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第93話 須藤文行 Ⅲ

 俺は、生まれてきてからの勇気をかき集めて、さらに先程女の子を泣かして謝り続けた白石を思い出し、勇気の上にあれよりは恥をかいてもまだましという想いをのせて、「失礼します」とかすれる声で吐き出した。


 来栖さんの頭が微かに前後に触れる。


 後ろからどんどん人が乗ってくるので、身体を空いている席に腰を落ち着けた。


「あ、どうも…、来栖花菜(クルスカナ)さん、だよね、同じクラスの。」


「うん。」


 小さい言葉が返ってきた。

 よかったあ~、間違えてなかったあ。


 これで、全部自意識過剰だったら、次のバス停で降りて、家に速攻、お帰りパターンだった。


「さっきの…。」


 少しさっきよりも大きいけど、まだ聞き取りにくい小さい声で呟いた。


「ん?」


「さっきの、き、昨日倒れた、白石、君だよね?えーと…。」


「ああ、俺、須藤。須藤文行(スドウフミユキ)、よろしく。」


「うん、須藤君、覚えた。よろしく、ね。」


「で、さっきの話だけど、うん、間違いない、と思う。泣いていた、ん、泣いていたと思うんだけど、その女の子、うちにクラスの宍倉さんだったよ。」


「あ、やっぱり。席すぐ近いんだけど、まだ、よく顔見てないから、どうかなって。」


「あの二人って、同じ中学とかじゃないよな、昨日の感覚だと。」


 昨日の二人の出会いを見てる自分としては、昨日初めて会った感じを受けた。


「どういう関係なのかな。見てる限りだと、宍倉さんが泣いていて、友人が慰めている。そこに白石君が美少女と腕を組んで、さらにもう一人うちのクラスの女子を引き連れて登場。ってとこだよね。」


 うーん、見たままだその通り。

 昨日から今日にかけて何があったか全くわからない以上、何も言えない。

 強いて言えば腕を組んでいたのはどうも妹さんらしいという事くらい。

 でも、中学生の妹が兄にあんなに近い距離、というか腕を組む、いや、あれは腕を抱いているって感じで、白石から率先して腕を組んでた、って感じは受けなかったんだが。


「まあ、多分だけど、白石といた女子は妹だと思うよ。まあ、でも、宍倉さんを泣かせた原因は白石にあるのは間違いないよな。」


「じゃあ、やっぱり、美少女をとっかえひっかえする酷い男って見られてもしょうがないか。」


「いや、それは今、周りで勝手に言われてる話だよね、来栖さん。」


 そう、さっきから俺たちの周りでは、さっきの状況について適当な推測。からの噂に進化してる感じ。


 バスが日照大千歳高校の前に着いた。

 バスに乗っている生徒たちが降り始め、俺と来栖さんもその流れに乗ってバスから降りた。


 昇降口の混雑を通り過ぎて一緒に教室に入る。

 女子と一緒に歩くなんて、ここ数年経験がなくて、胸の高鳴りが止まない。


 教室にはそこそこ人が来ていた。

 とはいえ、まだそんなに親しい人がいるわけでもないので、すぐに自分の席に鞄を置いた。

 来栖さんも自分の席に着く。


 どうしよう。もっと話したかったな。


 かと言って、自分から女子の近くまで行く勇気が出ない。

 さっきのバスで自分の勇気の全てを使ってしまい、勇気残量ゼロ。


 だが、事態は急変した。


 なんと、来栖さんの方から俺の方に来て、白石の席に座ったのだ。


「あの、私、あんまり友達、いないの…。」


「あ、お、俺もだよ。もともと中学の時もほぼボッチで…。」


「でも、昨日、この席の白石君と話してたよね。そういう風にすぐ友達出来て、羨ましいと、おもった・・・。」


「あれは、向こうから話しかけてきて、さ。でも、来栖さんも、今、俺と、話してるし…。」


「さっきのきっかけがあったから。あれがなかったら、とても…。」


 そう言って少し恥ずかしそうに俯く。


 あれ、凄く可愛い!


 顔がどうとかじゃなくて、その雰囲気が、凄く可愛い!


「あのね、あの…須藤君は、自衛隊って、どう思う?」


 急に、真顔で俺の目を見ながら、真剣な言葉を俺に向かい、聞いてくる。


 自衛隊。

 自分の考えでは、凄い人たちだと思う。

 自分らが小さいときに起こった東日本大震災。

 その時の自衛隊の働きを否定することなどできるはずがない。

 でも、来栖さんが、どんな答えを期待しているのか俺にはわからない。


 とすれば、自分の言うべきことは…。


「素晴らしい仕事をする人々だと思ってる。幼い時の大震災の時の活動は今でも知ることが出来るしね。」


「ありがとう。そう言ってくれると、ほっとする。」


 どうやら、間違ってはいなかったようだ。

 だが、何故?


 来栖さんが、周りをうかがい、俺に顔を近づけてきた。


 ちょっと、距離が近いんですけど!


「私の父、航空自衛隊のパイロットなの。」


 かなり小さめの声で、俺に囁いてきた。


「須藤君の言うように、結構、今は自衛隊への理解が進んでるんだけど。それでも反対する人はいるの。違憲の軍隊だって言ってね。」


 来栖さんはそう言って、少し寂しそうになった。


「前の中学でね、同級生の親が自衛隊を毛嫌いしてる人がいたの。で、その同級生の女の子にさんざん嫌なこと言われたの。それこそ、大震災すらも自衛隊の所為みたいに。だから、友達作るの、ちょっと怖くて、ごめんなさい。」


「え、何で謝るの。別に来栖さん、悪いことしてないだろう。俺が気分害した記憶もないし。」


「そう言ってもらえると嬉しいな。まあ、宍倉さんと白石君もこんな風に、ちょっとした行き違いかもね。」


「いや、奴はきっと、最低クズ野郎に違いない。そうでなければ、俺をはじめ多くの陰キャは救われない!」


 来栖さんが笑顔になった。


 ホント、女子は笑顔の方が絶対いいな!


 本人には言えないことを、心な中で呟く。

 これこそ陰キャの真髄!


「ねえ、何の話?」


 俺と来栖さんの間に、急に綺麗な顔の女子が割り込んできた。

 腰近くまであろうかという黒髪をなびかせて、大きな瞳が俺を見ている。


「ああ、さっき、バス停であった話をしてたんだ。えっと、どちら様で?」


 急に割り込んできた少女にかむことなく話が出来てる。

 あれ、もしかして、俺って、進化した?


「ひっどいなあ。結構私、男子から綺麗って言われるんだけど、そのっ言葉、ちょっと傷ついた。まあ、でも、ほとんど初対面だしね。」


 そう言うと近づけていた顔を離し、背筋よく立ち上がった。


「私は山村咲空(ヤマムラサクラ)。覚えてほしいな、須藤君と来栖さんでよかったよね。」


 俺たちの名前を憶えているのは意外だった。

 昨日座席表が貼り出されているから、覚えようと思えば覚えられるかもしれないんだけど。


 ちなみに、俺は友人ができるかどうかも怪しかったから、周囲の人間だけしか確認していない。


「でさ、さっき言ってたバス停の話って、なあに?聞かせてくれない?」


 俺と来栖さんは顔を見合わせた。

 まあ、事実だし、大勢に見られてるから、まあいいか。

 来栖さんも、俺が何も言ってないけど、コクンって感じで首を振る。


「さっき北習橋駅でバス待ってるときに、うちのクラスの宍倉さんって言う女子と昨日倒れた白石を見かけたんだけど。どうも宍倉さんが泣いていて、白石が一生懸命謝ってるって感じだったんだよね。詳しい事情は解んないんだけど。」


 俺が、かなり端折ってあったことだけを説明した。

 もう少し登場人物いるけど、まあ、いいよね。

 来栖さんが、俺の説明にいちいち頷いてくれる。


「へえ、昨日倒れた白石君か。昨日見かけた感じじゃ、パッとしないようだったけど。それなりに可愛い宍倉さんを泣かせた?ちょっと面白いな。」


 あ、やばい、かな、これ。


「ありがとうね、須藤君、来栖さん。またなんかあったら教えてね‼」


 山村さんはそう言うと、他の机でおしゃべりしてる女子のグループに近づいていった。


 ああ、これ、うわさが広がってくってやつか。

 根も葉もあるが、尾ひれがついてっちゃうなあ。


 来栖さんを見ると、ちょっと困ったような顔をしている。

 噂として広がるのに困ってるって感じだな。


 なんて思ってたら、廊下の方が騒がしくなってきた。

 ちょっと怒ったような、甲高い声が聞こえる。

 これは今まさに危惧していた噂の二人の登場だな。


「なんか騒がしくなってきたね。この席の人が来たみたいだから、私、自分の席に戻るよ。」


 来栖さんが立ち上がりながら俺にそう言ってきた。

 まあ、そうだろうな。

 うん、しょうがないよな。

 でも、なんだか…。


「来栖さん、また、ね!」


 俺は自分の心にムチ打ち、それだけ来栖さんに言った。


「うん、またね。」


 来栖さんも笑顔で、そう返してくれた。

 胸の苦しみが解け、急に心拍数が早くなるのが分かった。

 それでも、それは心地のいいものだった。


 俺は後しばらくしたら顔を出すであろう前の席の奴に、いじりと、感謝の言葉を伝えることを決めた。


「須藤文行」の回が終わりです。

また、須藤君は主人公以外ともいろいろ絡む予定です。

という事で、須藤文行君の執筆した「魔地」もよんでいただけるとうれしいです。

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