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第9話 彼女はゲラだった

「あはっ。やっぱり逃げた」


 ボルトが手に触れる直前、俺は腕を引っ込めて距離をとった。あの手に触れたら、ダークウルフやミーアのように電撃が体内を這えずることになる。想像するだけで鳥肌が湧くな。


「……う、うるせぇ」


 口では対抗しているが、マジで内心ガクブルだ。俺のスキルなんて、芸人でもない奴が持っていても意味がない。


「ビビってるなら、カッコつけなきゃいいのに」


 カッコつけるな?


 俺だってそうしたいけど、この世界の自分がそうさせてくれないんだ。ビビって今すぐにでも謝るなり、逃げたいが……同時に立ち向かえと心の中で訴えてくる。


「うるせえ!」

「ふん、同じ言葉しか言えないんだぁ。さ、そろそろウザいからくたばってよ」


 ボルトは全身にビリビリと蒼い電気を纏い、一瞬にして……残像だが残して消えた。


__ビビッ!


 電撃が走る音を残し、グルグルと俺の周囲を回り始める。いつしか彼女の姿形は見えなくなり、蒼い雷の壁ができていた。


「は、速すぎだろ!」


__ジジジッ


 目で追うことは不可能。周囲の壁は、ゆっくりと円の中心にいる俺へと迫っていた。簡単に倒せるくせに、じっくりと恐怖を叩き込むような攻撃だ。走る電撃が僅かに頬を掠めると、カッターで切られたような火傷が出来た。


「そこの女と同じにしてあげる!」


 ボルトの声がこだまし、俺への攻撃が迫っていた。クソ、手加減しないってどの程度なんだよキールちゃん!


 まさか、殺すなんてことないよな?ミーアは死んでなかったし。で、でもうっかりで出力が大きくなるなんてことも!


「……あぁぁ!」


 俺は気合を入れるように、無意味な威嚇を発する。


「ばいばーい」


 威嚇なんて動物にしか効かないに決まってるじゃないか!

くそ、もうやけっぱちだ。渾身の......渾身のやつ一発ぶち込んでやるよ!


「ふっ布団が……ふっとんだぁぁぁぁぁああ!!!」


 渾身の......ぶち込んで......やったぜ......。


「「……え?」」


 ダジャレを口にした瞬間、ボルトの拳は鼻先数センチ手前で止まる。ビリビリと広がっていた雷の壁は消え、ミーアとキールが冷たい視線を向けていた。いや、彼女らだけではなく、俺らの戦いを見守っていた人々も目を丸くしていた。


「……」


 てか、沈黙長すぎん?


 やっべ、脇と背中に汗だらだら湧いてきた。思えば忘年会で前の人がマジックで場を湧かせた後、ハードル激上げの状態でしんみりした空気の中、お腹をぽよんぽよん揺らしていた。


「オルテガくん、いくらなんでも」

「すごい……ですね」


 憐れんだ目やめてくれよ!

俺だって、俺だって寒いダジャレなんて言いたくは……!?


「キャハハハハ!!! 何それ、布団がぶふぉ……布団が吹っ飛んだだって!」


 落ち込んでいると、目の前から大爆笑の声がしていた。拳を構えたまま、ボルトは目元に涙を浮かべてゲラゲラと笑っている。こんなしよーもない親父ギャグで笑うって、どんだけ弱いんだこいつ。


「「……えぇ」」


 キールとミーアは、ドン引きする対象を俺から彼女に移した。そんな2人の反応も気づかず、笑い合えた彼女は涙を拭いた。


「命乞いにしてはいいもの見れたわ。ま、許さないけどね!」

「許さない……ね」


 スキルが発動し、俺は速攻でボルトの能力をリセットするボタンを押した。しかし、彼女はそのことに気づかずニヤリと不気味な笑みを浮かべる。大きく腕を振りかぶり、俺の身体目掛けてパンチしてきた。


「は……はぁ? な、なんで!」


 __ポカッ


 ボルトのパンチが胸に当たるも、電撃は伝わってこなかった。彼女も電気を纏っていなければ、年頃の女の子の弱々しい力だ。目を丸くする彼女は、能力がリセットされたことが理解できず何度も何度もパンチしてくる。しかし、全く電気を帯びない拳に焦りを見せる。


「なんなんだよおっさん! キール、キスするから早く来て!」


 この状況でキスしたいって、どっちかがキスをすることで発動するスキルを持っているのか?まぁ、そんなことどうでもいいや。俺がポキポキと拳を鳴らすと、ボルトは怯えた顔をした。


「何でもいいさ。ミーアを傷つけた分、お返しさせてもらうからな」

「は!? ふざけないで! キール、ねぇキールったら! そんな女の手当してないで私のとこ来なさいよ! お、おっさんくるな! キモイキモイキモイ!」


 ボルトには、2度と俺らに歯向かわないようキツいお仕置きをしなきゃな。……ぐへへ。

いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!

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