白は風を纏い龍の姿に戻り、間髪開けずに一目散に逃げだした。

 先程本人が言っていた通り速く、白刃はそんな風に飛んでいく白龍を目に尖岩の背を押す。

「尖岩、捕まえてこい」

「え、マジで言ってる? 相手龍だぞ」

「行ってこい」

 圧が凄かった。これは端から拒否権などないのだろう。仕方ない。

 尖岩はぴょんと一つ飛び上がり、持っていた力で雲のような乗り物を作った。その名は栗三号、この術自体は、尖岩が使える数少ない術の一つだ。

 龍には多少劣るが、この栗三号も速さが自慢の乗り物だ。まぁ、強度は悪いが。そこに乗っかりながら、逃げる覇白の後を追う。

「おーい、覇白! 今のうちに言う事聞いておかないと、酷い目会うぞ⁉ 今のうちだぞほんと!」

 あの男はホント、何をしでかすか分からないから。今世紀最大とも言える声で呼びかけると、覇白は止まる事無く返答する。

「馬鹿言え! 私は龍だぞ、馬なんぞに化けてたまるか! 自尊心が許さない!」

「んなもんとっとと捨てろ!」

 覇白はそのまま荒野を抜けていくかと思ったが、くいっと身をひるがえし、野の中の非常に大岩の影に入った。荒野の中で唯一残っている根強い大岩たちは、自分が身を隠す場所であり同時に寝床だ。

 隠されたその場所で人の姿に化ける。尖岩は急に姿が見えなくなったことを不思議に思い、辺りを見渡して探している。これでしばらくは見つからなさそうだ。

「はぁ……まさか、あのような奴が来るとは」

 あのちまっこい奴はともかく、人間はここまで来られないだろう。荒野はそこそこ広く、あそこからここまでは、人の脚では直ぐには来られまい。

 そうたかをくくっていたわけだが、それは大した見当違いなもので。

「心外だ。俺は食われたものの代償を払ってもらおうとしただけだ」

 龍である自分に馬に成れと言ってきた奴と同じ声が、正面から飛んできた。

「そうかもしれないが……って」

 気が付いて確認をすると、普通にいた。そう、普通に。

「お前、なぜ……」

「そりゃ、術使って」

 当たり前だろと言わんばかりの返事だ。

 しかし、それにはツッコまなければならない。力を持ち、尚且つそれを瞬間移動を使える程巧みに操れる人間はそこまで多くはない。とくに、覇白は白刃の事をただの旅人だと思っているのだ。

「普通の旅人がそんな術を使えるわけなかろうが! 四壁の弟子とかだったら分かるが……」

 無意味に身を引いた覇白が吠える。その後、自分で口にした事で察しがついたようだ。

「まさか、お前」

 恐る恐る尋ねると、フッと小さく笑って答える。

「ご名答。俺は、堅壁の弟子だ。ついでに言えば、超越者に言われてここに来た」

 岩によって塞がれた逃げ道。迫るように距離を詰めると、白刃は突如話し出した。

「あの馬は従順過ぎた、非常につまらない」

 お前は馬に何を求めているんだと、そう言う目が白刃に向けられる。唖然としている覇白に、白刃は微かに口角を上げていた。

「喜んで受け入れられるよりも、嫌がって抵抗する奴をねじ伏せた方が興が乗るといったものだ」

「ついて来い。お前を開放して、共に天ノ下に向かう事が、超越者に押し付け……頼まれた要件だ」

 数秒考えた後、覇白が顔を上げる。

「断ろうとも、はいと言うまで逃がしてくれないのだろう?」

「そのつもりだ」

 即に答えを出すと、覇白は頷き足元から風を巻き起こす。また逃げるかと思ったが、風がやんだ後、そこには普通の馬より一回り大きい白馬がいた。

「これでいいであろう? 不本意だか、渋るとこの先が怖い」

 賢明な判断だろう。馬となった覇白を満足気に撫でると同時に、尖岩が降りてくる。栗三号をしまうと、そこにいた不服そうな白馬を目にして目を開く。

「龍のプライドねじ伏せられるって、マジで何者だよオイ」

「キャア……」

 猿吉までもが驚きと引きの混じった鳴き声を漏らし、ドンマイと言いたげな顔を覇白に向けていた。まぁ覇白は猿なんかに同情されたくないだろうが。

 やはりどう足掻いても屈辱的だったようで、その後すぐに姿を戻した。

「所でお前等、名は何と言う?」

「俺は白刃だ。そんでもって、このチビはかの有名な大悪党だ」

 流れるようにそんな紹介をする白刃。勿論、間違ってはいないのだが。その紹介の仕方は少々不服だ。

「大悪党と言うと、もしやお前が尖岩か⁉ 何と言うか、子どもみたいな奴だったんだな……意外だ」

 恐らくこいつも、かの有名な大悪党は筋肉隆々の大男だとでも思っていたのだろう。

 チビだとか見た目が子どもみたいだとか、揃いも揃って高身長の奴等が何を言うかと。

「うっせぇお前等がデカいだけだっ!」

「キャアッ!」

 猿の言葉は分からないが。きっと「そうだそうだ!」とでも言っているのだろう。当のデカい奴等は、あまりピンときていなさそうだが。



 昨日の出来事を簡潔に説明すれば、荒野で龍を捕まえたと言ったところか。その日の夜は覇白の寝床を貸して過ごした。

 そして今は、覇白が馬として走っている。ついでに言えば、背中に白刃を乗せて。そして覇白の少し後ろでは、尖岩がほぼ寝起き状態の猛ダッシュでそれを追っていた。

 日が昇ったばかりに何故こんな事をしているのかと言うと、事の発端は五分前になる。こんな朝っぱらに、尖岩は頭の輪を締められた痛みで目が覚め、覇白は文字通りたたき起こされた。

 どうやら、朝早く起きた白刃が暇を持て余していたようで。本当に、暇で暇で仕方なかったようで。それで、こうなったわけだ。

 普通の馬より早い馬の覇白の上、白刃は背後から必死に追いかけてくる尖岩を目に、その背を叩く。

「もっと早く走れ。尖岩に抜かされるだろう」

「無茶を言うな! 私は馬の体で走るなんて始めてなんだ!」

 抗議をしながらもせっせと脚を動かす。二足ならまだしも、当然ながら四足歩行なんてした事もないのだ。

 距離を縮める尖岩は、そこから声をあげる。

「俺の方こそ無茶なんだよ! こんな朝っぱらに起こしといて、なんで競争しないといけないんだっ!!」

 ゴールは向こうの荒野を抜けた目と鼻の先にある樹だ。まぁ、朝の運動には丁度いいかもしれない。かもしれないが、それでも寝起きの猛ダッシュはきついモノだ。

 文句を言いながらも走り、覇白があと少しでゴールだという所で、尖岩が速度を上げて追い抜かす。そうして、そのまま先に木にタッチした。

「おっしゃー! 俺の勝ちぃ!」

「私だって、本来の姿であれば勝てたのだぞ!」

 悔しそうにしている覇白は、もう一つ上に乗っているこれがなければいけたとも口走りそうになったが、そうすると怖いため何も言わないでおく。

 きっと、そんな彼には気が付いているのだろう。しかし、知らないふりをして言う。

「面白かった」

 ほこほこしているように見える白刃はまるで子どもみたいで可愛らしくも見えたが、無理に起こしてという点と時間がどうも可愛くない。

 空を見上げると、それはもう、早朝も早朝の空だ。いつもの尖岩ならあと二時間は少なからず寝ているだろう。

「それは良かったな。だけど、もう朝にはやらせないでくれよ。この時間はまだねみぃんだ」

 どうしてこうも、揃って朝っぱらに起こしてくるのか。そんな事を心の中でぼやきながら一応お願いしてみた。

「分かった。明日もこの時間に起こす」

 しかし、当の本人はこの返答で。

「ねぇ今の俺の頼み聞こえてた?」

「聞こえた上でだろ」

 当然、嫌がらせと言うか何というか。そういう癖のやつなんだからそりゃ嫌がる方を選択するだろうと。

 まぁ自分は元より早起きなほうだったからまだマシなもんだが。それはいいとしても、覇白は一つ気になった事があった。何かというと、白刃の極端に短い睡眠時間だ。

 覇白は気が付いていた、白刃が全然寝ていない事を。夜中までずっと起きていて、やっと眠ったと思ったらそれは日が回って二時間程経ってから。それで自分と尖岩が叩き起こされたのはこんな早朝だ。まだ若いから大丈夫なのかもしれないが、このままでは体が心配になる。

「しかし、白刃よ。お前は睡眠時間が短すぎやしないか? 二時間も寝ていないだろ」

 問うてみると、白刃は睡眠不足を全く思わせない顔で答える。

「寝ているというか、気付いたら夜が過ぎて朝陽が登っている」

 それは、もっとダメなのではないか。しかし、何を言っても人の睡眠の癖はどう出来るモノでもないかと。

 ここまで来たついでだ、先に進んでしまおう。次の目標は、近い場所ではないがここから行ける場所にいたはずだ。

 さて行こうと、そのまま先に進んだ時。上に緑色の衣が見えた。

 それだけで何かを察した尖岩は、急いで一歩身を引き、落下地点から退いた。

 ずどんと大きな音を立て落下してきたそいつ。尖岩からすれば、見覚えしかなかった。

 尖岩より数センチだけ大きいそいつは、戦意を見せながらも嬉しそうに笑っていた。そんな彼が尖岩の名前を呼ぼうとしたところで、先回って声を上げる。

「よぉ三歳児! ひっさしぶりだなぁ」

「だから同音異義!」

 軽快にツッコんだその彼は、とっても嬉しそうで。

 三歳児と呼ばれ、それで同音異義だと言う。その一連のやり取りで白刃は察した。彼が次の目標、山砕だ。

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