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第79話 柊夏帆 Ⅷ

 自分が緊張しているのがわかる。


 心臓の鼓動がうるさいくらいだ。今までこんなことはなかった。


 読者モデルをする時ですら、ここまで緊張はしないだろう。


 昨日はほぼ勢いで言ってしまい、結果大きく失敗した。

 だから、彼の私への評価は著しく低い。と言うより、下手すれば逃げられる可能性が高い。


 自分が人を、同性にしろ、異性にしろ、魅了できる自信はあるし、撮影の経験から、いかにすれば自分を魅力的に見せることが出来るか、という技術も拙いながら持っているつもりだ。


 それでも、彼、白石光人(シライシライト)君に会うことを私は恐れてる。

 いや、正確には会って拒否されることが、怖い。


 昨日は開き直れた。

 どうせ悪い印象を与えてしまったのだから、これ以上悪くなりようがない。

 既に底辺。あとは上がるだけ!


 なんて能天気なんだろう。あの程度はまだ底辺なんて事はなかった。


 彼は礼節をわきまえ、私の失礼な、父親の死を愚弄すると言ってもいいような発言に対して、しっかりと対応してくれていたんだから。


 彼の在籍する岡崎先生担当の1-Gはもう目の前だ。


 なぜか、1-Gは他のクラスに比べて、笑い声が多いような気がする。

 何をやっているんだろう?


 とはいえ、ここまで来て逃げるなんてできない。

 強引にこのクラスの担当に変更してもらったんだから。


 私は一つ、静かに息を吐いて、精神をリラックスさせる。

 完全に落ち着くことはないが、それでも平常時より少しテンションが高い程度に戻すことが出来た。


 笑い声や、拍手が絶えない教室のドアを少し強くノックした。

 これはこのクラスの喧騒にノックの音がかき消されないようにするための、最低限の措置である。

 そして、何のリアクションも起こらないドアに向かいもう少し強い力で3度、ノックをした。


「ああ、いいぞ。」


 岡崎先生の声が返ってきた。


 私は跳ねる心臓音をむりやりおさえつけて、ドアに右手を掛け、力を入れる。

 まだ作られて数年しかたってないこの校舎のドアはストレスなく開かれる。


「こんにちは。そろそろ学校の施設の案内なんですけど。」


 私は教室に入り、すぐにそう聞きやすいと言われる声を掛けた。


 私はすぐに苦笑している岡崎先生と、今のところ最大の関心事である男の子、白石光人君の顔を確認した。

 少し驚いてはいるが、明らかに「なんでここにあんたがいるんだ?」的な警戒感MAXで私を見ている。


 本当に自信なくしちゃうよね。

 そんな目で見られることってここ最近なかったから。


 他の生徒は男女とも憧れのものを見る表情なのに!


 この教室の中で苦笑を浮かべる岡崎先生と、射抜くような視線を投げかけてくる白石君が、この教室で違う色を発していた


 教壇にいる岡崎先生に近づきながら、緊張が、ちょっとした絶望に染まっていくのを感じていた。


 それでも、昨夜思いつき、すぐに行動に移し、現在進行形のこの「お近づき」作戦。

 ここまで来て止める気はなかった。


 私は、昨夜、使えるものはすべて使っていこうと、腹をくくった時のことを、もう一度反芻する。


 ー------------------------


 昨夜、私はまず生徒会行事表を穴の開くまでチェックした。

 1年生と絡むことはそう多くはない。

 基本、生徒会役員は学校行事で生徒主体で行うことの裏方になり、突発的なトラブルに対応することになる。


 また、生徒会が主催するような行事で、役員が現場での対応を取ることは少ない。

 まだ今年度は始まったばかりで、各クラスの代表で構成される評議会は発足していない。


「近々である行事は、えっと、お、これいいじゃん。」


 その行事予定表に新入生校舎案内の文字が飛び込んできた。


 この新入生校舎案内をするにあたり高校1年生は8クラスで、ちょうどいいことに生徒会役員も8人である。

 という事で、新入生校舎案内は生徒会役員の2年・3年が後輩に案内がてら、質問に応じ、学校のことなどを質疑応答の場にしていくという、一石二鳥の「仕事」である。


 ただすでに役割分担は終わってる。

 この割り振りの時点で白石君が1-Gであることは解っていたが、特進クラスの生徒は、1年の特進クラスか、内部進学者の3クラスが割り振られた。


 特に遅刻常習犯の外山凛梨子(トヤマリリコ)は、案内の始まる時間が1番遅い1-G,Hのどちらかで、それをサポートしている辺見章介(ヘンミショウスケ)で固定されていた。


 当初、この時点で白石君に近づくことは考えていなかった。


 妹の秋葉(アキハ)が特進クラスの1-Aだが、同じ学年であればそこからつながりができる可能性を考えていた。


 少しずつ距離を詰める考えだったが、入学式の日にその本人が倒れた。

 しかも、私がマイクの前で自己紹介をした時に…。


 いてもたってもいられなかった私は、自分を動かす感情のまま保健室に会いに行き、失態をやらかす結果になってしまった。


 できれば、彼が遠のく前にもう一度接近する必要がある。


 今回の校舎案内は、そんな私にとって絶好のチャンス!


 現在、A組が齋藤会長、B組が私、C組が大月君、D組が岡林さん、E組が御園(ミソノ)さん、F組が八神(ヤガミ)君、G組が外山さん、H組が辺見君という割り振り。

 外山さんのことを考えれば、私がG組になるとH組に外山さん、近いF組に辺見君、そして八神君を私が担当するはずだった、B組と言うところか。


 さて、どこから相談したものか。


 とりあえず、生徒会役員全員に自分の事情を共有してもらおう。

 そのうえで、私の従弟の恩人の息子(自分で言っててちょっと長いな、この説明)である白石光人という生徒との接触をしたいという想いを理解してもらう。


 「よし、まずは共有チャットに登録して反応見るか。もう時間がないし。」


 私は自分を鼓舞する目的で、言葉にしてみた。


 よし、やろう!


 自分の机に置いてあるPCを起動、生徒会共有フォルダーを開き、新入生校舎案内の担当変更を、私個人の理由を添付して送信。


 すぐに、外山さんと辺見君から返信。

 二人ともOK。

 八神君と岡林真理子(オカッペ)も「了解」と返信があった。

 御園さんも「いいと思う」と帰ってきた。


 齋藤会長と大月君は、ちょっと遅くなって返信があった。


 回答は二人似通っていた。

 基本的には賛成だったが…。。


柊夏帆(ヒイラギナツホ)の存在は、それ自体がこの学校の美の象徴ともいえる。内部進学者や、特進クラスに合格するような意識の高い生徒であれば、それほど不埒なことをするとは思えないが、一般進学クラスの生徒には柊夏帆に対する耐性がない。事実、入学式で倒れた一般進学クラスの生徒がいる。この校舎案内程度で何があるとは思わないが、後々、その美貌に憧れたものが君に危害を食われる可能性もある。自重することを進言する。」


 というものである。読んでるだけで、頭が痛くなった。


 確かに同僚といえるファッション雑誌の読者モデルの中にはストーカーに悩ませられる女性もいた。


 ただ、この高校でその可能性は少ないのではないだろうか。

 もう5年以上通っているが、そう言った危険は今のところない。

 高校外では十分気を付ける方がいいが、校内の、新入生なのだから。

 ただ、また告白など煩わしい時間は増えるかもしれないが。


 もっとも、この二人が、こんなに私のことを心配する理由は解っているんだけれど…。


 だが、形式的には全員から、了承を得た。

 明日学校での打ち合わせで、すり合わせは必要だろうけど。


 ノックの音がする。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


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