朝起きたらパンツの中に米が入ってたんだが
朝起きると、パンツの中に大量の生米が入っていた。布団にも少しこぼれている。昨日は酔っ払っていたから、自分でふざけて入れたんだろうな、と思い米びつに戻した。
そういえば、俺はいつも朝起きるとおしっこをするのだが、今日は尿意がない。珍しい。そういう日もあるんだな。
顔を洗って歯を磨こうと洗面所に行くと、娘が先に歯を磨いていた。
「ん、んふーふ、んふうー(あ、お父さん、おはよー)」
「おはよ」
まだかな。半分寝てる状態だから早く顔を洗ってシャキッとしたいんだけど。
「んひっ! んほんほんほうっほっほ! うっほうっほうっほうっほうっほっほ!(痛っ! 歯茎から血が出た、見てよほら〜)」
「何おっさんみたいなこと言ってんだ、どれ、見てやるか」
娘の口の中は真っ赤に染まった米で満たされていた。なぜ米? そういえば口の中が甘い。味わってみると、米のような味がした。口から出して見てみたが、やはり米だ。なんだ?
「ほひほ(おっさんじゃないよ! ほんとデリカシー無いんだからっ!)」
娘は俺に歯ブラシを投げつけ、リビングの方へ走っていった。ちょうど口の中に入った娘の歯ブラシは、血の味がした。とりあえず水で洗ってそのへんに置いておこう。
蛇口を捻ると、大量の米が出てきた。うん、分かったぞ。水が米になる夢を見てるんだな、俺は。
「きゃー! なにこれ!」
台所から妻の叫び声が聞こえた。
「どうした!」
「あなた! 米びつにおしっこみたいな臭いの液体が!」
俺は米びつを覗いてみた。湿っているようには見えないし、臭いも特にしない。
「何もないじゃん」
「え、マジで言ってんの? ちょっと佳奈〜、パパがおかしいよー!」
変人扱いされて娘を呼ばれてしまった。躾のなっていない猫を飼っている訳でもあるまいし、米びつにおしっこなどありえないだろう。
米びつを開けて、おしっこをして、また閉めるわけだろ? そんなの人間にしか⋯⋯俺か!
まあ夢っぽいし気にすることないか。
「あなた今何かを思い出したような顔をしたけど、隠し事してるんじゃないでしょうね」
夢なので怒られてもいいや、と思い俺はさっきのことを話した。
「朝起きたらパンツに米がいっぱい入ってて、それを米びつに戻したつもりだったんだけど、今日は俺だけ水分が全部米に見えてるみたいなんだ」
それを聞いた妻は唖然としていた。
「意味分かんないけど⋯⋯もしそうだとして、百歩譲ってあなたの言っていることが本当だとして、なんでパンツに入ってた米を戻した? 人としておかしくない?」
言われてみればそうだ。だが夢なんだから仕方がない。夢の中ではおかしいこともおかしくなく感じてしまうのだ。でもまあ、夢の中とはいえ礼儀を欠くのは俺のポリシーにも反するので、謝っておこう。
「はーいごめんなちゃ〜い」
「おちょくっとんのかコラ」ベシ!
妻は俺の左頬目掛けて強烈なビンタを放った。俺の入れ歯は吹っ飛び、頬を切ったようで口から赤い米が出ている。
痛い。猛烈に痛い。ということは、これは現実!?
「あなた、血が出てるじゃない! ごめん、やりすぎた⋯⋯」
妻は心配してくれているが、血が出たことよりも、血が生米なことを心配してほしいものだ。やはり俺だけなのか、米に見えているのは。
「いろいろ疑ってごめんね。信じるわ、全部。何かの暗示にかかっているのかもしれないわね。とりあえず水筒にお茶入れておくから、米に見えたとしても飲んでね」
米を飲む? 怖いな⋯⋯
「分かった、持ってくよ。ありがとう。じゃ、行ってきます」
怖いけど水分摂らないと死んじゃうから会社に持っていくことにした。今日は朝からバタバタしていたのでご飯を食べる暇もなかった。そういえば、炊いたご飯は俺の目にはどう映るのだろうか。
そうだ、この先の角に自販機が置いてあるけど、どうなんだろうか? 俺は自販機まで早歩きをした。
自販機の前まで来たが、見覚えのあるいつもの自販機だった。考えてみれば当然だった。自販機に並んでいるのは本物のドリンクではなく、プラスチックなどに絵を印刷しただけのものなのだから。
「死ねぇ!」
突然後ろから声が聞こえた。その瞬間、背中に激痛が走った。急いで後ろを向くと、徳川家康そっくりの男が刃物を持って立っていた。この刃物で俺は刺されたのだろう。
幸い傷は深くなかったので、俺は逃げることを考えた。クソ、痛てぇ⋯⋯背骨に突き立てやがったな、こいつ。性格悪いわ⋯⋯
「死ねぇ!」
男は刃物を構えながらこちらに走ってきた。仕方がないので応戦することにした。俺は刃物を避け、やつの懐に入った。服をつかみ、思い切り背負い投げをしてやった。
ドシン、と地面に打ち付けられた男はピクピクと動いている。危ないのでとりあえず刃物は奪っておく。
「死ねぇ⋯⋯!」
「お前それしか喋らねぇのかよ」
とりあえず警察呼ぶか⋯⋯いや、会社に遅刻の連絡を入れるか。ああ、違う、俺刺されたんだった。会社行ってる場合じゃないわ。
「死ねぇ!」
俺は腹が立っていた。朝から変なことが起こって妻に怒られ、何も飲めなくて喉が乾き、挙句の果てに徳川家康似の不審者に刺される。こんな不幸なやつがいるか?
そうだ、こいつにコレを刺してみよう。他人の血も米になるのか確認したかったんだ。良かったよ、ちょうど切っても怒られない人間にしか出会えて。
「悪く思うなよ」スパッ
俺は家康の手首を切りつけた。やはり赤い米が溢れてくる。ということはコーラは黒い米か? ソーダ水はどうなんだろうか、綺麗なんだろうか。
「死ねぇ!」
家康のパンチが俺の左頬にヒットした。入れ歯は吹っ飛び、赤い米が少し出た。くそ、外だから入れ歯洗うとこ無いじゃねぇか。とりあえず無しで過ごすか。
とりあえずこいつを警察に引き渡して、その後病院だな。もしかしたらこの米に見える現象も病気かもしれないしな。
『事件ですか、事故ですか。何がありましたか?』
「あ、もひもひ! いひなり徳川家やひゅひひゃひゃれへ⋯⋯ひゃい、ひゃい⋯⋯あ、ひゃい!」
なにひとつ伝わらなかったようで、途中で切られてしまった。警察が来ないとなると、こいつは殺すしかないな。下手に生かしといて命を狙われたら、たまったもんじゃないからな。
俺はその場で家康を切り刻んだ。目の前には大量の赤い米の海が広がっていた。海⋯⋯そうだ、海どうなってんだろ! 行ってみっか!
「ヘイ、タクヒー!」
俺はタクシーを呼び、海へ向かった。
「お客さん、スーツ姿で海なんて珍しいですね。あの⋯⋯死のうとか考えてませんよね?」
「ないない! ほんなことひまへんよ! びっくりひたなぁもう!」
海に着くと、綺麗な青い米が無数に見えた。
「43600円ね」
「うるせぇ!」
砂浜に降り、しばらく歩いた。潮風が気持ち良い。海では大きな魚がたまに飛び跳ねている。こんなにたくさんの米に魚が⋯⋯なんて直接的なお寿司なんだ。
さらに歩くと、仕事をしているはずの上司が砂浜から生えているのを見つけた。そうか、こういう日もあるのかぁ。あ、蚊に刺された。かゆっ。
俺は砂浜に生えている上司に近づき、彼の右頬をビンタし、隣に腰を下ろした。
「平松さん、俺今日おかいしんすよ」
いつの間にか普通に喋れるようになっていた。3時間のタクシー移動の中で運転手とたくさん話をしたため、歯が生えてきたのだろう。
「お前はいつもおかしいぞ」
いつもおかしいと思われてたのか。急に恥ずかしくなってきた。気まずくなったので、上司と一緒にカニ型のテレビを眺めた。カニの形の液晶なんて初めて見たなぁ。超見づらい。
『ミサイルがなんちゃら、ミサイルがなんちゃら、それをミサイルで迎え撃ってなんちゃら』
ニュースでミサイルという言葉をこんなに聞く事になるとは、子どもの頃は想像もしなかったな。みんな仲良く出来たらいいのにな⋯⋯
「やぁ、ごきげんよう」
砂浜でテレビを見ていると、隣にいた平松さんの匂いにおびき寄せられて来た総理大臣が俺たちに挨拶をした。
「ごきげんよう」
俺は挨拶を返した。総理はその場に立ち、浜辺に落ちている流木を指さして言った。
「犬!」
その後東に4歩進み、落ちていたチョコレートの包み紙を指さしてこう言った。
「台風」
この国大丈夫か。こいつ総理大臣なんだぞ。助けてくれ。
総理は俺をビンタし、俺の隣に腰を下ろすと、テレビを見始めた。結局みんなテレビ見るんだな。せっかく海まで来てもやってることは家と同じ。
『世界中の亀がひっくり返るという事件が起きました。目撃者によると、犯人の特徴は59歳から59歳の総理大臣、男性、身長は171cmとのことです。続いてのニュースです』
それを聞いた総理はテレビを指さして言った。
「塩大さじ4と塩小さじ1、醤油小さじ2を混ぜたものを焼いたパンに塗ってください。これがいわゆるドイツ人です」
総理の言動を研究している機関の発表によると、彼は緻密な計算に基づいた発言をしており、その発言を表にまとめ、グラフにしたところ、富嶽三十六景に酷似した絵が浮かび上がったという。だからなんだよ。
そうだ、水筒の中身を2人に見せてみよう。ちゃんと2人ともお茶と答えるだろうか。
「これ見てください、総理」
「ネクタイだあ。390円のネクタイ! とても手の届かない品⋯⋯」
総理にはネクタイに見えているようだ。390円はさすがに高すぎるだろ。30年ローンの俺の家でも140円だぞ。
次は上司に見せてみる。
「平松さん、これなにに見えます?」
「えっ? この水筒の中身?」
「はい」
上司の平松さんは水筒の中を覗き込んだ。
「⋯⋯お母さん! うう⋯⋯久しぶりだねぇ! お母さん! ううん、泣いてなんかいないよ、泣いてなんか⋯⋯うわあああああああんって俺の顔がお茶に映ってるだけやないかい! 確かに親子同じ顔って言われるけども!」
やはりお茶のようだ。なら飲んでも大丈夫だな。俺はお茶を水筒の蓋に注ぎ、口へ運んだ。
舌で触った感じは完全に生米だ。しかしすんなりと喉を通った。ゴクゴク行けてしまうような軽さだ。生米のくせに、美味しいじゃないか! 朝から何も飲んでいなかったので、もう1杯飲むことにした。
「半熟の弁護士! が登った山は8万円で落札され、出品者は懲役6年、購入者は呪いの人形の夢を見るようになったという。その山はトンネルが11個あるらしい。俺もそうなりたいと思ってるさ」
「ブーーーーーッ!」
あまりに早口な総理に思わず笑ってしまった。口から米を噴射してしまった。
「え! 今口から米出したよね! やっば!」
平松さんが俺を見て驚いている。さっきまでお茶に見えてたのに、俺の口に入って出たお茶は米に見えるのか。
「パク⋯⋯米だ! いつの間にそんな特技身につけたんだよ! ちょっと知り合い呼ぶわ!」
直ぐに到着した平松さんの知り合いは俺を連れ去り、謎の液体の中に俺を放り投げた。
液体⋯⋯!? この世にまだ液体が残っていたのか!
体に無数のチューブを刺され、蓋を閉められた。ひどい眠気が襲ってきて意識が遠のく⋯⋯
「いやー、今日も豊作豊作!」
目が覚めると、俺は見覚えのない民家にいた。目の前には見知らぬ老人がいる。んっ、鼻が痛い。⋯⋯なんだこれは! 鼻の穴にチューブが1本ずつ入っている!
「次行くべ〜」
老人は俺の鼻のチューブに繋がっている漏斗に水を注いだ。水に見えるということは、治ったのか! ていうか、鼻に水が来ちゃうよ! やめてよ!
「さ、たくさん頼むぞえ〜」
老人は俺のアゴのあたりで袋を広げて何かを待っている。ぐっ、鼻が⋯⋯ぐ、がぼがぼがぼぼぼぼ⋯⋯
鼻から入った水が米となって口から出ていく。その米を老人が袋で受け止めている。
「じいさん、これはいったい⋯⋯!」
「しゃ、喋ったああああ! 当たりじゃあああああ!」
老人は大喜びしている。
「喋るのは当たり前でしょ。んで当たりってなんですか、詳しく教えてください」
「オリジナルしか喋らないって聞いてたから驚きを隠せなかったんだ」
老人に聞いた話によると、俺はクローン技術によって量産され、1家に1台の米吐き機として重宝されているらしい。もう家に帰れないのだろうか⋯⋯