第96話 自己紹介 Ⅵ
そして、出席番号1番になる。
「あれ、普通自己紹介って1番からじゃ…。」
「ああ、昨日からの騒動の中心人物から始めろって、先生が言ったんですよ。」
出席番号47番で今自己紹介を終えた渡辺結鉉君が、おどおどしながら柊先輩に説明している。
ちょっと緊張してるね。
「江東区立天道中出身の麻生陽菜です。何とか頑張ってこの高校に入りました。日照大絡みは今が入り易いってことで。4~5年経つうちには今の不祥事も消えて、日照大出でも就職活動に影響ないんじゃないかなって、へへへ。」
「うーん、現状を見事にとらえた戦略だ。まあ、これ以上、学校側が変なことしてなければだけどな‼」
「えっ。」
何人か、同じような声をあげた。
(やっぱりそう言うことを考えて受験するものもいるんだな。それにしても、岡崎先生はドSだな。わざわざ希望を持って入ってきた生徒の希望を叩くような発言して)
(まあ、先生が言ってることって、もしかしたら本当のことなのかな。親父はどう思う?)
(それは何とも。でもこれだけ規模のでかいとこだと、動く金額もでかいからなあ。叩けばいくらでも埃が出てくるんじゃないか)
「まあ、この高校のいいところは、日照大の推薦を取ったのちに、一般入試で他のいい大学に受かったら、そっちに行けるからな。ある意味滑り止めとして使えるから、大学行く気のあるやつは覚えとけな。」
非常に利己的な考えを勧めてくる担任教師に、結構な生徒が呆けた顔をしている。
でも、それは結構ためになる話だ。
やっぱりこの先生面白い。
(うん、説明会でも言ってた内容だけどな。普通、今の説明を実践しているのは特進クラスだけと思われてる)
(聞いた話だと、12月に推薦が決まると、その後に受験勉強をするって言うのは、かなりのモチベーションがないと難しいって話だぜ、親父)
などと俺の中の親父と、知らずに会話していると、結構他の人の話を逃しがちだ。
すでに自己紹介は3番の人になっていた。
「飯鉢浩、舟野市立曳舟中学の出身です。中学には男子バレー部がなかったので、高校ではバレー部に入ろうと思ったのですが。人が少なくて廃部の危機なのだそうです。興味のある人はぜひ、僕と一緒に入ってください。」
と、終わったかと思ったら、座らずに廊下側後方に体を向けた。
さっきよりも緊張してるのが俺のほうにも伝わってくる。
(おっ、なんかやりそうな雰囲気だな。あの方向に体を受けたということは…)
(まあ、そりゃあな、親父。飯鉢君、無茶する気だなあ。ウケるとは思うが…)
「この場を借りて、今の自分の思いを伝えたいと思います。」
顔を上げ、さらに45度くらい顔を上げて応援団が応援するときのように上半身が反るような形を取った。少し声大きすぎない?
「柊夏帆先輩!昨日の委員会説明の時に一目見て惚れました。先輩のこと、非常に美しく、成績も優秀だということ以外、全く知りません。でもこれから僕とお互いのことを知りながら親睦を深めてください。是非、後輩で1番の人にしてください!」
そう言い切ると顔が一気に赤くなる。
というか、えっ、この人何言ってんの?
(うーん、付き合うということではなく、単純に知り合いたいたいって感じかな、光人)
「よろしくお願いします!」
そう言って飯鉢君は上半身を深々とお辞儀し、右手を差し出す。
いわれた柊先輩はというと…。
見事に固まっていた。
先程までは少しあきれた感じだったが、最後の言葉に、用意していた言葉が返せなくなったのだろう。
その刹那、破顔し、はじける笑い声が聞こえてきた。
さっきまでの耐えていた笑い声が、完全に開放された感じだ。
「ちょ、ちょっと、まっ、はははっ、ははは、ヒー、苦しいいい」
しゃがみこんで笑っている。
立っているのが耐えられなくなったらしい。
綺麗なダークブラウンの髪の毛が、先輩が笑うたびに周りにうねるように広がる。
「ひーひひいひー、はあー、はあ、はあああ。」
先輩の笑い声が落ち着いてきた。
教壇では同じく岡崎先生が口を押えて笑ってた。
「あ、ありがとうね、飯鉢君。なんか、すんごく笑わせてもらっちゃった。まさか、最後の告白が後輩で1番って何なのよ。普通に「付き合ってください」って締めてくるかと思って、「ごめんなさい」っていう用意してたのに、言えないどころか、おなかの筋肉よじれる思いさせられるとは思わなかったわ。」
おなかをさすりながら、目に少しの涙をためた先輩の笑顔にまた数名が机に突っ伏した。
(でも、素顔の笑う顔は、変に作られた笑顔より魅力倍増だな。ま、舞子さんにはかなわんが)
(おふくろの惚気をこの頭の中でするな!)
「ま、まあ、柊、くくくっ、言い、飯鉢が真剣にお願いして、まだあの態勢だぞ。何とかしてくれ!」
見ると、われらの律儀な飯鉢君はお辞儀をして右手を差し出した格好で、微動だにしていなかった。
先生の言葉に飯鉢君を見た先輩は慌てて、立ち上がり、何回か深呼吸をする。
そして、姿勢を正す
ちなみに、飯鉢君はその間も体を動かさない。
単純に凄い!
「飯鉢君、私のことをそう思ってくれてありがとう。」
あ、普通だ。
「まずはその態勢を解いてください。ここからではその右手には、届きません。」
(そりゃ、そうだ)
これは親父の意見に賛成。
くすくす笑う声と、うんうんと頷く人。
言われて飯鉢君がやっと腰を元に戻し、気を付けの態勢に変える。
「では、返事をさせてね。」
軽く飯鉢に対して微笑んだ。
飯鉢の顔がその笑顔にだらしなく緩む。
気持ちはわからなくもないが、馬面といわれても反論ができないその顔が緩むと、さらに顔が長くなった気がする。
「私もこういう感じで、ファッション誌のバイトをやってるってこともあって、こういった告白みたいなものはそれなりに受けてきました。」
聞く人にとってはすごく自慢話に聞こえなくもない話をさらりと言うところが、非常に慣れた感じだ。
きっと、何度もこう言ったことで嫌な思いをし上での口調なのだろう。
「でも、この衆人監視の中で、しかも先程の文言は初めての経験でした。私は飯鉢君、貴方のことを全く知りませんが、そのセンスは非常に楽しませてもらいました。かなり限られるとは思いますし、後輩で1番とまではいきませんが、しっかりと覚えさせてもらいました。校内くらいなら、気軽に挨拶させていただきます。それでよろしいですか?」
「はい、もちろんです。これから、よろしくお願いします。夏帆先輩!」
「お、いきなり名前呼びか、飯鉢。いい根性してんな。」
たまらず岡崎先生が茶々を入れた。
「飯鉢君なら許します。私も浩君って呼ぶからね。」
「光栄です。」
上気した顔で飯鉢君は生まれてきてたぶん1番の笑みを浮かべて答え、着席した。
「先生、ウケを取る以上の勲章をもらいました。でも、婚約者の写真は見せてくださいよ!」
「ああ、いいよ。」
「えっ、その話は何ですか?」
柊先輩が、今のやり取りに疑問を挟んだ。
「ああ、夏帆先輩。この自己紹介でウケを取れたら先生の婚約者の写真を見せてくれることになってるんですよ。」
早速飯鉢君は先程手に入れた権利を行使して柊先輩の質問に答えた。
「ああ、それでみんな真剣に笑いを取りに行ってたんだ。っていうか、飯鉢君、さっきのもウケを取るためだったの?」
「違います。本気です。ただ、普通に告白しても振られて終わるのは解りきったことですので、後半にひねりを入れたのは事実です。」
「それは一言、凄いと思うわ。でも、本当に好きな人に告白するのは、真剣にやりなさいよ。相手がかわいそうだからね。」
少し真剣な眼差しで飯鉢君を見てる。
それほど本気ではないと思うが、結構怖いと思った。
美人を怒らせると迫力が違う。
(そうだな。きっと柊さんは、そういう真剣ではない、告白まがいのこともされてきたんだろう。人から好かれすぎるのも考えもんだな。なあ、光人。)
(それは何の皮肉だ、親父)
「はい、重々肝に銘じておきます。」
柊先輩の視線に少しすくみ上るように飯鉢君は言って、着席した。
「それと、向井純菜さんは凄い素敵な人だから、先生に写真は本当に楽しみにしていていいと思うよ。うちの高校の出身者で、元生徒会長でもあるからね。」
それと岡崎先生の恋人の名前なのだろう。新たな情報を付けて、岡崎先生に向けて微笑んだ。
先生は先輩の発言に居心地の悪そうな顔をした。




