第85話 宍倉彩音 Ⅵ
いつ寝て、いつ起きているのか、既に分からなくなっていた。
カーテンの隙間から少しずつ明るくなっているのがわかった。
スマホの画面には全く既読の文字が入らない謝罪の文面の羅列。
また、目の前がかすみ始めた。
なんであんなメッセ送っちゃったんだろう?
後悔の嵐がまた私の心を揺さぶる。
体を起こし、また、スマホにごめんなさいとメッセを入れた。
すでに何度その文面を入れたかも忘れた。
また目頭が熱くなってくる。
気づいたら泣いていた。
父親を亡くした人への軽率な発言。
昨日、じかに柊先輩がやっていたのに、私は同じ轍を踏んでしまった。
ベッドに腰かけるようにして、うなだれている。
いい加減準備をしないと。
たぶん腫れぼったくなっている瞼を少しでもまともにして、目元にできているであろう隈を消さないと。
あのやり取りをするまでは、今日という日にどれぐらい期待していたことだろう。
彼の笑顔に会えることをどれほど望んでいただろうか。
それが、今は会うのが怖い。
できれば学校に行かずに、このベッドで泣き明かしたい。
もしかしたらそうすれば、彼の方から会いに来てくれるかもしれない。
いや、そんな大層なことでなくとも、私にメッセージを送ってくれるのではないかとはかない望みを抱いてしまう。
ううん。それは絶対ダメ!
そんな消極的なことでは何も解決はしない。
今回、やってはいけないことをしたのは、わたし。
私が直接白石光人君に謝らなければ、何も解決などしない。
私は力の入らない身体を無理やりに立ち上がらせて、部屋の外の洗面台にのろのろと進む。
そこには想像してた通りの腫れた瞼と隈に縁どられた目元、ボサボサになった髪の毛と、この世の終わりのような私の顔が鏡に映っていた。
「彩音、おはよう、早いね‼」
母の元気な声が私の後ろからした。
一瞬、このまま一度部屋に戻ろうか、とも考えたが、どうせバレることなのだからと考え、母に顔を向けた。
「え、どうしたの、彩音。」
母が私の顔にびっくりして、すぐにそばまで来てくれた。
出来ればこの顔を父には見せたくなかった。だから母に頼ろうと決めた。
「昨日、家に行った男の子を怒らせちゃったの。」
「入学式で倒れたって言ってた男の子よね。夕飯の時はそんな感じじゃなかったような気がしたけど。」
「その後、寝る前に今日のことでお願いがあって、LIGNEで連絡取ってたんだけど。その時に不注意な文面を送っちゃって。」
「不注意な文?」
「その男の子のお父さんが入学前に亡くなってるんだけど、そのことを変に利用するような書き方しちゃったの。」
私のその言葉に母が妙な目配せをしてきた。
「彩音、ちょっと聞きたいんだけど、確か昨日はその子の名前聞いてなかったよね。なんていう名前?」
「あ、そういえばお母さんにもお父さんにも言わなかったね。白石光人って言う男子。2か月くらい前にお父さんの白石影人さんが子供をかばってトラックに跳ねられて亡くなったの。」
「白石光人君と、お父さんが白石影人さん。」
母はそうつぶやくと少しの間私を凝視した。
「彩音はその白石影人さんが亡くなった時のニュース覚えてないの?」
「私も見てたの?」
「そうよ、ちょうど夕飯の時。その日はお父さんも一緒にご飯を食べていて、あなたの合格の話をしていたのよ。トラックから子供を守ろうとして亡くなった薬剤師の白石影人さんって、その現場の映像と一緒にテロップが流れていたの。ねえ、彩音、本当に覚えてないの?」
「全然覚えてない。」
母は私のその声にしばし唖然とした表情を浮かべていた。
そして静かにかぶりを振った。
「そう、そういう事なのね。彩音の中からつらい記憶が消えて、その代わりにその男の子に魅かれた訳ね。」
母が何を言っているのかわからない。
でも、母は微妙に納得した顔をして私の肩を抱きしめた。
「うん、今はまだ彩音は何も分からなくていいわ。時期が来たらきっと、思い出すでしょう。たぶん、彩音にとって懐かしくて楽しくてちょっとつらい記憶と、素晴らしい未来を、ね。でも、その前に。」
母が私を洗面台の鏡の方に向けた。
「その酷い顔を、少しでも可愛い彩音に戻さないとね。」
少しずつ、宍倉彩音が白石光人に対して特別な感情を持つにいたる理由が出てきました。
ただ、作者自身、本当にあやねるがその気持ちに気付いたときに対応が想像できません。
登場人物たちは、もう作者の想像を超えた走り方をしています。
こうご期待!