第88話 宍倉彩音 Ⅷ
まあ、彼女の望みを叶える事はやぶさかではないけどね。
「うん、了解、よろしくね。」
右手を出した。
瞳が満面の笑みで私の右手を両手で握りしめてきた。嬉しいのは解った、分かったから…。
「痛いよ、瞳!」
「あ、ごめん、ごめん。ちょっと嬉しかったもんで、えへへ。」
パッと手を離す瞳。それにしても握力強すぎない?
というか、手がでかい!
「瞳、なにかやってるよね?」
「うん、バスケ!高校でもするつもりだよ。特にこの高校の女子バスケは特別だから。」
「とくべ、つ、って?」
瞳は軽く、前で質問に答えながら、説明を続ける柊先輩に視線を向けた。
私もつられて先輩を見た。
先ほど狂的な笑顔で私たちを精神的死の一歩手前まで送り込んだその悪魔的な美しさを今は抑えた先輩が、表面的な微笑みで前の女子と話している。
「柊先輩が読モしてるのって、知ってる?」
「昨日、岡崎先生が柊先輩を紹介した時に聞いたよ。」
「昨日、会ってるの、先輩と?」
「うん、ちょっと事情が、白石君絡みで会ってね。その時に。」
「ふーん。」
何か不思議そうに光人君に視線を向けて、瞳は呟いた。
「本当に何者なの、白石光人って。ふつうにちょっと地味目な男子にしか見えないんだけど。あれって、世を忍ぶ仮の姿ってやつ?」
「本人が言ってないことだから、あんまり私からは、ごめんね。その絡みもあって、今朝の騒ぎを巻き起こしちゃったってのもあるし。」
「それが何か知りたい気もするけど、まあ、いいや。でね、柊先輩の後輩の2年生も一緒に読モやってるんだけど…。」
え、それは初耳。
この高校は女子が少ないのに、そんな中で二人も!
「狩野瑠衣先輩って言うんだけど、女バスの先輩なんだよ。柊先輩と違って、180㎝の背丈で、本当にファッションモデルみたいなんだ。私の憧れの人!」
柊先輩は独特の輝き、いわゆるオーラを放っているような人だ。
しかも、その時と場合、立場によりかなり制御してるような気がする。
どこにいてもスポットライトを浴びてるような印象があるけれども、実際、今この校舎案内という役割の最中はそこまで目立つ雰囲気を出してはいない。
とはいえ女子が群がっているようなこの状況でも自然に目は向かってしまうのだが。
そんな先輩の背丈はいいとこ165㎝くらいだろうか。
確か世界で活躍するようなスーパーモデルと言われる人たちは最低でも180㎝くらいはあるような話を聞いたことがある。
とすると、瞳の話が盛ったものでなければ、その狩野先輩の方が注目度は高い気がする。
「たぶんだけど、部活動紹介の時に壇上に出てくるから、あやねるもその目で確認してみなよ。柊先輩に勝るとも劣らないってやつだから。」
瞳の自慢話のように展開される先輩の話に、もしかしたらとんでもない高校に入ってしまったような気がしてきた。
とはいえ、出来れば前方にいる柊先輩に、今日の放課後に生徒会室に尋ねて行っていいか聞きたいと思ってるけど。
なかなかそういう訳にはいかなさそう。
各特別教室の説明をしながら、取り巻く女子の話に応える先輩に、話すきっかけを見いだせないでいた。
と、前にいた西村さんが、先輩を見ている私に気付いて近寄ってくる。
「宍倉さん、さっきから柊先輩見てたようだけど、朝の話、聞いておく?」
私の心中を察して声を掛けてくれた。
その言葉に隣の瞳が頭に❔マークを付けたような、疑問を顔いっぱいに張り付かせて私を見つめる。
「ああ、瞳。西村智子さん。白石君と同中で幼馴染。で、こちらが今野瞳さん。今さっき友達になったところ。」
私が二人を紹介する。
あれ、西村さんはもう自己紹介終わってたっけ。
「さっきの紹介で西村さんのことは解ってるけど。柊先輩になんか用があるの、あやねる?」
あっ、そっちのことか、あのへんな顔は。
「うん、実は昨日知り合った時に生徒会に誘われたんだ、柊先輩に。その件で放課後、先輩のとこ行っていいか、今聞けると助かると思ったんだけどね。」
「生徒会に誘われてんの、柊先輩に!さっきのなんかあるような話はそのこと?」
「あ、違うよ。この事ではなくて、白石君のプライベートな事情だから。」
全力で誤解を解きにかかった。
生徒会に誘われてる話は、別に秘密にするようなことじゃないし。
そんな話をしている時に、前から別のクラスが委員会説明の時に司会を務めた男子の先輩に引き連れられてやってくるのが見えた。
「あ、いのすけ!」
「あやねる、その名前で呼ぶな!」
いのすけのF組だった。
私の表情がよかったのだろう、いのすけが少し安心したように微笑んでいる。
ただ、そのクラスの男子に変な目つきで睨むようにうちのクラスを見てる人がいた。
いや、正確には、光人君をにらんでる。
先頭の男子の先輩を確認した柊先輩が、謝ってる。
その言葉に対して、男子の先輩、辺見先輩が心配いらないようなことを言っていた。
そうして、互いのクラスがすれ違う間、光人君とその眼付きの悪い男子がにらみ合いを続けてるような気がして、私の中に不安な思いが膨らんできていることが分かった。
あの男子と光人君の間に何かある!
でも、暫くするとその男子の方が光人君の圧に負けたように目をそらしたので、私は体に入っていた力を抜いてため息をついた。
と、思っていると、いのすけが意味ありげに光人君に手を振って、私を見てにやけた顔をしてきた。
光人君は光人君で、笑顔でいのすけに手、振ってるし!
「大丈夫、あやねる。今凄く心配そうな顔してたけど。」
瞳が心配して声を掛けてくれた。
「ああ、あいつね。大江戸天。私たちと同じ伊薙中出身。で、コウくんをいじめていたグループの一人。」
西村さんが心配して、そう説明してくれたが、その言葉に余計心配になった。
光人君をいじめていたグループの一人が同じ高校にいる!
「大丈夫だよ、宍倉さん。コウくんはあの時のコウくんじゃない。今、睨み合ってたけど、コウくんの曲げない意思があいつをビビらせていたよ。確実にコウくんは強くなってる。」
なぜか、誇らしげに西村さんが私に力強く語った。
私たちの会話に、今野瞳が少し震えて見えたのは、間違いではないだろう。
こんな話聞かされたら、事情を知らなければ怯えて当然だ。
「ねえ、なんで、なんで、あやねるはそのことを知ってるの?西村さんは白石君の幼馴染だから当然だと思うけど。」
「昨日、本人から聞いてる。ただ虐めていた人がここに居るとは聞いていなかった。」
私の声は力なく聞こえたかもしれない。
「宍倉さん、柊先輩のとこ行こう。今は何も起こらないよ。先輩に確認することあるんでしょ!」
西村さんが励ますように私の背中を押す。
瞳はまだどうしていいか分からない状態で、目が泳いでる。
「ありがとう、西村さん。そうだね、今は大丈夫なんだよね。瞳もごめんね、変なこと言っちゃって。さっきの約束覚えてるから、ね。」
「う、うん。わかった。白石君、いろいろあるってことは解った。」
少し落ち着いたように瞳がつぶやいた。
そんな状態の私たちのそばに、柊先輩が知らないうちに来ていた。
「宍倉さん、今の白石君のこと?」
聞こえていたらしい。
「白石君、中学で大変だったの?」
「先輩、今、校舎案内中ですよね。まず、それに集中しましょう。」
西村さんが柊先輩に注意してる。ちょっとシュール。
「柊先輩!昨日の話のことで後でいいですか?放課後に生徒会室に行こうと思ってるんですけど。」
私は自分の中で落ち込んでいる気持ちを懸命に引き上げて先輩にお願いしてみる。
急な話に一瞬、先輩が固まる。
そして、ゆっくりとその表情がほどけると、あの時の凶器のような笑顔に近い花が咲くような雰囲気が広がった。
「もちろん!是非、来てね。生徒会室で待ってるから!絶対だよ!」
周りのみんなが何が起きたか分からないまま、柊先輩の喜ぶ姿に見惚れていた。
その柊先輩の姿を見ながら、私は光人君に中学の話を、もっと聞かないといけないと考えていた。
西村さんも、瞳も、私と柊先輩をちょっと引くような感じで見ていた。
読んで頂いてありがとうございます。
宍倉彩音と「しらいし」の関係は徐々に出てきています。
今後とも、優しい目で見てやってください。
短めの「魔地」という小説を投稿しています。設定で今後須藤文行の作品としてこの作品に関わってきます。
よろしければ読んでみてください。この作品とは少し毛色が違いますが、楽しんでもらえれば幸いです。