第99話 自己紹介 Ⅸ 柊夏帆
「では、自己紹介特別編と行こう。生徒会書記で、ファッション誌でたまに見かける柊夏帆先輩だ。これぞ自己紹介という完ぺきな見本を見せてくれるので、しっかりと勉強するように!」
「それは先生、あまりにもハードル上げすぎです。下潜れるくらい、あげてます。」
柊先輩が苦情を言いながら後方から綺麗な歩みで教壇に着いた。
「改めまして、柊夏帆です。出身はここの中学ですが、住んでいるのは湾高市です。住所までは個人情報のため秘密です。生徒会には1年生の時から関わっていて、去年書記に立候補して、今現在に至るって感じです。興味のある方は、生徒会室をのぞいてみてください。」
見本と言えば見本。
無難っちゃあ、無難。
ただ、生徒会の役員というだけあって人前での発言に変な照れはない。
相変わらずの容姿端麗さに加え、先ほどまでの笑い方も見てきたこのクラスの人たちにはより親しみやすい雰囲気になっている。
これも人に見られるバイトの賜物なのかもしれない。
「身長は163㎝で、当然のことながら体重は秘密です。岡崎先生からもありましたが、ファッション誌で読者モデルの活動もしていますが、この事は、ま、余計なことですね。」
「「余計なことじゃないです!」」
二人の女子生徒の声が揃った。
揃った二人もびっくりしてお互いを見る。
今野瞳さんと山村咲空さん。
全くの同じ言葉に、さすがの柊先輩も少し引き気味。
声の合ってしまった二人も居心地が悪そうにしていたが。
山村さんが立ち上がった。
「余計なこと、じゃないです。ファッション誌の読者モデルがそんなに割のいいものではないことは知ってますが、私たちのような女子から見れば憧れそのものです。なりたくてなれるってものではありません。ですからその経緯とか経験を聞ける機会は、私にとって非常に重要なんです。」
そう言えば、さっきの校舎案内の時、結構先輩に絡んでたっぽいもんな、この女子。
そこそこ見た目がいいから、きっと自信持ってるんだろうな、自分が劣化版だという意識もなく。
(光人!いくら本当のことでも、本人にそれを言っちゃだめだぞ!)
(いや、親父もそう思ってんだろうが)
「山村さんの言うとおりだと思います。先輩もRUI先輩も私たちの憧れです!」
今野さんも同調した。
ただ、たぶんだけど、その向いてるベクトルの方向はかなり違うような気がする。
「そうですか。まあ、では読モになった経緯ですね。私と、先ほどから名前が出ている1年下の後輩狩野瑠衣と私の親友の3年の大島香音で遊びに行った先でした。今お世話になっている光栄社の編集者に声を掛けられて、写真を撮られました。あとでその編集の方と私の母が昔からの知り合いだったことが分かったの。まあ、ね、こういう時代で、いかがわしいスカウトをしてる人たちもいるんで最初は警戒したんだけど。」
そこで言葉を切ってクラスを見回す。
女子の大半は真剣に聞いてる。
やっぱりこういう話は興味あるんだな。
ちなみに男子の大半は、話自体より柊先輩に見惚れてる感じ。
「特に後輩の瑠衣が興味津々でね。逆に香音は全く興味ないみたいで。まあ、瑠衣なんかは背丈も高いんでモデル向きなのは間違いないけど。私は、まあ、付き合いって感じ、かな。そこそこ大きく取り扱ってもらってるっていうのもあるんで、バイト料もそれなりにいいし。今後の自分のために、結構気にいってる職場ではあります。」
嬉しそうに笑った。
また一つ、クラスメイトが柊夏帆の魅力の虜になっていく様子を観察できた。
この人は自分の魅力を充分熟知してそうだが、本当は素のままが一番なんだろうな。
変に小手先の技術を使うより…。
そう思っていると、前の席のあやねるが俺を見ていた。
微妙に険しい顔をしている。
何かあった?
「どうかした、宍倉さん。ちょっと眉間にしわ寄ってるけど…。」
「ふん!」
そう言って前に向き直ってしまった。
あれ、俺、なんかした?
(光人…。お前、今、柊さん見てた時の自分の表情、わかってる?)
(な、何だよ、急に。別に、普通に先輩の話聞いてただけだけど)
(まあ、私も視界は光人と一緒で、自分の表情は見えないけど、頬の辺りの筋肉が緩んでることぐらいは解る)
(え、どういうことだよ!)
(要するに、にやけてたんだよ。柊さんの笑顔を見て、な。その表情を見て、現在、あやねるはご機嫌斜めって訳だ)
(え、うっそ!)
慌てて自分の顔の辺りを手で確認。
あ、確かに緩んでる、かもしれない…。
「読者モデルをやっていけるのはかなり運がよかったとしか言いようがありません。もし、この話を聞いて、街中でスカウトされるようなことがあっても、その場ですぐに決めず、信頼できる「大人」に相談することをお勧めしますよ。」
これは明らかに山村さんに対する有り難い忠告なのだろう。
しっかりと柊先輩は彼女を見ていた。
山村さんはそんな先輩の言葉に軽く頷いていた。
「と、こんなところでいいですか、先生。」
岡崎先生が立ち上がり、時計を見た。
「まあ、そんなもんだろう。ちょうどいい時間だから、柊はすぐに生徒会の方に参加してくれ。」
その言葉に先輩が先生に軽く頭を下げる。
「楽しい時間をありがとうございました。このあと、昨日の第一体育館で部活動紹介があるので、しっかり見て頂いて、この日照大千歳高校で有意義な青春を送れるように、皆さん、頑張ってくださいね。」
柊先輩はそう言って軽くみんなに手を振って出ていこうとした。
(このままいかせていいのか、光人)
実は、さっきからどうするのがいいか、考えていた。
妹を連れて柊先輩と会いたいことを伝えるべきか、どうか、を。
(ああ、わかったよ。)
先輩はドアを開け出ていこうとする。
「柊先輩!」
俺は立ち上がり、出ていこうとする先輩を追った。
先輩は俺の声にびっくりしたように振り向いた。
俺はそのまま柊先輩と一緒に廊下に出た。
「どうしたの、白石君。」
「ああ、すいません。なかなか話しかける機会がなかったので。あとで、放課後なんですが、宍倉さんが柊先輩に会いたいって言ってたんですけど。」
「あ、うん、さっき宍倉さんから、それは聞いたけど…。」
少し、戸惑うような感じて返事をした。
そうか、この件はあやねる本人がちゃんと伝えたんだな。
「その時に自分も行っていいですか?それと妹の静海も先輩に会いたいと言っているのですけど。一緒に行って迷惑じゃないですか?」
慌てて、かなりの早口で言ってしまった。
「えっ、妹さん?来てくれるの?いいよ、当然じゃない!」
最初、何を言われたか、分からない表情から、一気に顔が崩れて、はしゃぐような感じに変わった。
「本当?約束だよ、絶対、絶対だからね!宍倉さんも一緒に来るんだよね。うれしい!待ってるからね‼」
気づいたら両手を、先輩の綺麗な華奢な両手が包むように握ってきている。
そこが熱を帯びていた。
力を込めて握られている。
いかん、顔が熱くなってくる。
(浮気はよくないと思うぞ、光人君)
「分かりました、分かりましたから、先輩。絶対行きますから、手‼手を離してください!」
言われた先輩が、初めて今自分が取っている行動に気付いたようだ。
慌てて手を離した。
珍しいことに、あの柊先輩が焦っているようだ。
「あ、ごめんなさい!ちょっと嬉しくて、つい!」
周りから、廊下の俺たちを見る視線が突き刺さっている。
「じゃ、じゃあね、白石君。待ってるからね、妹さんと、絶対来てね‼」
先輩はそう言って大きく手を振って生徒会室に向かった。
さて、俺の行動は正しかったのか?
1-Gだけではなく、他のクラスの生徒も好奇心満載の視線を俺に向けてきている。
ふと、我がクラスを見れば、景樹が面白そうに笑ってる。
あやねると村さんがかなり睨むような感じでこちらを見ている。
その後ろからあきれ顔の岡崎先生の顔があった。