第82話 柊夏帆 Ⅺ
8時30分の生徒会室には案の定、外山凛梨子と辺見章介の姿はなかった。
一応9時までには到着する旨の連絡を辺見君からは受けている。
「では、柊君の案の通りに、担当を変更する。時間的には、あの二人も充分間に合うだろうからな。その後に、体育館で部活動紹介。順番に関して、部の方はすでに納得している。一応、各部活紹介は5分程度という事になっているが、パフォーマンスを行う部活は申告通りの時間に終わらせるように徹底してくれ。」
会長の言葉に各自自分の前のPCと手元の資料の最終チェックをする。
校舎案内は基本去年通りだが、50人前後の生徒を引き連れて歩くため、微妙に時間が読めない。
変な滞りがあると、ある地点で渋滞になってしまう。
特別教室の説明は詳しくやろうと思えばいくらでもできてしまうが、今回はその場所と、何に使われるかという事だけだから、問題が出るはずはない。
そのはずなのだが、やっぱりお調子者はいるもので、変な質問や、気になる異性を口説く輩も出てくる。
特に内気な女子生徒が案内している場合は注意が必要だ。
今回担当を変えたことでその点が会長、副会長の危惧することである。
一見すると外山凛梨子が一番注意が必要に思えるが、頭が冴えている凛梨子にかかると大抵の男子生徒は言い負かされる。
これが街中だと乱暴を行うものもいるだろうが、校内で担任もいる状態ではまず負けることはない。
その点で行けば、現役員は皆大丈夫なはずだが、やはり自分が一番問題があることは否めない。
私の場合は、口説かれたりはしない。
ただ、自分の魅力が通常を超えているようで、私の事ばかり気になり、事実上、校内の案内が意味をなさなくなる可能性が高いのだ。
まあ、でも、分からなくったって、必要に応じて覚えるわけだし。
この点では私はのん気に考えている。
それよりも私の重要項目は白石光人の私への評価をあげること。
出来れば個人的な連絡手段を得ることが出来るようになりたいところだ。
もし、うまくいかないようなら、次のターゲットは宍倉彩音となる。
生徒会に入ってくれれば言うことはないが、こちらとは何としても連絡先の交換まではしたい。
同性でもあるからそれほど高い壁ではないはずだが、昨日の彼女の私を見る目が印象的だ。
白石光人君の背中に隠れ怖がりながらも、微妙に嫉妬の色を感じた。
あらかたの連絡事項が終わったところで、いつもの済まなそうな顔と涼しげな顔が生徒会室に入ってきた。前者が外山凛梨子、後者がその彼氏の辺見章介。
一通りの謝罪の言葉を口にして会議に参加する。
「あ、そういえば、皆さん聞きましたか、今朝の北習橋駅での噂。」
ほぼ連絡事項、決定事項、申し送りが淡々と終わったところで、会計の八神蒼空が気の抜けたことを聞いてきた。
「ええ、廊下でかなり噂になってましたね。うちの新入生が別の新入生の女子を泣かせてたって話でしょう。凄いですね、今の子たち。」
1年しか学年は変わらないのに、辺見君がそんなことを口にした。
「そう、それ。しかもその女子を泣かせてたってのが、昨日倒れた男子だそうですよ。」
「えっ、白石君なの、その酷い男!」
私は思わず、口ばしってしまった。
みんなが私の慌てぶりに驚いた視線を向ける。
「ああ、そうか。柊さん、彼に会うために担当変えたんだよね。」
大月君が冷静に突っ込んできた。
大月君、そういうとこだよ、君の悪いくせ。
「ええ、そうよ。彼がそんなひどい人だとは思えないんだけど。その噂、もっと詳しい話知らない?」
私の問いかけに2年の御園扇さんが、そっと手を挙げた。
「詳しいかどうかわかりませんが、多分私が見た人たちだと思います。昨日倒れた男子生徒そっくりでしたから。」
「何があったの?」
「北習橋駅のバス停でバスを待ってたんですね、私。で、後ろに女子二人と中学生の男子一人の3人組が並んだんですけど、そのうちの一人の女の子が泣いてる感じで、もう一人の女子が慰めてて。列は結構長くなってたんだけど、そこにめちゃ可愛いうちの中学の女子生徒と腕を絡めた一見ちょっと暗そうなうちの新入生が来たと思ったの。」
扇さんが一旦言葉を切って、私を見た。
たぶん女子と腕を絡めてってとこで私がどういう反応をするか試したらしい。
私の表情はどうなっていたんだろう。
きっと、変な表情を作っていたと思う。
蓮を助けてくれた影人さんの息子。
このキーワードと昨日の私に向けた瞳が、彼に対して少し神格化させている気がしたから。
聖人君子が女を侍らして、美少女を泣かせている構図。
扇さんが小さく「ひっ」と、言った気するけど、きっと気のせい。
「まあその男子、きっとその子たちを見て、少し後ずさる感じに引いてた。どうも、会いたくない相手に会ったって感じかな。そしたら慰めてた女の子がそっちを見て、すんごい低い声で「白石」って呼んでたから、その陰キャっぽい男子見たら、昨日倒れた子だったってわけ。その後、3人組は列から抜けて、その男子の方に迫っていったから、どうなったかは分からずじまいだけどね。バスちょうど来たし。その子たちは乗れなかったみたい。バスから見えた感じだと、その男子、白石君だっけ、がその泣いてる子に一生懸命謝ってる感じだったな。」
うーん、そんな風には見えなかったけど。
その泣いている女の子って誰だったんだろう。
昨日の宍倉さんかな?
それともまた違う子?
「扇さん、その泣いてた女の子って、肩くらいまでの髪の毛で背丈は私より5,6㎝低いくらいじゃない。」
「そうね、髪の毛はそんな感じだけど、背丈までは何とも。泣くような感じで頭下げてたからなあ。」
まあ、宍倉さんかな。
もし違う子を泣かせたとしたら、かなりのモテ男くんなのかもしれない。
昨日、私を見ての態度もそれなら納得できるし。
もしかしたら、私の中の「白石光人」という人物像を、情報書き替えが必要かも。
「そういえば、その男子、既に「女泣かせのクズ野郎」という名誉ある二つ名で呼ばれているらしい。」
辺見君の追加情報が入った。
名誉、あるのか?
「という情報が入ったが、柊君、校舎案内の担当は元に戻すか?」
齋藤会長が、私に聞いてきた。
「いえ、このままで、お願いします。」
今更変えるわけがない。
今の話が本当だとしても、彼に謝らなければならないのは変わりない。
それに、彼の情報はまだ全然足りない。
いつの日か、あの事故の日に何が起こったのか、話せる日が来る時までは。
彼が、そして白石家の人が、どのような人たちでも、これは私に課せられた責務なのだから。