第78話 案内人 柊夏帆
コンコンコン。
「ああ、いいぞ。」
岡崎先生がそのノックに対し、返事を返した。
教室のドアにノックをする音がした。そしてガラッと開いて、人影が教室に入ってくる。
「こんにちは。そろそろ学校の施設の案内なんですけど。」
ここでその攻撃か!
(あのお嬢さん、凄い行動力だな。それとも、偶然?)
(いや、このタイミングで偶然を考えるのは難しいよ、親父)
「昨日、壇上から失礼しました。このクラスの施設案内を仰せつかった生徒会書記を務めます、3年生の柊夏帆です。」
ダークブラウンの美しく長い髪をなびかせて、この学校で美しいと評判の柊先輩がクラス全員に微笑んだ。
そこだけスポットライトがついてるような輝きが広がる。
男子からは低い、女子からは黄色い声がクラスを満たしていく。
岡崎先生は、しかし苦い顔で柊先輩を見ている。
この態度からも、この人員配置が偶然ではないことが分かった。
「このクラスから結構笑い声が聞こえてきたんですけど、岡崎先生、何をされていたんですか?」
岡崎先生は苦笑いを浮かべながら、柊先輩に向かって口を開いた。
「自己紹介の最中さ。昨日できなかったからな。じゃ、とりあえず一旦、自己紹介は止めて、校内案内するぞ」
「すいません。お願いします。」
柊先輩がその聖女のような微笑みを讃えながら、クラスを見渡し、俺の顔で止まった。
「先生、誠に申し訳ないんですけど、昨日の件、この場で謝罪を行っていいですか。」
「この場でかあ…うーん…まあ、いいか。さっきその話出たしな。」
ちょっと待て!俺の公開処刑はまだ続くのか!
また、クラスから「なんのこと?」なんてざわめきが出てくる。
(まあ、その話が出たってことでお前絡みなのは想像つくけどな)
「白石君‼」
(ほら、ご指名だよ、光人)
(もう、昨日の後遺症出たって言って、逃げようかな)
(この状態で逃げられると思うか?)
俺は仕方なく、立ち上がった。
きっと、非常に不機嫌な顔になっていたに違いない。
前の席からこちらを見上げるあやねるの顔が物語っている。
周りの生徒たちも俺を見たり、先輩を見たり。
「白石君、昨日は当然に失礼なことを言って申し訳ありませんでした。」
柊先輩は上品に、そして鮮やかに腰を折り、深々と頭を下げた。
美しい髪の毛がサラサラッと音を奏でるかのように流れ落ちる。
かなり長い間その行為を維持し、やがて頭をあげると、俺の方に近づいてくる。
その歩みはここがどこかのファッションショーかと思われるほど、背筋をしっかり伸ばし、つま先を綺麗に伸ばすように歩み寄ってくる。
「あなたのお父様のことを決して軽んじたわけではないんです。私が従弟の蓮を助けてくれた感謝の想いを、一刻も早く伝えたかったものですから。気持ちが急いてしまって、本当にごめんなさい!」
俺のすぐ近くまで来て、さらに頭を下げる。
柊先輩のシャンプーの匂いだろうか少し甘い柑橘系のものと思われる香りが俺の鼻をくすぐる。
こんなに間近で見ると、いやでもその美しさ、可憐さが俺の心を縛り付けてくる。
この少女は、いったいなにを隠しているんだろう。
「昨日も言いましたけど、白石君の家の人たちが落ち着いたら、お父様、白石影人さんに挨拶をさせてください。お願いします。」
かなりの緊張をしているのが、その華奢な体が、手足が小刻みに震えているのがわかった。
こんな平々凡々な俺の前でこんなに緊張するのは、それだけ真剣に謝りたいと思ってのことだろう。
わだかまりがないとは、まだ言えないが、この少女がその存在感に関わらず、誠意を示していることは認めなければいけない。
この先輩との接し方はいまだ分からないが、こちらも誠意をもって接するべきだろう。
(そうだな、光人。許すとか許さないとかではないから。この少女が抱えてるものは解らなくても、な)
「柊先輩、顔をあげてください。昨日も言いましたが、一番は蓮君が無事に過ごしてることです。そして、それは今叶ってるんですよね。であれば、失礼も何もありません。父もどこかでそのことを喜んでるに違いありません。」
(ここに、いるよん!)
(ふざけてんじゃないよ!)
少し、俺の話が途切れたことに、顔をあげた先輩が不思議そうにそのダークブラウンの瞳を向けてくる。
「もう、そんなことに拘らなくてもいいですから。それに自分は先輩の後輩になるんですよ。変に硬い敬語はなしにしてください。」
柊先輩の顔が今まで見たこともない笑顔になった。
なんだ、この殺傷力は!
この人の笑顔は人を殺せるほどの魅力が満ち溢れている。
俺に向けて放たれたその笑顔は、窓側3列の生徒、それは男女問わず、彼女の虜にするほど強力なものだった。
おそらくだが、後ろの席にいるはずの須藤は絶命したに違いない。
前にいるあやねるでさえ、鼻から口を押さえて机に突っ伏している。
廊下側の、先輩の顔が見えなかった生徒たちは何が起こったのかわからないだろう。
後から話を聞いた奴が悔しがる未来が見える。
「ありがとう、白石君!じゃ、これからもよろしく、ね。」
柊先輩はそういうと教壇のほうに歩いていく。
岡崎先生のところまで行くと、何事か先生が話しかけ、先輩が笑いながら答えている。
そして、先生はこちらに向かい、その横に柊先輩が立った。
「少し時間が押している。この先輩について行ってくれ。」
「早速案内させていただきます。」
柊先輩が教室を出ると、誰ともなくため息をついた。
あの人の存在感は圧倒的だな。
誰もが、今いたあの人に良くも悪くも魅了されていることが、この教室の雰囲気に色濃く残っている。
そして、窓側の半分近くの生徒の機能が停止している。
後ろを振り向けば須藤がティシュで、鼻のあたりを押さえてる。
本当に鼻血を出しているのか。
前を見ると、岡崎先生が本当に困った顔をしている。
その目と目があった。
仕方がないので、後ろの須藤の肩をたたき立ち上がらせ、前のあやねるに声をかけた。
「宍倉さん、行こう。」
「ふえっ!」
変な声を出した。
頬から耳まで赤くなってる。
(異性どころか、同性までもか!しかも、あやねるは昨日、すぐ間近で会ってるはずなのに)
(柊夏帆、恐るべし!)
「なんか、さっき凄いもの見た記憶があるんだけど、何かすんごく尊いものを。」
岡崎先生は肩をすくめながら、こちらよりも被害の少なかった廊下側の生徒を先輩が出たドアから外に誘導し始めた。
どうも、後はよろしくってな感じで、眉を微妙な動かし方をした。
「ほら、先輩が待ってっからさ、早く行こうぜ。」
何とか立ち上がらせ、残った生徒を廊下に出した。
あのあやねるにちょっかいを掛けている塩入も、魂が抜けたように歩いていく。
とりあえず全員を廊下に出す。
その先に柊先輩がにこやかに俺に向かって手をあげた。
こちらは両手で大きな輪を作り、OKサインを送った。
柊先輩はあげてる手でOKサインをよこしてきた。
「では少し時間押してますので、なるはやで紹介します。」
柊先輩が通りのいい声で先導していく。
「済まなかったな、白石。謝るようには言ってたんだが、まさか、こんな手段で来るとは思わなかった。」
「いやあ、公開処刑を続けてやられてたんで、もう、逃げようかと思ってたんですけど。でも、「手段」って?」
一瞬、岡崎先生の目が挙動不審になった。
どうも、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
「まあ、お前だし、良いか。本当はうちのクラスは外山と言う2年の女子生徒が校内の案内をするはずだったんだが…。」
「柊先輩が強引に変更したってことですか?その原因は、俺って…。」
そういえばさっき、岡崎先生が「その前」って言ってたよな。
「先生、朝言ってた、「その前」ってこの事ですか?」
「まあ、そういうことだ。柊のお前に対する気持ちは汲んでくれ。」
「確かに、下手したら、俺、柊先輩、避けまくってたかもしれないです。」
まあ、朝のこともあって、放課後会いに行くつもりにはなっていたんだが…。
あやねるでさえ、さっきの笑顔でああなるんなら、静海はどうなっちまうか、怖いな…。
(ああなる分にはいいんじゃないか。憎しみで変なことになるより)
(確かに、親父の言うとおりだな)
クラスメイトが徐々に柊先輩に慣れてきたのか、特に女子が先輩にまとわりつくように話しかけながら、案内についていく。
その後を、恐れ多いのか、それでも先輩に魅了された男子が今日れるな視線を投げている。
「こうなることがわかっていたから、柊は特進クラスに割り振ってたんだけどな。内部進学もいるし、偏差値が高めのやつは自重するからな。全く、お前くらいなもんだよ、あんな目の前で笑顔を見てもおかしくならないのは。」
「そうですよね、先生。俺もあの人の笑顔に、一瞬惚れてしまいましたからね。意識持ってかれましたよ。光人さ、どんな修行をすれば、あの人の前で平常営業できるんだよ!しかも、謝らせるってさ。」
先生と話していたら知らないうちに景樹が横に来ていた。
「さっきも言ったけど、俺ってさ、そこそこモテんだよ。それでも、あの笑顔の破壊力は、そんな俺を一瞬で虜にしちまうほどだった。その後、自分に、あれは光人に向けたものだ、光人のためだ!って自分に言い聞かせてんだからさ。」
そこで一息ついて、俺に顔を向けて、俺の目を食い入るように見つめている。
「にもかかわらず、その笑顔を向けられている光人が平然としてるんだからな。あの柊って先輩よりも数段上の美貌を持つ彼女がいるか、すべての煩悩を遠ざけた修行僧しか考えられん。」
「滝に打たれたり、野山を駆け巡ったり、修行なんてもんはした記憶はないな。彼女なんて…。」
嫌な記憶が俺の脳裏を駆け巡った。
(二戸詩瑠玖のことが頭から離れないか、光人。今ならあやねるや、西村さんや、智子ちゃんや、村さんがいるのにな)
(ちょっと待て!あやねるはまだしも、あとの3人は全部同一人物の幼馴染じゃねえか、くそ親父!)
「なんかあったのか、光人。どうも、恋愛絡みでなんかありそうだな。あとで話してくれよ」
そう言って背中をたたかれた。横で岡崎先生が笑ってる。
「ほら、お前ら、遅れずにちゃんと柊の説明聞いてろよ。」
俺たちは、少し離れてしまったクラスメイトの集団を追いかけた。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
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