第97話 自己紹介 Ⅶ
飯鉢君と柊先輩のやり取りの雰囲気が重かったせいか、伊藤、上田と男子二人は無難な自己紹介をして終わった。
「江戸川区立臨海中学出身の太田宇宙です。宇宙と書いて、そらと読みます。うちの父親が宇宙を目指すくらいの大きな人物になるようにと付けたそうです。でも、自分はじいちゃん、いや祖父のように有機化学を研究する科学者になるのが夢です。祖父は大学で准教授?助教授?どっちだったかな、で、辞めて製薬会社で研究してたそうなんです。で、自分は論文数で祖父の数を超えることを目標にしています。先程の岡崎先生の話ではありませんが、日照大の工学・理学・薬学系の学部を推薦で取ったのち、国立大学を受けようと思ってます。よろしくお願いします。」
かなり具体的な夢を語られて、岡崎先生すら太田君を凝視していた。
いや、どうも何か違うものを見ている感じだな。
(太田君か。確か、今の話通りの太田先生っていたな。石川大学大学院の薬品製造科学研究室で修士課程にいたとき、隣の薬化学研究室の助教授でな、途中から製薬会社に行ったんだよな。もうお亡くなりになってるんだけど)
親父がしみじみというが、そもそも親父ももうお亡くなりになっている側だからな。
太田君が座ると、その後ろの小っちゃくてぽっちゃりとした見覚えのある少女が立ち上がった。
「大野美穂です。熱く夢を語られたので、私も将来の自分の目標を言わせてもらいます。舟野市立海臣中学出身で津川さんと一緒です。私は絵が好きで美術部に入っていました。この高校でも美術部に入って、美術系の大学に進学して、将来は絵をかいて暮らしていきたいと思っています。」
気のせいだろうか、俺の視界の隅っこで日向さんがビクッとしたように見えた。
なにに反応したんだろう。
みんなが笑ってたり、さっきのような柊先輩の騒動にもそんなに関心を示していなかったようだが。
「基本的には風景画が好きですが、イマジネーションの溢れる物は結構好きで茉優ちゃんと美術館めぐりとかしています。よろしくお願いします。」
津川さんと大野さんが仲がいいのは先ほどの件で分かってはいたが、お互いの性格が違うのが仲のいい秘訣なのかな、なんて思ったりした。
それよりも日向さんの動きが少し気になる。
大野さんの言葉のどれに反応したんだろう。
もしかしたら、日向さんも絵を描いているのだろうか?
さすがに飯鉢君の自己紹介はインパクトが強すぎて、ほとんどの人が、変にウケを狙う方向を止めたようだ。
無難と言えば無難。
まあ、柊先輩がいて、チャレンジャー飯鉢がやらかした後で、何か言おうとも思わないのかもしれない。
「江東区立葛南中学出身の来栖花菜です。」
その声に朝方、須藤の言っていた子だと気付いた。
銀のフレームの眼鏡を掛けた大人しい感じの女子。
前髪が長くて、正直顔の判別が難しい。
背丈はそんなにないのに、猫背っぽく顔が少し下を向いている。
しかし発した声は小さいながらもその雰囲気とは違い、可愛らしい感じだ。
もう少し自分に自信をもって前を見上げられるようになると、印象が変わりそうだ。
(まったく、少し前のお前を見るような感じだよ、光人。お前さんもしっかり前を見られるようになった感じがあるもんな)
「父が公務員で、結構転校を繰り返してきました。高校からは転校することはないと思います。今までは仲良くなってもすぐに別れちゃうことが多くて、引っ込み思案でしたが、これからはこんな自分を変えていきたいと思います。よろしくお願いします。」
決して大きい声ではないが、しっかりと芯の通った声だった。
須藤が話せてよかったと言っていたのを思い出した。
それも彼女の強い思いなのだろうなと思った。
須藤から何を話したのかは聞いていないが。
須藤以外にもしっかり友達が作れればいいな。
ふと、後ろで聞いている筈の柊先輩に視線を向ける。
先輩は真剣に自己紹介を聞いているようだが、俺が後ろの視線を向けたことに気付き、緩やかな笑みを俺に向けた。
とりあえずの俺に対する罪悪感は薄れてはいるような感じだ。
(後で、妹を連れていくことを伝えておかないとな)
(そうだな。あちらも心構えがいるだろう。私の二人目の子供に会うともなればな)
昨日の強引な絡みを見れば、多少の心の準備がいりそうだとは思う。
自己紹介は順調に進み、俺の座ってる席の列にまで来たようだ。