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第9話 岡崎慎哉 Ⅱ

「あと20分後に第一体育館で入学式が始まる。このあと廊下に名簿順に並んで待機してもらう。今日は、入学式の後、この教室に戻って、今後の予定の説明などをして解散。明日からオリエンテーションなどをこなしていくことになる。後で全員の自己紹介をしてもらうから、ウケを取れる内容を校長の話の間にでも考えておいてくれ。」


 新入生のクラスを受けもった時の軽口を言った時だった。


「先生、それって校長先生の話を聞かなくていいってことですか?」


 おっ、珍しいな、突っ込みが返ってきた。


 席順を確認する。


 塩入海翔(シオイリカイト)。こいつか。


「今のタイミングはいいね。とりあえず、解釈は自由に任せる。もっともお偉いさんの挨拶なんか、実のあるものは少ないってこった。じゃ、この席順のまま、廊下に並んでくれ」


 こちらも軽いノリで返した。


 校長の挨拶に効く価値はないと実際言っているんだが、これを確認しようとするやつはなかなかいない。

 しかも内部進学したものではないのだ。

 まだこの学校に慣れない状態で、それなりの緊張があるはずだが。

 

 生徒たちを廊下に整列させながら考える


 この状況で担任の言葉に敵意を示しているともとられかねない発言。


 たぶん自分の存在のアピールだろう。


 特にこの反体制的とも取れる行動は、自分を実際よりも大きく見せようとするときに起こる。


 いわゆる劣等感の裏返しだ。


 この塩入という生徒はその傾向が強いようだ。中学からの調査書にも暗に示されている。


「物事に積極的で、人に対してアピールがうまい。向上心が強く、責任のある場合に、成功を求める傾向が強い。他人の細かいところまでよく目が行き届く。」


 これが塩入海翔に対する中学3年の時の担任の印象とのことだ。


 これは裏を返すと、「後先考えず行動を起こし、他人に対して自己の存在を大きく示す。自己顕示欲が強い。責任のない場合は失敗するということは、失敗した時の責任を他人に押し付ける。重箱の隅をつつくのが得意で、他人の上げ足をとる」と読めるわけだ。


 実際に賞罰対象にはなっていないが、中学1年時に、塩入海翔の親が航空会社に勤めていると聞いたクラスメイトが、父親がパイロットでなく整備士であることを馬鹿にされたことを怒り、殴り合いになりそうだったことがある。


 これは調査書を書いた担任が塩入海翔が日照大学付属千歳高校への入学が決定した時に、学校側にメールを送ってくれたことだ。


 その中学3年の担任は小川という60歳くらいの温和な人だった。


 メールを受け取り、信哉は自分が担任することになり、その中学に連絡を入れ、小川教諭に会いに行った。


 これは、通常問題がなければ、わざわざメールなど入れないためだ。


 入学が決まり、その生徒に不利な状況がなくなり、それでもその生徒を心配する気持ちであろうことが見て取れたためだ。


 小川教諭が言うには、親の職業で激怒したのは親を馬鹿にされたからではなく、航空会社に勤める親を持つ自分のプライドを傷つけられたためではないかと語った。その事件の後に海翔は父親に向かって、なぜパイロットではなく整備士なのかとなじったそうだ。


 この件は根が深いな。


 1-Gにはパイロットを親に持つ子がいる。さっきの塩入海翔の態度からも自分を大きく見せることに、クラスの中心的な存在になることに力を注ぐように思われる。


 頭が痛くなる。


 この一事を持っても先行きは不透明だ。


 入学式自体はほぼ寝ててもらって困らない。


 本当に自己紹介を考えてくれたら問題が起こるわけはないはずだ。その後生徒会主催の委員会の説明、自分たち1年生の教職員の紹介で体育館での行事は終わる。


 後はクラスでの配布物を渡し、明日以降のスケジュールの説明、余った時間で自己紹介と、できれば4月下旬の親睦合宿の斑割くらいは決めたいところだが。


 生徒たちを連れて第一体育館につき、入場行進を案内し、自分の席に移動した。

 横から副担任のベテラン先輩、石井教諭から声がかかった。


「どうですか、新しい生徒たちは」


「早速、塩入が突っかかってきました」


「自己肯定感が高すぎて、周りがひいちゃう生徒ですか」


 すごい言いようだな。

 しかし的を射た表現だ。

 そして、名前だけで生徒の特徴を言い当てたことに、いまさらながら驚嘆する。


 信哉は1-Gの一クラスのみだが、副担任の石井教諭はF・G・Hの3クラスを担当しているのだ。


「全員を覚えてるわけないでしょ。必要のある生徒だけ」


「人の心読まないでもらえますか、石井先生」


「顔に出すぎ」柔らかにほほ笑む。


「ほら、はじまるから、しっかりね」


 教頭の大和田が「静かに!」と注意した。

 信哉は一瞬自分たちが注意されたのかと思って体を固くした。


「私たちじゃないわよ、ほら」


 うちのクラスだった。どうも先ほどからの話題の主のようだ。頭を抱えた。


 入学式が始まった。



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