第92話 須藤文行 Ⅱ
入学二日目。
今回は自分一人で通学。
京空電鉄の花見川駅から北習橋駅まで1本で行けるので、非常に通学しやすい。
同じように高校の通学中の学生が多くいる。
もう春休みが終わり、皆、新学期が始まっているという事だ。
北習橋駅でバスの列に並んだ。
2つ前に見覚えのある背中が見えた。
少しこちらを振り向いた横顔に銀の眼鏡の耳掛けが見えた。
黒髪が少し薄いのか、光の当たり方によってはブラウンに輝く。
長い睫毛の目が綺麗に映る。
確か斜め前の席に座ってる女子、来栖さんだと思う。
とはいえ、とても声を掛ける度胸はない。ただ、眺めるだけ。
ずーっと見てるわけにもいかないので、少し周りを見てみる。
見ようによってはキョロキョロしてる挙動不審者だ、とつい自虐的になる。
変に思われないように、自分の存在を消す。
これが陰キャの実力ってやつさ!
と、後方に女子2人と中学の男子1人のグループが列に着いた。
付いたのだが、どうも様子がおかしい。
一人の髪の短い女子、俺の知識が正しければボブカットってやつかな、が泣いてるような感じ。
もう一人の髪がふわっとした感じの女子が慰めてるっぽい。
ここで目を引くのが、男子中学生の態度だ。その位置からは同じグループだと思われるのだが、全くその女子の泣く姿に我関せずを貫いてる。
ちょっとかっこいい男だと、こんな時にはあの態度でいいのか?
そんな感想が出てくるが、当然、人としてどうか?という疑問が湧いてくる。
あれ、あの泣いてる子、どこかで見たような…。
気付くと前にいる来栖さんも泣いているような女子に視線を送ってる。
たぶんまともに顔を見るのは初めてかもしれない、来栖さんの顔は、フレームレスの眼鏡をしていてもその顔は整った部類であることが分かった。
自分に自信がないことを表すように、長めの前髪で顔の大半を隠している様だし、近眼の眼鏡のレンズのせいで瞳は小さく見えるが、しっかりと整える術を施せば、それだけでも自分に自信を持てそうなんだが。
でも、来栖さんも知っていそうな女子となると…。
思い出した!
宍倉彩音さんだ。
昨日、白石と仲良くしていた可愛い女子。
その宍倉さんを慰めているのは、昨日の入学式で後ろを振り向いてきた、確か「鈴木伊乃莉」と白石に紹介していた子だ。
ふわっとした感じの黒髪は、特徴的だ。
一体、何があったんだろう。
昨日、学校が終わってから何かあったのだろうか。
「お兄ちゃん、宍倉さんと鈴木さん、あれ、悠馬もいる。」
可愛い女の子の声が聞こえた。
そちらに顔を向けると白石が二人の女子を引き連れてバスの列の後方についている。
女子中学生のかなりの美少女が白石の手を引いている。
お兄ちゃんと言っていることから白石の妹と判断できたが、それにしては距離が近い気がする。
その後ろから少しムスッとした小さめのうちの高校の制服を着た女子が歩いてくる。
見覚えがあるが、名前までは解らない。
その声に、先の3人が顔をあげた。
と同時にやけに低い、地の底から響くような声で白石を呼んでいた。
白石もビビっていたが、それ以上に3人のすぐ後ろにいて、先ほどから困った顔をしていた、ネクタイの色から日照大千歳高校の2年生と思われる先輩女子の顔が、恐怖に震えるようにしていたのが印象的だった。
白石と呼んだ女子の顔がどれほど恐ろしかったか、想像に難くない。
俺は3人が列から外れ、白石たちのところに行ったのを確認して、列の前の方に顔を向けた。
周りもみんなそんな感じで、友達づれの生徒が女を泣かせた男子生徒についての、各々の推測を言い合っていた。
前に目を向けたとき。
まだ後ろを向いていた来栖さんと目が合ってしまった。
俺は思わず頭を下げて、「おはよ」などと、陰キャとは思えない挨拶をしてしまった。
これで、相手が全く俺を知らなければ、多分そのまま心臓停止いたんじゃないかと思った。
ところが、来栖さんは、小さな声で「おはようございます。」と返してくれた。
ちょうどバスが来た。
白石はさっきからずーっと謝りっぱなし。
一体何をやらかしたのやら。
バスに乗り込みながら後方を見やって、そんなことを考えながら、久しぶりに女の子と話したこと。
いや、あいさつしただけじゃん!と思うだろうが、女子と呼べる年齢の子と喋るのは、関藤と妹以外ではたぶん、2年ぶりくらいなんだから!
バスに乗ると来栖さんは2人掛けの席に座ってた。
その横はまだ空いている。
俺は、しばし考えた。
横に座ってもいいのかな、と。
まあ、その女子を知ってる知らない関係なしに、俺は女子の横に座る勇気はない。
そこをスルーしようとした。したんだが。
来栖さんは少し窓よりに体を動かし、スカートの裾を自分の太ももの下に隠すようにしまう。
どう考えても俺のために席を開けたように見えた。
来栖さんを見ると前を見たまま。
ポニーテールが少し揺れて、隠れていた耳が少し赤くなっていることが見えた。
胸の鼓動が早くなった。
俺は、生まれてきてからの勇気をかき集めて、さらに先程女の子を泣かして謝り続けた白石を思い出し、勇気の上にあれよりは恥をかいてもまだましという想いをのせて、「失礼します」とかすれる声で吐き出した。
来栖さんの頭が微かに前後に触れる。
後ろからどんどん人が乗ってくるので、身体を空いている席に腰を落ち着けた。
「あ、どうも…、来栖さん、だよね、同じクラスの。」
「うん。」
小さい言葉が返ってきた。よかったあ~、間違えてなかったあ。