第83話 柊夏帆 Ⅻ
こうやって一般の人の前に立つと、自分の魅力を再認識させられた。
確かに椎名さんと赤越さんに初めて撮られた時に比べ、人を引き付ける技量は数段上がっているようだ。
その証拠に少し挨拶をしただけの私に、このクラスの生徒はみな酔いしれたような声をあげている。
ただ、一人を除いて…。
私はこの場の雰囲気の中で、最初にするべきことを実行する。
もう一人、この場の雰囲気に酔わない岡崎先生からの許可(あまりいい顔はしていなかったが)を取り、平然と私を見る男子生徒、白石光人君に近づく。
「白石君。」
私の呼びかけに、本当にしぶしぶ立ち上がった。
周りの生徒たちは何が始まるのか、興味深げに私たちを見つめている。
立ち上がった白石君の前に宍倉さんがいた。
何故か急に二人の関係が想像できた。
苗字を聞いていたのに、その可能性を考えなかった自分に少し苛立ちを覚える。
単純に出席番号の仲だったのか。
いや、あの時、保健室の前の廊下で会った時の二人の、特に宍倉さんの様子からそんな軽いものとは思えない。
いや、それは今考えることではない。
誠意を持った謝罪をこの少年に届けなければ…。
「もう、そんなことに拘らなくてもいいですから。それに自分は先輩の後輩になるんですよ。変に硬い敬語はなしにしてください。」
それは現時点で充分すぎる答えだった。
私の緊張した全身が解きほぐされていく心地よさに任せ、白石君に向けて心のままに表情を解放した。
少しだけだけれど、白石君の堅い口元に笑みが浮かんだ気がした。
「ありがとう、白石君!じゃ、これからもよろしく、ね。」
自然とそんな言葉が口を突いて出た。
そのことに、私は喜びを隠せない。
ふと気づくと、窓側の生徒のほとんどが机に突っ伏していた。
私と白石君だけで会話してしまって、この生徒たちは寝てしまったのかしら?
とはいえ、そんなことをしたため、結構な時間になってしまっている。
校舎案内を早く片付けないと。
早足で岡崎先生のもとに行く。
「ふ、良かったな、柊。白石にしっかりと謝ることが出来て。しかし、職権乱用は感心できんな。今度やったら、純菜に報告するからな!」
先生が小声でそんなことを言う。
きっと向井先輩といい雰囲気なんだろう。
「分かりました、先生。結婚披露宴には呼んでくださいね。」
「まだ先の話だ。」
うん、結婚する気はあるんだね、先生。自然と笑みがこぼれた。
岡崎先生が生徒たちを促す。
私が先頭に立って、廊下に出た。
私の存在に慣れてきた女子生徒がついてくる。
でもまだ、でてこない生徒たちを岡崎先生が急きたて、さらに白石君がクラスメイトに声を掛けてるようだ。
とりあえず、昨日のことに関しては謝罪を受け入れてくれた。
他に人がいなければ連絡先も手に入れられたかもしれないが、あまり欲をかくとまた失敗してしまう。
まずはこれで合格点。
岡崎先生が廊下に出てきて、さらに数人、生徒が出てきた後に、白石君が顔を出した。
私が手を振ると大きな丸で答えてくれた。
私は嬉しくなってOKサインを返した。
彼は岡崎先生と、ちょっとかっこいい男子生徒と話している。
「柊先輩、「女泣かせのクズ野郎」じゃなかった、白石君と何があったんですか?」
今のはわざと言い間違えたわよね、この女の子!
って言うか、やっぱりあれは白石君ってことよね?
相手は、誰?
「あ、すいません、私、津川茉優って言います。さっきの先輩の謝罪の言葉、ただ事じゃない感じだったんですけど。」
この子、凄くストレートに聞いてくるね。
「うん、昨日、ちょっとね。白石君のお父さんの事故について、失礼しちゃって。」
あれ、事故の事、言ってよかったのかしら。
また私、やらかした!
「ああ、お父さんが子供をかばって亡くなった話ですね。さっき、自己紹介の時に触れてました。それでか。」
よかった、既にみんな知ってんのね。アブない、危ない。
それよりも。
「さっき、白石君のこと、「女泣かせのクズ野郎」って言ってたけど、今朝の噂のこと?」
「先輩のとこまで噂言ってたんですね。まあ、これもその事故絡みらしいんですけど。うちのクラスに結構可愛い宍倉さんって言う同級生がいるんですけど、朝、バス停で白石君が泣かせたってことになって。さらに先輩が彼にあんなふうに謝ってるから、どんだけ女を泣かせれば気が済むんだ、なんて思ったもんですから。」
「本当にそうよね、その白石って男子。全然冴えない顔してんのに、後ろで佐藤君と楽しそうにしゃべってるし。」
黒髪を綺麗に伸ばしてる顔が整った女子生徒が会話に割り込んできた。
少し演技がかってる感じがする。
もっともそれが見えてしまうところがまだまだ、私には及びそうもない。
「あ、私、山村咲空って言います。よろしくです、先輩。」
この子は多分、白石君のことはどうでもいいのだろう。
私に対するきっかけに過ぎない感じ。
そう、読者モデルとしてのKAHOとしての私。
「ええ、よろしくね、山村さん。」
後ろの3人が追いついたことを確認して、私は特別棟の最初の教室の前でG組の生徒が集まるのを待った。