第95話 自己紹介 Ⅴ
「さて、校舎案内も時間はかかったが、何とか終わったので、自己紹介の続きをやるわけなんだが…。」
岡崎先生は、忌々し気に教壇の横にいる美しい女子生徒に目を向けた。
そこには、まるで当然というように柊先輩が立っていた。
「で、柊、お前は何でそこにいる。生徒会は部活動紹介の準備があるんじゃないのか?」
「ああ、私いなくても問題ないですから。ここ来た時に凄く笑い声聞こえて、興味あるんです。」
「はあ、一体だれが、品行方正・学業優秀・容姿端麗なんだか。まあ、いい。ならば、柊、お前も自己紹介しろ。と言っても、昨日のような面白味のないもんじゃなくてな。」
岡崎先生の言葉に嬉しそうな笑顔になった。
多少先輩に慣れたはずの同級生が、またその笑顔に男女ともに顔が緩んでいっている。
と、思ったが、全員ではないらしい。
日向雅は真剣にメモ帳のようなものに向かって筆記用具を走らせ、山村咲空はなぜか厳しい目をしている。
「とはいえ、うちの高校だけでなく、有名なお前は宍倉の後、最後にこれぞ特進クラスの自己紹介ってやつを見せてもらおう。」
「ちょっ、先生、そこでそんなにハードル上げなくてもいいんじゃないですか。」
「堂々と公欠の手続きをして、サボろうとしてんだ。それくらいはやって見せろ!じゃ、後ろで見ていてくれ。」
少し膨れたような顔になりながら、後方に先輩が移動する。
先生はそれを見届けてから、室伏の後ろの席の背の高い女子に目を向けた。
「長々と待たせて悪かったな、本橋。自己紹介、よろしく。」
指名された女生徒が立ち上がった。
「先生、これってちょっとひどくないですか。続きのトップってだけでもプレッシャーなのに、柊先輩の前で笑わせろって。」
「柊は気にしなくていい。そこら辺に落ちている石だとでも思えばいい。」
「せんせ、それ、ひどい。」
「うるさい!お前はイレギュラーなんだから、黙ってろ!」
ブスーとして柊先輩は腕を組んで壁によりかかった。
「よし、道端の石ころが黙ったぞ。始めてくれ。」
「はい、はい、わかりました。江戸川区立戸谷中出身、本橋沙織です。身長が高いですが、バレーをやっててこの背丈でも低い方でした。この高校でもバレー部に入るつもりですが、他の部活動も興味があります。まあ、「女泣かせのクズ野郎」さんが、柊先輩にまで手を出せるという事に女の敵もさることながら、こんな綺麗な人までって、ちょっと感心しています。すいません、面白いこと思いつかないんで、またクズ野郎ネタでした。」
ヒッヒッ、と変な声を漏らす奴がいると思って前を見たが、岡崎先生は平静だった。
後ろを向いたら、先輩が口を押えて変な顔してた。
この「クズ野郎ネタ」はさんざんやられていて、クラスではもう飽きられ始めてる。
が、初見のこの人はツボにハマったらしい。
「私は、ひっ、別に、白石君に、ふふ、なにもされてないけど。」
「石は喋るな。」
笑いをかみしめながら口を押える。
「さて、柊とお前らの感覚にずれがあるが、気にしないように。次、山村。」
「はい。」
噂大好き山村さん登場。
(おお、どういうパフォーマンスか楽しみだ)
「江戸川区立丸橋中出身、山村咲空です。憧れの柊先輩がいると緊張しちゃいます。私はあんまり人を笑わせるなんてできませんが、このクラスはなんだか楽しそうで、ドキドキしています。まあ「女泣かせのクズ太郎」さんという有名人のいるクラスと周りには認識されてるっぽいですけど。これからのことを考えるととっても楽しみです。よろしくお願いします。」
(やっぱり、劣化版だな。まあ、それはそれで面白いんだけどな、光人)
(相変わらず、辛辣だな。まあ、親父の言いたいことは解るけどね)
山村咲空はみんなに好印象を与えるように計算してるようだ。
問題はその計算がもろバレという事に本人が気づいていないという事か。
違うか。一部の男子が山村さんのその自己紹介と表情にうっとりしている感じだ。
(なんか、この女子。このクラスを引っ掻き回したそうな感があるな。どう思う、光人)
(俺がそんなことわかるわけないだろう)
(うーん。この手の自己肯定感が高いというか、自己承認欲求が高い子って、今までちやほやされて育っているんだよな。どこかで必ずその高い鼻を折られて人間としての成長するんだけど、さ。この山村って子、ちょっと一癖も二癖もありそうだ。)
柊先輩はそんな山村さんを冷ややかに見ている。
俺のネタを同じように使っているが、本橋さんにしたような柔らかな印象は感じない。
が、結構男子は綺麗系の山村さんに少しデレてる。
それに対し女子は少し冷めた感じ。
まあ、そうだろうね、あの自己紹介は。
山村さんが座るとすぐに次の男子が立ち上がる。
「荒川区立平沢中学出身、槍尾霧人です。趣味はゲームです。今はソシャゲに熱中しすぎて、スマホを一時的に親に取り上げられているので、PCでやってます。プログラミングも勉強中です。この高校には電脳部というのがあってすごく楽しみにしています。」
(いやあ、正当な自己紹介、新鮮だわ。なあ、光人)
(ホント、みんな下手に俺をいじることに情熱注いでるからな)
でもゲームやりすぎて、親にスマホを取り上げられるか。なんか懐かしいな。
(ちょっと待て、光人。私はお前のスマホを取り上げて止めさせたことはない)
(ゲーム機を壊されたことはあるがな!)
知らないうちに自己紹介、進んじまった。
「弓削佳純、習橋市立向平中出身です。西村さんと一緒で中学はテニス部でした。ただ、今は中学の先輩から演劇部に誘われて迷ってます。この後の部活動紹介でその先輩の所属する演劇部が劇を披露するそうです。楽しみにしてくださいって先輩からの伝言です。」
可愛らしい笑顔で演劇部の宣伝をして終わった。
そして、出席番号1番になる。